吐きだせぬなら呑み込めばいい



   VIPルームは相変わらず甘ったるい香りに包まれていた。稀に戯れ程度で顔を出す事はあれど、そこまで深入りする気もなかった為、余り顔を出した事はなかったわけで、クルーウェルがVIPルームに入った際、僅かに場は沸いた。珍しいじゃん、と幾人の女が声をかけてきたがあしらう。

目的の女は部屋の奥にあるフロアが見下ろせるソファーに寝そべっていた。当然、こちらを見る事はない。



「…何?」
「どーも」
「セックスしたいって顔してる」
「!」
「別にいいよ」



女はクルーウェルに腕を伸ばした。ロクに言葉も交わした事がない女の手を取った理由は未だ分からない。女はそのままクルーウェルの手を引きVIPルームの奥にある小部屋へ向かった。

網膜認証で開くドアの中は居住区になっており、酷くシステマチックな外装から見るにやはりこの島の所有者は嘆きの島出身である可能性が高いなと思えた。



「お前、人の子なんだろ」
「そうらしいけど」
「どこから来たんだ」
「東京」
「何?」
「何かみんな聞いて来るのウケるんだけど」



女は誰とでも寝る女だった。選り好みはしていたのだろうが、少なくともクルーウェルとは初対面で寝たし、他にも似たような状況の男が数人いたし、この住処を与えてられた代償も似たようなものなのだろうと予想していた。

あの女は誰のものにもならない。恐らく皆、それに惹かれていたのだろう。例に漏れずクルーウェルも同じくで、足繁く女の元に通った。

そんな生活が半年程続いたある日の事だ。女の姿が見えなくなった。出自も不明な気まぐれな女だ。そういう事もあるだろうと思い一月ばかり様子を見たがやはり現れず、あの島へ赴く頻度も格段に下がった。何となく思い出してしまうからだ。次にあの女の姿を見たのは―――――










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ハッと目覚めれば知らない天井で驚いた。すぐ隣にはサムがいて、目覚めたに気づいた彼は動いちゃだめだよ。そう囁いた。の左腕には点滴が刺さっていた。

どうやらここはサムの店のバックヤードらしい。彼はノートPCに向かいキーボードを叩いている。恐らく事務処理でもしているのだろう。

どうしてここにいるのかは分からないが、この数日の体調の悪さが嘘のようだ。この点滴の効果なのだろうか。



「気づいたか、仔犬」
「クルーウェル先生」
「まだ動くな、じっとしてろ」
「あの」



クルーウェルはそう言いながら点滴の残量を確認している。どうやらこの点滴は彼が処置してくれたものらしい。



「大方、妊娠したとでも思ってたんじゃないのか」
「!」
「俺の避妊魔法薬を使ってる限り、それは有り得ん」
「俺の?」
「まあ、それでも人の子に使う事は想定してないからな。俺の知らん副作用があるのかと思って今回検査したが、幸運にもそれはなかったようだ」
「よかった…」
「お前のそれは、魔法あたりだな」



思い当たる節は有りすぎる程ある。ここ最近の爛れた生活が原因だ。相手は其々だが、皆こちらに避妊魔法薬を使用していた。



「お盛ん、だねぇ」
「お前が誰と何をしていようが構わんが、逃げ場のなくなるような真似はするなよ」
「…」
「自衛出来てこその自由だ」



体内に残った魔力を排出する治療を行っているのだとクルーウェルは言った。僅かに残った魔力がの体内にこびりつき、それが悪さをしているのだと説明された。

死ぬほど苦い薬草を煎じた粉薬を飲まされ、今日一日はこのままここで眠れと言われる。丁度明日は休みだ。



「次に目覚めた時には治療は終わってる」
「え、でも」
「元々売り上げの確認もあったんだ。朝まで俺達はここにいる」
「別に小鬼ちゃんの為だけに、ってわけじゃないって事さ」
「大人しく寝てろ」



クルーウェルが点滴に何らかの薬剤を注入した。それから数秒で意識はブラックアウトした。










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再会した女の腹は大きく膨れていた。あの女は大きく膨れた腹を持て余しているようだった。あんな生活をしていれば自ずと孕む。元の世界では幾らでもやりようがあったんだけど。女はそう笑った。

女の腹の子、その父親は表向き不明とされた。女は少なくともクルーウェルが父親だと言う可能性はないと断言した。恐らく、自身を囲っているとある男がそうであろうと言っていた。その男もそう思っているらしく、彼女と腹の子の生活は変わらず男が見ると言う話だ。手に入らなかった女は最後まで手に入る事はなかった。



「…副作用じゃなくてよかったね、先生」
「あぁ」
「今更、新しい副作用が発見されました!だなんて言えないよね」
「焦ったよ」



この薬は何もあの女の為に作ったわけではない。だけれど、動機になった事は確かだ。



「彼女、やけに色気が出て来たね」
「何?」
「怪しいなぁ」
「何を言って―――――」
「先生がわざわざここまでやるって、怪しいよ」
「黙って売り上げを出せ、くだらん」
「俺もご相伴にあがりたいね」
「好きにしろ」
「いいのかい?」
「別に俺の飼い犬じゃない」



そう呟くクルーウェルは視線を合わせない。鎮静剤で眠らされたの唇は僅かに開いていた。