幾重にも重ねられた矛盾



   先程から延々とリドルに会わせろと騒いでいるエースの対応をしていた。リドルはトレイと共に儀式の準備を行なっている最中で、後の事は頼んだよと告げ地下へ下りて行ったわけで、あれやこれやと誤魔化しているのだが、これが中々上手くいかない。とエースの間にどんな関係があるのかははっきりとしていないが、この様子を見るに相当親しい仲なのだろう。そうであればある程、話は込み入って来る。



「何が一体どうなってるのか、俺に教えて下さいよ」
「何が、って」
に何してるんですか」



何って、何だよ。とは到底言えない。各寮の寮長に犯され体内に魔力を注がれているんだよ、とは言えない。なので、際どい表現を省き簡潔に説明をする。

この前行われたRSAとの練習試合に於いてが見初められてしまった事、という人物の持つ光に彼らは気づいているという事。このままでははNRCからRSAに身柄を移されてしまうであろう事―――――



「は!?何で」
「ていうかさ、そもそもちゃんがウチにいる事自体が間違いなんだよね」
「え?」
「エース君も分かってると思うんだけど、ちゃんの光って完全にウチのものじゃないでしょ?だから惹かれてんだと思うんだけどさ」
「…」
「ここで問題なのはさ、ちゃんがウチに来た事がそもそも間違いだったんじゃないかって事なんだよね」
「!」
「みんな薄々気づいてたんだけどさ」



そう。確かに皆、気づいていたはずだ。の放つ光はとても暖かく少しの濁りもない。手を伸ばしても決して掴む事の出来ない類の光だ。だから今回RSAの人間から指摘され動揺した。歪みを正し本来の形に戻すと言う、彼らの正論を受け入れる事が出来ない。

それはきっと、この小さな恋の持ち主も同じはずで、エースは顔を強張らせ黙ってしまった。そりゃあ、そうだ。ショックだろう。そう思いながら現在がどうなっているかは濁した。

丁度今頃はサバナクロー寮にいるはずだ。ラギー君の事だからジャック君を黙らせるんじゃないかなぁとは思っている。それに。ふと思う。リドルはこの職務を果たせるのだろうか?彼にとってセックスは禁忌なのではないのか。



「エース君はさぁ、ちゃんがいなくなってもいいの?」
「…!!」



当然、エースは返答に窮する。そんな彼の後ろで、ジャックと連絡が取れなくなったとデュースが呟いていた。










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そもそも、余りにも乱暴なやり口なんだよ、と愚痴りながらリドルは準備を進めている。準備中のトレイはとりあえず沢山のお菓子を作っているわけで、を運ぶ予定の部屋の整理をリドルが担当した。

誠意作成中のそのお菓子には催淫剤が大量に含まれている。今回の儀式を上手くやり過ごす為に必要なもので、それはの為でもあるがリドルの為でもあるのだ。



「なあ、リドル」
「何だい」
「本当に大丈夫なのか」



何が、と明言まではせずとも念を押す。



「寮長であるボクが投げ出すわけにはいかないだろう」
「…そうだな」



リドルの眼差しは決意に満ちていた。この問題に対し真っ向から向き合おうとするのは初めてで、だったら尚更協力を惜しむわけにはいかない。リドルに纏わりつく呪いを解く日が来たのだと思えた。

リドルの母親は文字通りリドルを厳しく育てた。自身の思い描く理想の子供となるべく、彼女の思い通りに育てたわけだ。一切の犯行を許さず母親に対する疑念は悪だと叩き込む。自身に従順な美しい息子が彼女の誇りであり誉だった。

リドルの中世的な容姿も彼女の心を満たした。美しく従順な息子。彼女の思惑が想定外の部分から崩れる事となる。

元々性的なものは厳しく禁止していた彼女であったが、極自然に訪れたリドルの精通を断じたのだ。性は汚らわしいものだと厳しく叱り性器に対する折檻を行った。初めて精通を迎えたリドルは、それがどういったものなのかは(勤勉な彼の事だ、事前にあらかた学んではいたのだが)知 っており、それが母親の言うものとそぐわないと頭では理解していたものの、母親の余りの剣幕に怖気づき口に出せず、その後に続いた激しい折檻により完全に思考は停止した。それ程までに激しい折檻であり、故にリドルの心に大きな傷を残したのだ。

結果、リドルは性的なものに対する嫌悪感が強くなった。尚、リドルに対する性的な折檻は彼が第二次成長に入った段階で終わった。何をしても成長を止める事が出来ない事を察した母親はあえて目にしない事でないものとしたのだ。未だ母親はリドルの男性性を認める事が出来ないでいる。

リドルの性に対する認知の歪みにトレイが気づいたのはNRCに入る前の事ではあったが、その事の重大さに気づいたのは入学してからだ。夢精をしたリドルはオバブロしかけた。

あの時は夜中に突然オバブロしかけたリドルをケイトが発見しトレイの元へ駆けつけ事なきを得た。真夜中に寮へ戻って来たケイトは(それはそれで規約違反であるのだけれど)洗面所で蹲るリドルを発見した。

ケイトはトレイほど詳しく事情を知らないのだが察しのいい男だ。あるよね?と言いそれ以上言及はしなかった。一定期間で射精をしなければ自然に排泄されるだけの生理を受け入れる事が出来ない。その時はよくある事さと声をかけたが、不安要素は拭えなかった。










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もうそろそろを迎えに行く頃合いになる。一度は言葉を失ったエースは果敢にも食い下がり未だケイトは解放されないままであり、だったら、とよくない思いが疼き出す。だってもうそれは仕方がない。ここまで食い下がるって事は、



「ていうかさ、エース君はちゃんの事が好きなんだよね?」
「はっ?」
「どうして好きなの?なんでそんなに好きなの?」



デュースは連絡の取れないジャックの事が気になると言い、一人サバナクロー寮へ向かった。



「好きなのに理由とか、ないっス。そんなの」
「ないの?それなのにそんなに気になるの?」
「ないでしょそんなの!」
「彼女のどんな姿を見ても好きって言えるの?」
「…!」
「別に何もかもを受け入れるのが愛情だとも思わないし、俺はどっちでもいいけどさ。でも、ちゃんはエース君に大丈夫だから、って言ったんでしょ?大丈夫だから、って事はそれ以上深入りしないでくれ、って事じゃん?それなのに心配だからって深入りして、それで見たくないもの見ちゃったらどうすんの?」



あんた、何知ってんだよ。思わず口に出そうで慌てて飲み込んだ。明らかに何かを知っているケイトの口調に言葉が詰まる。



「どんな状態でも愛せるの?その愛は揺るがないの?」



断言は出来ずとも、それでも真実を掴みたい。きっとそれはの事が心配だからとから、そういう話じゃなくて、自分自身を慰めたいからだ。