黒リボンに意味を込めて



   今もこうして何食わぬ顔での隣に立っている。正味の話、何番か知らん立会人のクソつまらない後始末を請け負ったのもこのがいるからであり、自分の仕事の何もかもを擲ちこの場へ飛んできた。

は立会人の後始末を主に行っているので基本的に世界中を飛び回っている。掃除人である丈一の気に入りでもあり、賭朗本部に戻れば年寄り連中に連れまわされ声をかける隙さえなく、だからといってこちらもそこそこに激務だ。そう自由になる時間があるわけでもない。

あのバカ(この場合、巳虎や弥鱈)のようにこまめに連絡を取るようなタイプでもない。噂によると弥鱈は夜な夜なネトゲとやらをしているらしく、それにも誘っているとか何だとか…。ふざけるなあいつストーカーなんか。

立会人たちは皆、少なからずの事を思っている。年寄りどもにああまで好かれる女だ。血気盛んなワシらにも当然至極魅力的に思える。そんなのは仕方のない事だし、こうして何食わぬ顔をしているワシが誰よりもの事を愛している。と思う。多分。いや、絶対。

隣であれどうやって回収するの、と笑っているをばれないように見つめる。もう横目でじっと見つめる。どうせここにいる奴らなんて小一時間かからず皆殺しになるわけで(まあ、そりゃあワシらが初めての共同作業でやるんじゃ。ロマンチックにも程があるわ)その流れで済し崩し的にあんな事こんな事にならんかのぅ?だってもうさっきからボディタッチも多いし、おい、。そんな真似すると相手は絶対勘違いするんじゃ、迂闊に男の身体に何て触るなや。

と思う先からヤダ雄大、あいつ私が殺してもいい?だなんて笑いながら左手を掴んで来る。おい!聞いたか!?雄大じゃ!雄大!ワシは雄大ち呼ばれとるんじゃ!



「え、どしたの急に」
「いえ」
「口元押さえて、気持ち悪い?」
「気になさらないでください」



いかんいかん、テンションが上がり過ぎてめっちゃニヤついてしもうたわい。ばれないように咄嗟に手で口元を押さえた。もういいんじゃないかのぅ、こいつらワシが秒殺するから、明日の朝までの時間をワシに預けてみちゃくれんかのぅ、



「さっさと終わらせちゃおう」
「ん?」
「この後、予定あってさ。何だと思う?デート」



何ちゃって、と続けたはずのの言葉は門倉には聞こえておらず、まるで鬼の様そうで債務者(反社の方々)を皆殺しにする彼には一人話し続ける。

デートじゃないとは思うんだけど、巳虎ってもうずっと誘ってきてるからさ。流石に永遠断り続けるのも悪いかなっていうか、一回くらいご飯食べに行ってもいいかなって。ほら、あいつグルメだし、美味しい店いっぱい知ってそうだし。ていうか、聞いてる?ねえ、



「ワシも行くわ」
「は!?」
「あぁ~腹減ったのぅ」
「呼ばれてないのに来るの凄くない!?」
「肉がいいのぅ」
「え~~ちょっと待ってよ、先に言っとくから…」



ワシを出し抜いた事を死ぬほど後悔させてやるわ、と息巻く門倉に背中を預けながら、巳虎にまさかのLINEを送る。 『え、何で?笑』 すぐに返って来た巳虎の返事はそれで、この段階でようやく、どうやらこの男は私の事を好きらしいと気づいたが今更だ。気づかない振りをしてやり過ごそう。だってほら、今更だし。何かそういう関係になるのよく分からないし。戸惑う巳虎をどうにか宥め、ようやく(嫌々ながら)了承を得る事が出来た。



「ねえ、雄大―――――」



顔を上げればすぐそこに雄大の顔があった。瞬きをする前に急に口付けられ驚いた。すぐに顔を背け冗談で返そうとしたが、そのまま背後の壁に押し付けられる。抜け駆けはよくないんでしょ。唇の先でそう呟けば、やったもん勝ちじゃ、と返した門倉はそのまま再度口付け抵抗するの腕を捉え逃がさない。ああ、これはもう後には引けないか。そう思い死体塗れの室内で少々無理矢理に抱かれかけた瞬間だ。



「ちょっ、ちょっと待ったぁー!!」
「!」



複数の足音が聞こえ出入り口のドアが蹴破られる。眉間に深い皺を刻んだ門倉がこちらを弄る手を止め身を離した。あれだけビクともしなかった身体が嘘のように簡単にだ。そのまま床にズルズルと座り込みちょっとした放心状態のまま無意識に口元を拭った。


「どうしたんですか、騒々しい」
を迎えに来たんだよ」
「へぇ」
、お迎えだそうですよ」
「お前ら、何かあったの」
「何か、とは」
「何もないけど!」



不自然なほど大きな声で遮ったは巳虎の手を取りそそくさと部屋を出て行く。こんなのはもうまったくまともでない。唇の隙間から滑り込ませた舌と、から漏れる吐息。上気した頬とあの表情。反芻するように思い出せば堪らず口元を抑える。

だってもうこんなのおかしい。動揺したの横顔、あの不自然なほど大きな声。決戦の火蓋は切られた。当然、先手はこのワシじゃ。