埋葬よりも風葬を
舌を絡め脳髄まで溶かすような深い口付けをしたその三秒後だ。こちらの腹の上に乗ったは髪をかきあげながら身を起こし、まるで呼吸でもするように言った。あたし、帰る日が決まったのよ。
ほんの数時間前まで熱烈に体液を交わしていた相手の言葉だとはまるで感じられない程の温度感だ。反射的に彼女の細い腰を掴み聞き返したが返答は同じで、は元の世界に戻るらしい。
まだ体内に埋まっている性器も、今まさに触れている肌の滑らかさも何一つ厭わずそう言うを見上げ、お前らしいなとクルーウェルは笑った。
この世界に来てからのは余りに奔放で、まあその生き方は元いた世界と変わらないらしいのだが、こちらはすっかりと骨抜きだ。男子校に舞い降りた女性だとは思えない程の堂々とした立ち振る舞いには感服した。
多感な時期の学生たちがをどう思っているのか微妙なところだったが、今こうして勢揃いしている姿を見るに彼女は散々と喰い散らかしたようだ。
が戻る日を明日に控えた本日、食堂にて彼女の送別会が開かれている。食堂をその場に選んだのは無駄な諍いを避ける為だ。傍から見てもと関係があったであろう生徒はまるで納得出来ていない様子が手に取る様に分かる。どうせロクな説明もしちゃいないのだろう。俺の時と同じように。
とりあえず納得のいく話をして欲しいと見えるシェーンハイトはの肩に手を回し耳側で囁いている。誰もが己が寮へ彼女を連れて行きたいのだが、そんな気持ちを一切顧みないは、きっとそれは恐らくわざとなのだろう。そうしてそれは彼女の手なのだ。
散々と身体を与え心を貪り、パッと姿を晦ます。シェーンハイトを上手くいなした後はキングスカラーだ。の頬を撫で耳側で囁いている。
そんな真似は何にもならない。その女には心がない。撃つべきものがないのだ、だから響かない。当たり前の顔をして、自ら欲するものだけに手を伸ばしそれを掴み美味しい所だけ味わう。だけれど、なぁ、。お前のいた世界じゃそんなやり方が通用してたのか?
サプライズのカウントダウンが始まり、皆が声を揃えて3・2・1、と場を盛り上げる。寮長達に囲まれたはまるで君主の如く振る舞いそれを当たり前に享受する―――――
「「「0!!!」」」
カウントダウンの数字が0になった瞬間、崩れ落ちたの姿はまるで絵画の如く美しさだった。永遠に忘れる事はない。 崩れ落ちたは二度と目を覚ます事がなかった。
浅くではあるが呼吸はしている為、生きている事は確かなのだが目を覚まさない。眠っている状態が一番近い。
その有様が余りにも伝説と酷似しており、真っ先に疑われたのはディアソムニアだった。しかし当人でもあるマレウス・ドラコニアは関与を否定。それに皆、その眠りではない事に気づいていた。は純潔でない。あの呪いは純潔性が必須となる。だからは絶対に除外される。
呪いの類かも知れないと、カリムやレオナがあらゆる伝手を使い様々な術者を呼び寄せたが誰一人その原因を突き止める事は出来なかった。
「だからさ」
現在はイグニハイド寮に新設された特別医療室にいる。24時間体制でモニタリングされ彼女の状態は全て録画された状態だ。呪いでなければ病だ。寮長であるイデア・シュラウドは余り乗り気でなかったが断る事が出来るような状況でもない。
「こうしてようやくキミを手に入れる事が出来たわけなんだけど」
僕の心をここまで踏み荒らしておいて、今更元の世界に戻るなんて許されない。キミが僕以外の男と散々寝ていた事も知ってるよ。キミは誰にでも股を開くビッチで、それを少しも恥じてない。そんなビッチなんだから僕も気にしなけりゃいいのに、生身の女を一度でも知ってしまえば忘れる事が出来なくなった。そうだね。確かに僕はキミを舐めてたよ。まさか、こんなに君を欲しくなるなんて思ってもみなかったんだ。
僕は学園内のあらゆるシステムに入る事が出来る。そんな僕だから、キミがどこで何をしていようが筒抜け。ありとあらゆる姿を見た。キミの痴態はHDに保存済みだよ、。余す事なく、最高画質で。
「…イデア?」
この病室のシステムはイデアに一任されている。だからこうして夜中にイデアがここを訪れている事も、が目を覚ます事も誰も知らない。モニタには録画された別日の映像が流れ跳ね上がった彼女の心拍は何にも反映されない。音も漏れない、鍵は開かない。ここはイデアとだけの牢獄となる。
を昏倒させたのはシュラウド家に伝わる古の呪いだ。ハデスが生み出した。心を半月ほど冥界に連れ去る呪い。その間の記憶はない。一度死者として埋葬された人間が半月後に暗い棺の中で目を覚ます。古代の拷問として使われていた。
「何…身体が動かない」
「ねえ、」
別に、キミみたいなビッチが誰彼構わず男と寝るのはいいんです。キミの痴態ってコレクションも出来たし、知らなかったけどどうやら拙者にはNTR耐性があったみたいでむしろ逆に興奮する。した。キミでめっちゃ抜いたよ。ヤバイ。だけどさ、
「どうして僕には言ってくれなかったの?」
が元の世界に戻る事になった。それを知ったのは毎晩のルーティンである監視カメラの映像からだった。は自分の寝た相手には一応自身の口から告げる様にしていた。自分の番がいつくるのか、今か今かと待ち侘びていた。あれだけ元の世界に戻りたいと言っていた彼女だ。それはとても嬉しい事なのだろうし、淋しさは拭えないがそれも仕方がないと思っていた。何故なら僕は彼女の事を愛しているから。
「何の話…」
「キミが元の世界に戻るってやつ」
「…言わなかったっけ」
「―――――!」
はイデアにだけそれを伝えなかった。だけれどそれじゃない。そうじゃない。は僕に興味がない。たったの、これっぽっちもだ。それが許せなかった。ちゃんと挨拶をしないと。が挨拶するまでお別れはさせない。キミを、帰さないよ。
栄養補給の為に投与されている点滴の中には強い鎮静剤が含まれている。が死なないように与えているはずの点滴により彼女は目覚めない。こうしてこの部屋で横たわるだけだ。ああ、だけれど。僕はもうまともでない。この手で彼女を犯すより、犯されている彼女を見たい。
「明日はヴィル氏がお見舞いに来る予定なんだ。だから薬を弱めた」
彼が気づくように。彼だけが気づくように指先が僅かに動く程度に弱める。聡明ながら君に心奪われている彼は夜にここを訪れるだろう。そうするとどうだい。キミは目覚める。
キミが目覚める事とキミが元の世界に戻る事はイコールだ。僕らは皆、その事を思い知った。彼は、キミを助けるかな。