完璧な愛を君に捧げよう



   元々フリーの呪詛師として動いているに集まる依頼といえば、表で解決が出来なくなった揉め事を手段問わず抹消してくれという手荒なものになる。

別に正義の何を求めているわけでもなし、そもそもこちらは公に認められていない呪詛師だ。持って生まれた才をどう使おうと誰かに文句を言われる筋合いはない。糧を得るためにそれを使った。その結果、呪詛師になろうが特段気にはしていない。

この世の中には掃いて捨てる程の悪意が渦巻いている。祓えども祓えども、奴らは純然たる悪意で呪霊を生み出す。余りに無為な行為だ。それを金に換えて何が悪い。

夏油に初めて出会ったのは、とある企業案件の最中だった。とある企業が大々的に売り出した製品に不具合が起きた。企業側はすぐに回収作業と返品交換対応に追われたが、その事を嗅ぎ付けたマスコミにより事件は一斉に広まり多くの訴訟を抱える事になった。

大半の訴訟は示談で終わったが、その中にプロ市民が紛れ込んでおり話は縺れたらしい。企業側もある程度までの金は出したが、これ以上は無理だと判断したのだろう。賢明な判断だと思う。

弱味を見せると骨の髄までしゃぶりにかかるようなゲスな輩は実際に存在する。そいつらを処分し糧を得る事に一切の躊躇はなかった。その企業の会長は熱心な『盤星教』の信者だった。本社内いたる所にその片鱗が見て取れた。人は己に見えないものを恐れ崇める。楽な生き方だ。

始末した足で同時に依頼されていた記憶媒体の回収をし社屋へ向かう。会長室に夏油はいた。『盤星教』は解体されたが、この男が丸ごと乗っ取ったという噂は本当だったらしい。多額の資金を援助する信者に対し教祖様がわざわざ足を運ばれるとは、何とも商売熱心な事だ。

この男の話は知っているが、こちらは学園とはまったく縁がない。先に部屋を出たがエレベーターを待っていると、先程は、と声をかけられる。夏油がいた。エレベーターの扉が開き二人で吸い込まれる。



「年寄りの相手は疲れるね」
「まあ、仕事なんで」
「LINE教えてよ」
「え?」



黒衣と五条袈裟を着た教祖様の口から思いもよらぬ言葉が飛び出し反射的に顔を上げた。夏油は懐からスマホを取り出し早く、と急かすように振っている。エレベーターが1Fに到着するまでの僅かな間をきっかけに、度々逢瀬を繰り返すようになった。

最初に待ち合わせたのは人通りの多いターミナル駅の西口で、あの恰好で来たらどうしようと慄いていたのだが、夏油は私服姿で来た。どこからどう見ても普通のお兄ちゃんで、まさか宗教団体の教祖様とは思えない。

こちらもわざわざ面倒な話などしたくもなく、仕事の話もまったくなく単純にセフレのような関係を続けた。たまに会って、ご飯を食べて、セックスをする。夏油の出方を伺っていたのだが、どうやらそれ以上踏み込んで来る事はないらしい。という事は、これは完全にそういうものなのだと認識した。

セフレであるという事は、そこに一切の縛りが生じないという事だ。だからこれまで通り、他の男とも関係を持つ。ずっとそういう暮らしをしてきたのだし、たまたまその中に夏油が追加されただけだ。誰の事も好きにならないと思っていた。

そんな中、に好きな男が出来た。依頼された仕事先で出会った男で、共に仕事をする内に好意を抱いた。呪術師であるその男は真っ当で眩しい。律儀に距離を詰め、真摯な好意を向ける。三回目のデートで告白を挟み、次は男の部屋へ。そろそろ夏油との関係も精算しなければならないなと思っていた。










■■■■■■■■■■■■■■■










ある日、男の部屋へ出向けば夏油がいた。夏油は倒れた男の上に腰掛け、に気づくといつもの笑顔を向ける。



「何してるの…」
「お前を待ってた」
「どうして」



の視線が死んだ男に向けられている事に気づいた夏油は、ああ、そうか、すまない、と立ち上がる。男の部屋に夏油と二人。理解が及ばない状況だ。夏油は普段と変わらない口ぶりで言った。



「彼は果敢にも私に挑んできてね」
「何?彼はあなたを殺そうとしたの?」
「いや、正しくは捕らえようとした、だ。私が処刑対象になっている事はお前も知ってるだろ」
「それは」
「お前も無傷じゃ済まない」
「何?私を守ったとでも言うつもりなの」
「結果そうってだけさ」



そんなつもりではなくとも。お前を守るつもりなど毛頭。

呪術師にありがちな価値観を持つ平凡な男だ。与えられた社会性に疑いも持たない。善悪の判断など立場によって違う。そんな当たり前の事が分からない憐れな男に何の価値がある。



「そもそもこの男がお前に近づいたのは、私に近づく為だ」



夏油の指がキーボードを叩く。壁一面に映し出されたのはと夏油の写真、そうして契約書や報告者の数々だった。の顔が歪む。



「おいおい、こんなに容易く心なんて奪われるなよ。呪詛師だろう?」



そんな顔をするなよ、私まで傷つく。そう嘯く夏油はを背後から抱きすくめる。強い血の匂いがした。



「お前はもう逃げられない、八方塞がりだ」
「…だからってあんた1人を愛せないわよ」
「猿相手に寝るのはプレイの一環か?」
「!」
「やめろ、殺したくなる」



愛しているとも、側にいろとも言わず夏油はこちらを縛り付ける。だったら殺してくれる?がそう言えば、何れそうなるさと夏油は笑った。