成功率はなきにしもあらずって事さ



   過去に五条と寝た事がある。誰にも言った事のない過ちだ。まあ、あの男とワンナイトでも過ごしたいと願ってやまない奴らが(男も女も問わずに)いるという恐ろしい事実は置いておいて、兎も角昔、弾みで寝てしまった事がある、最悪の思い出だ。

あれは確か、まだ学生の頃の話で、に任された案件の呪霊が事前に知らされていたよりも高い等級であり手こずったのだ。あの頃まだまだ若かったは明らかに自分の手に余る呪霊を前に己が未熟さを認める事が出来ず助けを呼ぼうとしなかった。一つ下に五条や夏油がいた事実には大いに影響されている。

一目見て明らかに力量の差を悟った。五条悟。あれはもう規格外だ。絶対に叶わないと思い知るも、あの男はこちらの劣等感になど一切興味を示さずあっけらかんと事実だけを伝える。

弱いね、先輩。

これまで『弱い』と言われた事など一度もなく衝撃で二の句が続かなかった。続けて、すいません、コイツまったく気が使えなくて、だなんてフォローのつもりか言葉をかぶせて来た夏油にしたって同じだ。全然フォローになってないのヤバいよね。確か歌姫先輩が顔を引きつらせそう言っていたような気もするが(彼女はと比較的仲が良かった為、が受けた衝撃を図りかねていたようだ)覚えていない。

只、それ以来下の学年のバカ二人(とは呼んでいた)は天敵となり校内で見かけても完全にシカトする事に決めた。まあ、今思えば確かに大人げない真似だったかも知れない、が、奴らはそんな事は一切厭わずグイグイと話しかけて来る。見かけると逃げる事に決めた。

そんな鬱屈とした自尊心の揺れが窮地を招いたのだ。自業自得だなと思った。



「あっれー?じゃーん久しぶり!」
「うわ、五条…」
「何?僕に会いに来たみたいなそういう話?」



自分の事を『僕』と呼ぶ五条は知らない。あの頃は確か『俺』と呼んでいた。



「ちょっと学長に挨拶しに寄っただけだから」
「え?今日ヒマだけど?」
「聞いてないから」
「オッケーオッケー、時間開けとくよ」
「あんた一人で喋ってる?」



殺される、と思った刹那目の前に見えたのは五条の背中で、ああ、と呟いた。ああ、この男は私の命まで救うのか。こちらがこんなにも手こずった呪霊をいとも容易く始末した上で命までも。

何かヤバいと思って来たらビンゴじゃん、と笑う五条を見て涙が込み上げて来た。その涙は悔しさ由来のもので少しも悲しみや慈しみの心はなかったのだが、何故かこの男、勘違いをした。

目隠しを上げあのガラス玉のように美しい目でこちらを見た。圧倒するような存在感だ。泣き顔を見られたくなく、こっちを見ないでと顔を背ける。私の命を救い、その手を差し伸べる完璧な存在―――――

のはずが、この男、何故か覆い被さり抱き締めて来た。いや、ちょっと。何。やめてくれる五条。驚きの余り涙はすぐに止まり、両手で五条の身体を押し返すがビクともしない。いや、ちょっと。

ここは廃村内の古い家屋だ。村長一族が代々住んでいた屋敷で、その地下に延々と繋がれ慰み者にされていたて忌み子が今回の呪霊だった。慰み者になされる娘は尊重一族に献上され、この座敷牢に死ぬまで繋がれた。

勃っちゃった。の泣き顔が可愛すぎて。そう言う五条はこちらを抱き締めがてらグイグイと腰の辺りを押し付けて来る。いや、いやいや。マジで最悪なんだけど何コイツ。

いい加減にしろと振りかざした右手は呆気なく掴まれ隙ありとばかりに口づけられる。そのまま普通に最後までヤった。いや、有り得なくない?尚、私事の初体験でございました。有り得なくない?

何かもうあれよあれよという間に服は脱がされてるわ気づいたら挿入されてるわで正直なところよく覚えていない。一つだけ覚えているのは、事が終わった後に五条が言った一言だ。ごちそうさまでした。そのまま腹を蹴り上げ飛び出した。



「―――――で、何これ」
「えー?」
「私達、久々に会ってセックスするような関係だったっけ?」
「違ったっけ?」



あれ以来、五条と何かは起こらなかった。というか、顔を合わせない事に全力を注いだ。何より五条とヤってしまった事実を誰かに知られる事が単純に嫌だった。あいつを狙っている海千山千の女達から恨まれるのも億劫だし、何より自分でも理解が出来なかったからだ。

夜、目を閉じれば浮かぶのは至近距離でこちらを見つめるあの透き通った瞳で、断片的に思い出されるあの男の言葉。思い出す度に叫んで狼狽える。相変わらず五条はこちらを見駆け次第名を呼び大きく手を振るし、その隣で明らかに訳知り顔で困っている夏油の姿も見るに堪えない。

そうこうしている内に卒業し、とりあえず全てリセットすべく某国へ留学を果たした。五条とはそれっきりだったのだが、



「アレはアレ、あの時だけの話よ」
「えー!処女貰った責任とかあるんじゃないの?」
「いつの話してんのよ…」
「俺、ずっと考えてたのに。の事」



この嘘吐きが。



「今日だって俺を迎えに来たのかと思ったよ」



初体験があれだったとは言え、留学先ではそれなりに経験を重ねた。その後、そのまま就職も果たしそれなりに楽しんで来た。別に五条だけってわけでも、あんただけってわけじゃないのよ。

学長に挨拶を済ませた後、学長室の外で待ち構えていた五条に捕まりそのままが泊まっているホテルへと向かった。あの時と同じだ。全てはこの男の思い通りに事が進む。

ホテルの部屋へ入ってすぐに、上着を脱ぐ暇もなく背後から抱き締める五条と前述の会話だ。きっともう逃げられず、このまま首筋から頬、唇へと五条の舌は動くのだろうし、同じ事を繰り返す。腹を蹴った理由も聞かず、こちらはこちらであの時のセックスの理由も聞かない。今更何の意味も為さないからだ。

結果から言えば大方の予想通り、そのままホテルの部屋で五条と寝た。シャワーの音を聞きながら煙草に火をつけ深く深く吸い込む。あの時と違うのは、別にこちらの心は波打つわけでもなく只こうして多少の温もりを残したままのベットに座り、何をやっているのだろうと後悔している事位で、それがいい事なのかどうかも分からない。

五条がシャワーから出て来た。バスタオルを腰に巻いたまま、こちらを見ている。



「…何?煙草嫌だった?」
「いや、そうじゃなくてさ」
「何よ」
「ここまでやっても俺の事好きになってないって逆に凄いなと思って」



そう言い笑うのだ。