夢を見なくなる程深く深く眠ってしまえ



   ―――――それは只、僕の我儘だったのだろう。未だにその道理が分からず考えてしまう。

は僕のそう短くもない人生に於いて初めてともいえるタイプの人間だった。魔力のまるでない只の人間故に恐れを知らず僕の懐深くに入り込んで来た。

最初は只の人の子だと思っていたが、あれはあれで相当に性質の悪い娘だったようだ。言葉巧みに心擽り、こちらの思いを逆なでしては遠ざかる。

問題は彼女にその意識がない所で、どうやらこれは心を盗まれた側に生じるジレンマらしい。初めて感じるこの言い様のないざわめきに名はない。何故だかリリアに言う気にもなれず、何となく心の内に仕舞っていた。

の存在は日に日に大きくなっていった。あれを学園内で見かけない時には心がざわめく。深夜の散歩にオンボロ寮を選び彼女とのほんの僅かな逢瀬に期待する。は屈託のない笑顔でツノ太郎、と笑う。ツノ太郎、は彼女だけが呼べる秘密の愛称だ。

小さく弱く可愛らしい人の子。なあ、監督生。お前は私の事を好きか。ふとした時に尋ねたこちらの精一杯の問いかけにも笑って返すような、そんな娘。

あれが他寮の生徒達とも懇意にしている事も知っている。このざわめきは恋と呼ぶらしい。それはとても素晴らしく美しい事で、それと同時に哀れな事だ。魔力のないによって恋に堕ちた哀れな男。最初の頃は見つめるだけでよかった。それはきっと、誰でも、同じ。だから、



「ツノ太郎、どうしたの?」
「ああ、人の子」



すまない、本当に、心の底から申し訳ないと思っている。



「呼び出すなんて珍しい」
「そうだな」



食堂で顔を合わせた時にメモを渡した。深夜3時、いつもの場所で。人の子たちがよくやる真似だ。これまで一度としてそんな真似をした事がなかったが為に突き返されやしないかと心配だったがは僅かに微笑みそれをポケットに仕舞った。



「え?プレゼントって事?」
「ああ、そうだ」
「いいの?ありがとう」



すまない。すまない、



「何これ、飲むの?」
「ああ」
「綺麗」



は受け取った小瓶を月明かりに翳している。やめてくれ、そんな真似をしては思いが溢れてしまう。零れ落ちてしまう。

恋心は時に人を狂わせる。それは人でなくとも同じらしい。の頬を撫で別れた。それがと言葉を交わした最後になるとは夢にも思わずに。

今、こうして眠りから目覚めないを前に心は穏やかだ。を大事に思う余り、人の子の命の儚さに怯えた。禁忌である不死薬をに与えてしまった事が罪だ。そうしてその副作用では眠りに落ちてしまった。これが罰なのだろう。

だけれど、心は穏やかだ。もう彼女を失う恐れがない。の昏睡は原因不明の扱いとなり、こうしてディアソムニア寮の地下にて安置されている。まるで茨姫の様に。だったら果たして、お前は誰の口付けで目覚めるというのだろう。