一番大切なものは何ですか

よくない勝負を持ちかけられたのが大体二時間前だ。
何がよくないのか。
それは分が悪いの一点につきるわけだ。
に対し分が悪い。
そんな事は勝負以前に気づいていたのだ。
シャンクスだって分かっていただろうしも分かっていた。
場の雰囲気がよくない事にさえ気づいていたのだ。
それでも背を向けられなかったのは恐ろしかったからで
(あの男がそんな事はしないだろうと承知していてもだ)
逃げる事すら出来なかった。その時点での負けだ。

「今回ばっかは逃げねェんだな」
「何?」
「いっつも逃げてばっかだ」

だから今回もてっきり逃げると思ったんだが―
どうやらが逃げ出さなかったのは
シャンクスにとっても予想外だったようで目の前の彼が笑った。
つられても笑いそうになった。
笑顔にはならなかったと思う。奥歯を強く噛み締めていたから。

「一度きりね」
「あぁ」
「さっさと済ませちまおう」

自信の表れだったのだろうか。
その後の事を考えての発言だったのだろうか。
イカサマはなし、どうせ見抜かれる。
サイを投げる、それだけ。
今まで勘だけを頼りに生き抜いてきただろうか。分からない。
大物とは極力刺しあわないように生きてきた。利口だったから。

―ああ、畜生

どうしようもない無力感はじきに後悔に変わる。
改めてはっきり自覚出来るだけの後悔を感じたのは
それが最初で最後だろう。
そうでなければもう生きていけないではないか。
そんな事を考えていた。








便りが届いたのは退屈を持て余していた時だった。
確かチョッパーが部屋まで届けてくれたと思う。
退屈は何故だか淋しさも伴うもので
エースが去った後だから余計空虚に落ち込んでいたのだ。
エースがを少しの間だけ(これも又アバウトな勘定の仕方だ)
という約束でこの船に預け半年余りが経過している。
置いていかれているという現状は
今に始まったものではないのだけれど
ここまで放置されるとは思わなかった。
当初は何だかんだとエースの事に関して
話を振っていたサンジ達もここ最近
めっきりそちら関係の話を振らなくなった。
その気遣いが尚更を打ちのめす。
それと同時にここにいてもいいのだろうか、そう思うようになった。
そんな折飛び込んできたのが例の手紙だ。

「・・・出かけんのか?」
「んー」
「戻って来いよ」

背中に投げられたゾロの言葉に少しだけ驚いたが振り向かなかった。
返事もしなかった。
ゾロはが何れいなくなるかも知れないと思っていたのだろうか。
分からない。
あたしはあんた達の仲間じゃないわよ。
今にも口から零れ出しそうで困った言葉だ。
だったら誰の仲間なのだろうと思う。
あたしに仲間なんていないじゃない。
そう。ずっと一人で、ようやく一人でなくなった理由がエースで。

詐欺師の真似事をしながら生きてきた。

争いごとを余り好まなかったは自身の能力を安全に、
尚且つ効率的に消化出来る方法を思いついたのだ。
それが詐欺師―ギャンブルだった。

の能力は手にした物質を変化させるというものだ。
大きな変化から小さな変化まで自在。
故にはその能力を使い各地の賭博場を回る旅に出た。
カードの柄やサイの目を自在に変える。負ける道理がない。
ルーレットは極力手を出さなかった。確率の問題は嫌いだ。
今までにイカサマがばれたのは3人―言わずと知れた大御所達だ。
一度目はあのクロコダイル、二度目はドフラミンゴ。三度目はシャンクス―
危険を察知した時点で逃げ出した。
前者の二人は彼らの賭博場だった分まだマシだったと思う。
頭取が珍しくホールに顔を出し
小馬鹿にしたような表情のままに賭けを申し出た。
そもそも頭取が場に顔を出す時点で何かが可笑しい。
故には愛想よく受け答え
その場に限りイカサマ等一切せず足早に去った。

ドフラミンゴは退店するに名刺を渡す。
気配を感じる前に肩を抱かれた
一瞬息を飲んだが目の前に出された名刺を受け取った。
彼はの耳側で
『仕事がなけりゃあウチに来な』
そう呟き笑った。

「・・・」

最後の相手―シャンクスが目的だ。
今回舞い降りた便りはシャンクスからのものだった。

『今度こそ最後の勝負をしよう、

どういう意味だろうと思う間もなく身体が動いていた。

シャンクスと勝負をしたのはとある小さな港町だった。
酒場で相手をしてくれと声をかけられ
軽く返事をしてしまったのが運の尽きだ。
小銭をかけ勝負をする分最初は
イカサマなんて一切していなかった。
単純にギャンブルを楽しんでいた。
それが真剣な勝負に変化したのはシャンクスの登場からだ。
どうやら少しばかり顔が知れてしまったらしく
の首には海軍からではない賞金がかけられており
(後に判明する事だがそれはあのドフラミンゴ発だったらしい)
シャンクス達は暇潰しにを賭けに誘ったようだ。
シャンクスの姿を目の当たりにし背筋が凍った。

「よぉ」
「・・・どうも」
「そう警戒すんなよ」

シャンクスは勝負の前に全てを話した。
の賞金の話、故に興味を持った云々。
黙って話を聞いていたはどういうつもりだろうと勘繰る。
しかし彼はそれを許さなかった。

「イカサマだろ」
「何の話です?」
「やってみせてくれ」

それから一晩に渡る長い勝負が始まった。
シャンクスは気前よく負け分を支払う。
支払い額が大きくなるにつれの不安は増殖した。
シャンクスはどうにも見抜けねェなぁ、
等と呟きながら延々と勝負を続ける。
よくない勝負だと分かっていた。

「―これで最後にしましょう」
「うん?」
「本当の、勝負です」

最後の勝負はイカサマを使わず運だけを頼りに戦った。
勝敗はシャンクスの勝ち。
は全ての勝ち分をシャンクスに渡しその場を後にした。
指先が震えて止まらなかった。
しかしそれからというものシャンクスは
事あるごとにを探し出し賭けを挑んでくる。
正直、仕事にならなかった。
が逃げ始めたのは勝負の品が徐々に
シャンクスの希望のものになってきたからだ。
本気で勝負をしたら確実に負けると分かっていた。
だから逃げる。
エースに対する義理もあっただろう。
唯一を一人でなくした男の為に。

死ぬ程久々の更新なんですがシャンクスです。
珍しくメインがシャンクスです。
中途半端な中編になりそうな予感です。
驚くほど前置きが長え。