井戸

手を伸ばせば彼女が手中に容易く入る、
そんな妄想を抱いていた。恐らくは。
現実はどうなのだろうか。
が必死に逃げるのであればやはり勘違いだったのだろう。


手段を選ばなければどうにでもなるというのに、
これ以上はないというほど手は汚れきっているというのにだ。
世界がまったく違うと知り、世界が違うままでこちらに引き入れたかったのだ。
姿、形。そうして心は変わらないままで。


だから彼女に、 に近づこうとする無粋な輩を音も立てず始末した。
音も立てずに、足も残さずに。 足りなくなった。飢えた。
彼女の側にいる者達全てを消した。
孤高にこそ美しさがあると思った。
孤高でなければ美しさが廃れるとも思った。


まるでこの世を見ていないような彼女の眼差しを欲した。
何者もそこにうつってはならないからだ。
手に入らない歯痒さを全身に受け止め
の外堀を完全に埋める。逃げ出す事も出来ないように。
彼女は最も不幸な身の上を持つのだ。
誰よりも、何よりも。それでいい、それがいい。


酷く不器用で無駄な事をしているとは分かっていた。
それでも美しさなんてものは無駄の上に積み重なるものだと信じ繰り返す。
それでも顕示欲は抑える事が出来ずじきに僅かだけ姿を見せる事になった。
扉の前に折り重なった死体。病みやつれ白い顔をした
そんな毎日を繰り返す予定だったのだ。あの日までは。







彼女の家の裏にある井戸に死体を捨てていた理由は
井戸水を腐らせようと目論んだからだ。
既に死体の数は十を超えており
水かさがまったく変わっていないところを見れば
とうに水を汲み上げてはいないのだろう。
臭いに引かれた虫達が群れをなしていた。


血のべっとりついた刀を引き摺りながら井戸へ向かえばそこには先客がいた。
月明かりに照らされた高杉の顔は普段より美しかっただろうか。
彼女は美しかった。
死体が、だったかどうだったか。
震えた声は言葉を明確とせず言う事を利かない足で
高杉に助けを求めようとした は彼の手に握られた刀に気づいた。
そのまま腰を抜かし呆然と高杉を見上げていた。


―あぁ


今この場で を切り捨てれば、
そうして井戸に放り込めばこの高鳴りは収まるのだろうか。
まるでお月様のようだと感じた の目は
高杉を写しこそすれども見てはいないのだろう。
彼女の目が自分を捕らえでもしたら殺さなくてはならなくなる。
美しくなくなってしまうから。


の隣を過ぎ井戸を覗き込む。
は微動だにせず声も発さない。
井戸の中では亡者達がどうにか月明かりに照らされようともがいている。
月は だ。
死んで尚 に手を伸ばそうとするその執念に笑った。

何か凄い高杉になってごめん。
久々に書いてこれかよと。