狐憑き

妙な噂の付きまとう女だった。
あの屋敷にたった一人で住む女は狐憑きの女だと、
村人達は口々にそう噂しあい陰鬱な視線を投げつけたものだ。
狐憑きと噂された女は夜遅くにしか姿を見せなかったから余り人目につかない。
それでも丑三つ時になればこの狭い村中に響き渡る下駄の音と
ぼんやりと浮かぶ提燈の灯りが噂を増幅させていた。
赤い着物を着た女は真夜中だというのに紫の手拭で顔を隠していた。


そもそも立ち寄った時点で
やけに辛気臭い村だと喚いていたムゲンだから色目気だったわけだ。
ワケあり(だと思われる)女の存在に。
呆れ止めもしないジン達を余所目に深夜を待つ。
そうして粗末な宿を抜け出した。


女の屋敷は村の外れにひっそりと佇んでいる。
建物自体を見たわけではないが門造りで中々のものだろうと予想する。
荒れ果てているわけではないが閑散としており人の気配がない。
それが噂の要因なのだろう。
しかしこんな寂れた村にとても似つかわしくない。
そもそもこれ程の大きさを備え持った家ならば村一番の金持ちとして、
例えば名士として称えられていてもいいようなものだ。


ふと耳を澄ませばどこからかカランコロンと下駄を転がす音が聞こえる。
視線を上げた。屋敷の方から淡い灯りと共に女が歩いてくる姿が見えた。
こんな時間帯に何の用か。逢瀬か。
そんな思考しか持たないのだから仕方がない。
元々遠慮も知らない人間なのだ。
だからムゲンは女に億尾もなく近づいた。
ムゲンの姿が見えたであろう女も歩みに支障をきたさず逃げもしなかった。


「よぉ」
「見ない顔だね」
「こんな時間に出歩いちゃ危ねぇぜ、あんた」
「用があるのさ」
「そいつはきっと、物騒な用件なんだろうな」
「・・・」


女は表情を見せなかった。口元に僅かな笑みを称えたままだ。


「お前さんは何をしてるんだい」
「あんたに興味があってよ」
「あたしにかい」
「狐憑きの女だってな」
「そいつは」


又随分な言い分だ。そう言い女は初めて笑う。
清楚な容姿と裏腹に笑んだ口元から除いた八重歯が妙な色気を孕んだ。
不必要なほど潤んだ目も同じだ。丁度同時刻に雲が月を隠した、影が消える。


「どうしたんだい」


強張った顔をして。
女の指先がムゲンの唇をするりと撫でた。冷たい。


「死人か?」
「何だって?」
「そんなわけねぇか」
「臆病で可愛い男だね、お前は」


女の目じりに赤い線が走っているように見えた。
恐らく幻覚だろうとムゲンは思う。
女は帰りなと呟き歩き出す。振り向きはしなかった。







「ほう、お前さん。あの女に会ったってのかい」


翌朝寝不足の顔を引っさげたムゲンは宿の主人に捕まっていた。
昨晩の事は寝不足のせいだろうか、余り明確に覚えていないのだ。
狐にでも化かされたんじゃないのと笑うふうに言い返す事も出来ない有様だ。


「本当かい、あんた」
「おい、お前。このお客人、あの女に会ったってよ」
「へえ、そりゃけったいな事もあるもんだねえ」


村人の口調から察するにやはり人外のものだったのだろう。
取って喰われずにすんでよかったな。ジンが茶を啜りながら呟く。


「あれ?あんたそれ、どうしたの?」
「あん?」


ふうの指差す先はムゲンの唇、昨晩あの女に触れられた唯一の場所だ。


「何かに被れたわけ?」
「・・・」
「そりゃお前さん、惚れられたんじゃあねぇのかい」


赤く残る痕。下駄の音が聞こえた気がした。

名前変換ないからね。
書き終わるまで考えて投げ出した、みたいな。
幽霊かよ。