白い屈折に魅入られる

怖い場所だよと白蘭は言いそのまま手を引いた。
これから向かう場所はとても怖い場所だよ。
どういう意味かは分からないが
余り言葉をそのまま伝える相手ではない為問いかけはしなかった。
わざと曖昧に言葉を投げ本質を嗅ぎ取らせようとする。
そのやり方は存外熟知しているつもりだ。


それにしても何故自ら言う怖い場所へ向かわなければならないのだろう。
そうしてそれはどういった意味で怖いのだろうか。
白蘭が怖がるものがよく分からない。そんなものあるのだろうか。
そういえば自身怖いものなどそうないと思い、だからだろうか。
尚更この先にあるものが嫌なものに思えた。


白蘭は下へ下へと降りていく。
詳しくは白蘭とを乗せたエレベーターが降りていく。
感覚が麻痺する程度にだ。こんな狭い箱の中では呼吸さえ困難になる。


「・・・どうかした?」


「・・・」


「汗ばんで」


白蘭はずっとエレベーターのランプを見つめている。
液晶の表示が移り変わる様を。
対してはずっと足元を見ている。顔を上げる事が出来ない。
この狭さは元よりエレベーターが好きでないからだ。何故なら、


「思い出すでしょ」


「・・・」


「落ちた時のコト」


まだエレベーターは目的地につかないらしい。彼のいう怖い場所に。
は白蘭の問いかけに答える事なくやはり下を向いていた。
知っていたからだ。どうしてという思いよりも先にやはり、そう思えた。
やはりそうだったのかと安堵さえ覚えた。


「確か、32Fだったっけ」


「・・・」


「原因は何だったっけなぁ」


自分でも酷く汗をかいている事に気づいていた。
冷や汗とでもいうのだろう。そんな類の汗だ。
頬を垂れた。吐き気、眩暈。それでもこの箱は動きを止めない。
いや、駄目だ。止まるのは駄目だ。それは。


「ねぇ」


大丈夫、
白蘭の声が聞こえる。聞こえていた。
膝から崩れる瞬間繋いだままの手が滑り落ちそうになる。
無意識のうちに強く握り締めていたそれが離れる瞬間
白蘭の顔を見たような気がするがそれだけだ。
足元に蹲り痺れた身体をそのままに哀しくもないのに涙が落ちた。
視界はほぼ消えていた。











どれくらい気を失っていたのだろうか。夢のようなものを見ていた。
あの時小さな箱の中、恐怖に我を失い叫ぶ者達の姿を。
小さな子供をどうにか守ろうと強く抱きしめる姿を。
どうにか自身を助けようと人々を足蹴に宙を求めた男を。
そうだ。
その男は人々を殴り足場にしようとしていた。
抵抗する者を殴り、まだ箱が動きを止めた時に、落ちる前に。
男はの首に手をかけた。
最期に残ったのがであり他は皆気力を失い倒れていた。
それでもは抵抗を続ける。
痺れを切らした男が、命を目の前にぶら下げられた男が
の命を奪う方法を取っただけだ。
男の指が首に食い込んだ瞬間箱が大きく揺れ急降下を始める。
怯えた男は腕の力を強める。何れにせよ死ぬのだと思った。
液晶の狂った移動の仕方、階数表示のデタラメさ。全てが狂気に満ちていた。
も男も液晶の示す階数だけを見つめていた。
男の悲鳴。白蘭の姿。白蘭の、


「・・・」


目覚めれば途中で緊急停止を押し動きを止めた箱の中だ。
まだここから抜け出せてはいない。
ようやく起きたと笑った白蘭は
そのままに視線を合わせる為だろうか。床に寝転ぶ。


「あの時はごめんね、


「・・・」


「あの男を始末するだけだったんだよ」


「あたしは」


直撃する直前に、意識を失う直前か。身体が一瞬浮いたような気がした。
次に気づけば大惨事の生存者になっていた。外傷はなし。
首には確かに絞められた跡があり事故の凄惨さを示していた。


「又、あの時の顔を見たかったんだよね」


凄く好きな顔をしてたから。
白蘭は笑いながらの頭を撫でる。寝転んだまま、互いに目線は同じまま。
起き上がる事の出来ない
にこにこと笑いながらこちらを見ている白蘭から視線さえ外す事が出来ずにいた。

調子に乗ったんだね、という。まさに。
尚且つ押し付けさせて頂いているという救いようのなさ。
本当、調子に乗りやすいんだから・・・
因みにエレベーターは私も嫌いなんですが