あれは君のために絞めたですし

どうして震えてるのかな。どこを見て、ねぇ。一体何を気にしているのかな。
どうやら先ほどから白蘭の声ばかりが響いているようで時間の枠さえ壊れてしまったようだ。
大き目のソファー(随分古めかしいデザインだ)に横になった白蘭から
目を離せないままで秒針ばかりが過ぎ去るのだ。
話をしているようでその実まるで会話は成り立っていないという現状。
白蘭は何かを話しているわけではない。只話しかけている、に対してだ。
延々に対して話しかけているだけだ。の状況を口にし彼女の様子を伺う。
気を使っているわけではなく、面白がっているのだろうか。分からない。


それにしても今目の前に、それは確かにいるはずの白蘭の姿はまるで網膜に焼きつかない。
既に彼の姿は焼きついているからだ。
あの、悠然と現れる姿。笑みを称えた口元。優雅としか表せない佇まい―
それでも常に武器を手にしている。必要はないものだ。
それは彼に必要のないものに違いない。畏怖は、恐怖は十二分に与える事が出来る。
白蘭という男はそれだけの価値がある男なのだ。
では何故彼は、武器を。
まるで古めかしいホラーショウに出て来るような
チェーンソーなんてものを手にしているのだろう。


「どうした?」


そうして彼はその殺戮の場を素晴らしいショウと変える。
血生臭く残虐なショウだ。
それでも白蘭だけはまるで踊るように刃先を滑らせ踊る。
殺される寸前の者達は果たして何を焼き付けるのだろう。
刃先か、若しくは白蘭の顔か。
その何れかで死に顔が著しく変わるのだろう。
まあ、どうでもいい事ではあるが。


「ああ、そうだ。変わったマシュマロを」

「結構です」

「おいしいよ?」


白蘭がショウに喰わせようとしたマシュマロは
先ほどから彼が口に運んでいたものであり、要はテーブル上に転がっているものだ。
何の味なのかは分からない。色は七色。彼の指先で弄ばれている。


「えー?何かちゃん、今日ちょっと変じゃ」


変じゃない?
白蘭の声がやけに重く感じられた。
それは彼の仕業でありその事にも気づいている。


「あ!もしかしてアレ?あの事気にしてんの?」


数時間前の出来事だ。
何故か衝撃、なんてものを感じてしまった。瞬間的に。いや、継続的にだ。
未だ頭の中で繰り返し再生されているのだから。
チェーンソーのあの怒号のような音がまるで響かないシーンに
白蘭が存在した事自体が非常にイレギュラーな事態だったのだ。
静まり返った舞台に彼は足音一つたてず登場した。ゆっくりと。


「ヤダなぁ、気にする必要なんてないのに」


ペラペラとよく喋る口元ばかりを見ている。ずっとだ。
の頬に傷を付けた男の動きを容易く止めその首に手をかけた。
ゆっくりと、ジワリジワリ。
射抜かれたように動きを止めた周囲と自身の動きさえも止めたまま。
男の首の骨が折れるまで白蘭は力を緩めず、
あの男の身体の一体どこにそんな力が隠されていたのだろうと思える程度には。
壮大な音に掻き消されていたのだとその時知った。
彼の恐怖全てが音により隠されていたのだ。


「だってさぁ、ちゃん」


あれは君のために絞めた首ですし。
少し気取った口調でそう笑った白蘭に何を言えるだろう。
マシュマロを摘んだ指先に力が入る。
やけに弾力のあるそれは歪んだまま必死に形を戻そうともがいていた。

いや、まあ調子には依然乗り続けてるんですが。
こういう事を言いそうだなあと思った次第です。
言いそうだなあって、言わせてるんですけどね。勝手に。