あまりにしく生きすぎた

数年ぶりに戻ってきた故郷は消え失せていた。
悲しみなんてものは湧かないが空しさは存在する。
何に対してかは分からない。


ゴロゴロと転がる石は以前誰かの家の壁だったものだ。
風は吹き抜け淋しさばかりを残す。
随分前に生き別れた両親はとうに死んでいるのだろう。
地の果てか街の中か。
両親だけではなく一族全員がそんな死に目を迎えるのだ。
だからも何れそうなる。遅かれ早かれそうなる。
そんな生き方をしているから仕方がないのだ。


それにしても何一つなくなってしまった。何一つだ。
こんな場所で生きていけるかと吐き捨て
一度も振り返らず捨てた故郷はなくなってしまった。
あの時の背中には誰かの声が突き刺さったのだろうか。覚えていない。
忘れてしまう程昔の話なのだろうか。


「・・・よぉ」
「!」
「コイツは、珍しい顔だ」
「あんた・・・」


一際大きな瓦礫の影に男がいた。
影を確認し性別を判断する。


「もうここには何も残っちゃいないぜ」
「知ってる」
「お前の探しモンは随分前に消えた」
「あんた、誰」
「俺が消したからな」


この町を。
ゆっくりと立ち上がった男はようやく姿を見せる。
まるで見覚えはないのだけれども特徴的な服装が目を引く。


「ブラックスペル・・・」
「何だ?お前」
「あんた、何者なの」
「そいつは、俺の台詞だ」


こんな僻地でお前は何だよ。面倒臭い。
そう呟いた男はを見定めるように見つめた。
しかし何故こんな所でこんな肩書きの男に遭遇するんだと
思ったのはも同じであり、恐らく見定めたのは同じだ。
丁度いい距離感を保ちながら腹の中を探り合う。


「あたしはここが故郷だったのよ、只それだけ」
「へぇ・・・そいつは奇遇だ」
「何?」
「俺もここが故郷なんだ」
「・・・」


本当か嘘か。


「あんた、名前は」
「お前は?」

「・・・」


一瞬驚いたような表情を浮かべた男は今の今まで発していた殺気を潜める。
そうして小さな声で俺はγだ。そう呟いた。







飛び出す前だ。
余り人の気持ちを考えなかったは自分の気持ちさえ分からなかったのだ。
どうしてこんなに詰まらない場所なのだろうと吐き、
詰まらない人間しかいないと笑う。
そんな話を何も言わず聞いていたのがγだった―嘘のような本当の話だ。


学校帰り真っ直ぐ家には帰らずこの古ぼけた町の中で不満だけを募らせる。
平々凡々、波風のたたない生活が何よりだと思っている町の人間が嫌いで、
そうしてそんな人々を食い物にしている教会の人間が嫌いだった。
幼い頃からよく仕置き部屋に連れて行かれていただから抱く感情だ。


あいつらは幼いを折檻し犯した。恐らくその事実を両親は知っていた。
否、両親だけではない。町の大人全てが知っていたのだ。
そうしてそれを黙認していた。教会の示す教義の元に。
年を重ねるにつれは力を求め仕置きを受ける事はなくなった、
それにやつらのターゲットは幼い子供のみだったのだから。
だから尚更は荒れる。


「・・・何とか言ったらどうよγ」
「特に言う事はないよ、
「あんたのその首からぶら下がってるマリアさんは何よ」
「俺の母さんだよ」
「あんたの母さん?」
「あぁ」


γの両親はいないと聞いていた。
それでもその事には触れない。知っているからだ。
γに関する噂は小さな町中に知れ渡っている。
この男の悲しい過去。少し触れた可哀想な子供の話。


「本当に腐った町だわ、ここは」
「そうだな」
「あたしは明日、ここを出るわよ」
「・・・そうか」
「あんたはどうする?」


γが顔を上げる。
笑ったような泣いたような顔だ。


「あたしと一緒に来る?γ」
「俺は―」


一緒に行きたいと言えなかっただけだ。
一緒に生きたいと。







互いに視線を合わせたまま
何も言えずにいるとγの間を一吹きの風が通り抜ける。
過去を捨てた女と過去を殺した男。
何故何も言えず立ち止まっているかは分からず、 だからといって再会を喜べないまま立ち尽くしていた。

とあるγの話と繋がっていたりします・・・