03 嘘吐きなヘンゼルとグレーテル






目の前で人の頭が吹っ飛んだ瞬間、そうだ。脳漿の欠片が頬に僅か付着した瞬間。
驚く必要性はないのに頭のメモリが一瞬失せる。
だけれどそれが日常だったのだから、やはりメモリは失せるべきではなかったのだ。
幼いクロロは頬についた脳漿を指先で取る。
やけに寒い日だった、吐く息がそのまま凍り落ちる程には。
所々欠落し出した古い記憶、余りに古すぎる記憶だ。


「・・・落ちましたよ」
「!」
「どうぞ」
「ありがとう」


大きなヤマを成功させ、
その足で次の現場へ向かっているクロロはふとしたフラッシュバックに見舞われる。
古い手は思いの他上手くいくのだから同じようなやり方は幾度となく行っている。
だから不思議なのだ。未だ覚えている、脳の中、そんなところに根付いている。
そんな事はあるのだろうか。


「・・・あぁ」


そんな事もあった、そう呟いたクロロは似たような街並みを見つめる。
あんなに大事だったはずなのに、こんな時にしか思い出す事がない。
それが少しだけ不思議で、僅かに空しかっただけだ。












細い手首を思わず握ってしまっていた。
驚いた彼女が振り向き、そうして初めて目を合わせる。
思わず手を出してしまったのは彼女の足が真っ直ぐ車道へ向かっていたからで
何故だろう、そのまま鉄の塊に跳ねられてしまうのは勿体無いとでも思ったからか。
すぐさま死と連結するイメージを擦れ違いざま得た。
長い髪が世の中全ての淋しさを抱いているようにも思えた。


「・・・何?」
「危ないと思って」
「・・・あら」


彼女の視線はすぐ側の車道を見つめている。


「あんた、ここの人間じゃないわね」
「あぁ」
「若しかして―」


知らないわけじゃあないわよね。
彼女の言いたい事はよく分かっていた。この国は戦火に侵されている。
どうやら元々余り治安はよくなかったようだが、
ここ最近隣国からの侵略と共に国内の反政府勢力が力を増し
国自体が壊滅状態に陥っているらしい。
今はかろうじて国は機能しているが、
恐らくこれもそう長くないだろう。持たない。
何故ならクロロが、現国王を殺すからだ。


「最近、結構ミサイルだって飛んでくるのよ」
「・・・危ないな」
「みーんな、出て行ってる。ネズミが船を捨てるみたいに」
「君は」
「行くとこなんてないもの」


目と鼻の先に王宮はある。そこにターゲットもいるわけだ。
話によれば王宮内のシェルターに軟禁状態らしく、そこへ侵入するか燻り出すか―
危機に晒されれば自ずと国外へ脱出する為にシェルターからは出て来る。
国王が死ねばこの国は一気に没落する。最終局面だ。


「あんた一体、何の観光に来たっての?」
「消える国、ってのかな」
「悪趣味ね」


唇の端が僅かに上がり彼女は笑った。












すぐに股を開いた彼女の名前は
思いの他軽い理由は一つ、この先の人生がそう長くはないからだと言う。
刹那に、そうして短絡的に。特に異存はなかった。
この限られた時間内(まあそれはクロロのさじ加減一つなのだけれど)
を最大限に活用しに会いに行こうと心に決める。
余り長くは持たないだろう。分かっていた。
国の中心部に近い彼女のマンション周囲は空爆の対象にもなる。
どうしてと自分はこんな場所にいて、そうして何事もなく生きているのだろうか。


「まだ、逃げないの
「どうして?」
「ほら、街もほとんど跡形ないよ」
「みーんな、どこに行っちゃったのかしら」
「缶詰拾いにでも行く?」


元々あった壁達がただの瓦礫と化したこの街だ。
100m程先にあるスーパーマーケットの跡地へ向かう。
そう。この時点で疑い、気づくべきだった。
余りに変化が見られなかったのだ。
何一つ変わらない、周囲、状況が変化したにも係わらずだけは変わらない。
その事に気づくべきだった。だけに対して気づく事が出来なかった、何故。


その日もと一緒に夜を向かえた。
最後だと知りながら―最後を決めたのはクロロ自身だとしても。
寝息をたてるを横目で見ながら部屋を出る。
低い音をたてながらミサイルがクロロの真横を走りぬけた。












仕事自体は非常に容易いものだったと記憶している。
逃げ惑う国王を追い詰めるまでもない事だ。
只唯一の例外、問題は


「・・・これはこれは」
「さよならも言わないのね、クロロ」
「言いたくなかったなんて言っても、信用してもらえないだろう?」
「殺させないわよ」


長い髪はやはり死だけを匂わせているようで軽く揺れる。


「どうして守る?分かってるだろう、どうなるかは」
「あたしはこの国と生き、そうして死ぬのよ」
「何故」
「分からないわ、それでも」


そうする他ないのよ。
真相を知ったのはずっと後の事だ。
の家系はあの国に古くから伝わる神護の系列だったらしい。
護るべきものは王族、神は王―
どんなに馬鹿馬鹿しいと思えてもそれがあの国では当たり前の事であり、
にしても護るべきものだったのだろう。
ああ、馬鹿馬鹿しい。


クロロの手に堕ちたは二度と目を開く事もなければ触れる事もなかった。
何故だか空白が増えたような気持ちになったクロロはその足で国王を殺し国を出る。
少しでも淋しくないようにと共に。
どちらが淋しさを感じるのかは分からずに。
荒れ狂った国を離れ人気のない丘へ向かう。海の見える場所だ。
そこに穴を掘り彼女を埋める。
何故訝しさも、怪しさも何もかも全てを感じなかったのだろうか。
感じさせなかったのか。が。
恋なんてものは淡く姿がない。
愛なんてものはそれこそ幻想だ。












「・・・そうだな」


お前はまだあそこにいるのかな。
一人そう呟き丘の方角を見つめればがこちらを見ているような気がした。
あの国はがいなくても、神と呼ばれた国王がいなくても再復興した。
新たな独裁者、新たな国民。新たな犠牲者。
そうしてこれからクロロは新たな独裁者を殺しに行く。同じ道を辿り。
只そこにはいない、それだけの話だ。

最初に誰かを書こうと思えば
必ずといっていいほど他のキャラがメインになっていくんですけど・・・
この場合ヒソカ→クロロ。みたいな。そうして長えよ。