さすらい人の行き着く場所は冬の荒野

止めてよと言えないまま黙って唇を噛み締めている。
まったく何も喋らない男の隣で耐え難いスピードに堪えきれずにいる。
いや、少しは堪えているのだろう。
怯えは瞳にだけ見えていればいいのだ。
その瞳をジェクトが見る事はないとしてもだ。


それにしてもどうして男はこんなにも無駄なスピードを出したがるのだろう。
今日の試合は絶好調、大差での勝利。ヒーローインタビューも独り占め。
毎度の大口を叩き笑いながらの去り際、
関係者用の出口に立っているを拾い今に至る。


朝日が昇るまでつきっ放しの街中を酷いスピードで走り抜けている。
光が流れているようだ。ずっとそれを見ていた。
このままこの男はあたしと一緒に死にたいのかしら。
そんな思いが脳裏を横切るがまずないだろう。その線はまずない。
わけの分からない出来事に幾度も泣かされてきた分
最近では泣き場さえ抑える事が出来るようになった。
そもそも既に涙なんて枯れてしまっているのだ。とうに泣けない。
それでも愛しているのだろう。言葉も交わさず一緒にいるのだから。


「・・・何がしたいのよ」
「何だ?」
「って言うか、どこに行くの」
「どこか行きたいとこでもあんのか?
「あんたの家」


そいつは悪い冗談だぜ。そう呟き笑う。いつもだ。毎度の事。
酷い雨が降り出す手前の雲行きだ、もうじき大粒の雨が叩き付ける。


「どっかに止まろう」
「どこに」
「そこらのモーテルでも何でも、どこでもいいから」
「機嫌が悪ぃな、


このまま言葉だけでジェクトを追い詰めて一体どうなるというのだろう。
ジェクトを叩きのめす機会なんて幾度もあったのだ。
その度叩きのめした、言葉で。
気持ちはまったく晴れず鬱憤は堪り行く一方。
ジェクトだけが悪いわけではない、それも知っている。


「ねぇ」
「・・・」
「スピード、もっと落としてよ」
「怖ぇか?」
「ジェクト」
「俺も怖ぇさ」


でもお前と一緒にいる時はいつもそうじゃねぇか。
ジェクトが急カーブを猛スピードで曲がった。
対向車線に大きくはみ出す。
激しいライトの色が視界さえ殺し一瞬何も怖ろしくはなくなった。
ジェクトが何かを言っているような気がする、何も聞こえはしなかった。
指先だけが微かに震えているようでぼんやりと通り過ぎる対向車を見ている。
ジェクトは何を言っているのだろう、そうしてどうして聞こえないのだろう。
どうせ明け方まで帰らない隣の男を見ながら
到底暖かい場所へは辿り着けないとは知っていた。




まだタイムスリップ?する前のジェクト