霞んだ記憶の中に生きることができたなら

記憶の影に埋もれているの横顔はこちらを見ていただろうか。
薄暗い室内でテーブルに肘をつきながら僅かに。
長い足が時折揺ら揺らと動き影を伸ばす。

そんなを確か後の方から見ていたXANXUSは何か、
何かをしている途中でその序にを見たような気がする。
年上のあの女は結局のところ自分に対し興味があったのか否か。
果たしてどんな感情を抱いていたのだろう。

一つの箱、同室にいたとしてもほぼ会話のなかった二人だ。
はいつだって僅かに開いたカーテンの隙間から外を見ていたし
XANXUSは天井を仰いでいた。だからの声を思い出す事が出来ない。
の言葉を思い出す事が出来ない。
辛うじて姿かたちを思い出せる程度なのだ。
記憶の中の彼女はやけに尊く儚く、そうして美しく見える。


「・・・」


先日の姿を見たとまったく関係のない輩から聞いた。
恐らく自分ととの関係、過去も知らない輩だ。
生きているのならば何れどこかで会えるだろうと思えた過去。
そうして会う事無く過ぎ去った今までの日々。


「・・・」


スクアーロが今まさに声高々と話している件の女がだ。
先日XANXUSが下した命を受け仕事へ向かったスクアーロが
対峙した相手がだったらしい。
話を聞く分には確実にそうだ。まだ生きているのかと思った。
それと同時に辛うじての記憶が少しだけ思い出された。
彼女の微かな横顔、消え去る前日の光景。
それでも、どうしても会話だけが思い出せない。
の声が思い出せない。
―苛々する。

唐突に壊されたテーブルを見つめたスクアーロは
無言のまま部屋を出て行くXANXUSの背中を見ていた。
カラカラと空しい音を立てているチープな灰皿だけがやけに浮いて見える。
XANXUSの機嫌が悪くなるタイミングは未だに掴みきれないが
対処法は分かりきっている為そのままに。
又どこかで何かが壊れる音が聞こえた。












血の匂いの耐えない二人だった。
外でも中でも血の匂いはついて回る。
何故だか鍵をかけないXANXUSの帰宅はすぐに分かる。
ノブを回し鍵の有無を知る。
無口な彼はベッドがあるにも係わらずソファーに横になり、
が帰宅すれば目を覚ます。まあそれはも同じだ。
今日何があっただとか明日何があるだとか、そんな気の利いた会話はない。
只血の匂いが濃いか薄いかで互いに何をしてきたかを知る、それだけだ。


「・・・ねぇ、XANXUS」
「・・・何だ」
「二人でどこかに行きたいわね」
「・・・」


何故その時そんな事を口走ったのかは分からない。
普通の恋人同士のような、要は戯言をしてみたかったのかも知れない。
叶わないとは知っていてもだ。思わず口にしていた。
だけれどXANXUSはいつものように口を閉ざしたまま天井を見ているだけで、
特に何を言うわけでもなく動きさえしない。

詰まらない事を口走ってしまったと軽い自己嫌悪にさえ陥る。
まあ明日も今日と同じ事の繰り返しをするだけなのだし
こんな他愛もない些細な事を気にする必要もない。
その時はそう思っていた。二度と会える事はなくなると、思いもせずに。












「それにしても冷え込むわねぇ、今日は」


昨晩の来客は恐らく今日も来るはずだ。
少々お喋りな(そうして声のでかい)あの男。
そもそもはこちらの(本当の意味での)来客らしいのだが
少々悪趣味なボスのお陰でと対峙する羽目になっている。

要はを倒して入って来いという事だ。
気位の高いボスの事、相手方も
同じ立ち位置の人間を持って来いと思っているのだろう。
確かにを倒すくらいの相手となれば
ボスと同等の力を持っていなければならないだろうし、
幾度か来客を門前払いしていれば最終的には相手方のボスが来るだろう。


「・・・」


しかしこんな仕事を任されたが
為に凍てつく寒さの中外で待機しなければならない。
今日もさっさと終わらせて酒でも引っ掛けに行こう、
そう思っている矢先だ。重い気配が侵入した。
暗がりの中視線を上げる。来客のご登場だ。


「いらっしゃいませ、」


ゆっくりと立ち上がりながら相手を見る。
昨晩の男とは違う、気配も姿も。産毛が総毛立つ感覚。


「・・・」


XANXUS。
思わず呟いた刹那弾かれる腕、鋭い痛みと飛ぶ身体。
起き上がろうとした瞬間XANXUSの腕がの首を掴んだ。
白い息が音もなしに浮かび消える。


「ぁ・・・」
「久しぶりだな」


何かを物語っているのだろうか。
少しだけ大人びたXANXUSの眼差しには含みがあるのか。
そういえば直にこの男とやり合うのは初めてだと知る。


「・・・


蘇れ。過去。












が戻って来なくなり早一週間が経過した。
これまでにもが連続で戻らなかった事は
幾度もあったのだし、XANXUSも同じだ。
互いに互いの仕事には一切干渉せず只同じ部屋で暮らしていただけ。
こんな関係に何か意味があるのかと問われれば
そんなものはまったくないと断言出来た。
一人部屋で時間をやり過ごす日々が少しずつ増えて行く最中ふと気づく。
―もう戻らない。

ずっとここにいるという確証もなかったわけだ。
だからどう思う必要もない。
只この部屋にいる必要性もなくなっただけだ。
それとなくここ最近あった事件を調べてはみるが日がな人が死んでいる場所だ。
一人の生死など調べようがない。
モルグへ足を運んでみたもののらしき遺体は発見出来ず
残されたのは性別さえ不明の腐乱した死体だけだ。
そこまで捜し何となく諦めもついた。
は消えた。それだけだ。

その足で部屋を引き払ったXANXUSはその町へ二度と来る事はなかった。
最初から別宅のような扱いの場所だったのだ。
を追いかけていた。ずっと。
だけれどその事もは知らない。
だからあの部屋の中だけが全てだったのだ、
少なくともXANXUSにとっては。












辛うじて逃れたは首周りを撫でながらこちらを伺っている。
あの部屋が全てでそれ以外の場所では何もない。
過去は現在にいつまでたっても追いつきはしないのだ。
さようなら。初めて呟いた言葉だ。心の中で、に向けて。
冷え切ったこの状況下微かに赤く染まった頬を見ながら。


「あんたがボスだったのね」
「・・・」
「どうしたの。中に入ればいいじゃない」


クソッたれ。
小さく呟けば白い息が浮かぶ。
横目でチラリとを見ればあの微かな記憶同様こちらを見てはおらず、
気づけば又腕を伸ばしていた。




無駄に長い。年上の女とXANXUS。