夏の木陰で貴方の喪服にそっと触れる

深夜過ぎにゆっくりと部屋を抜け出す。
大分冷たい夜風が頬を撫で、目だけが光った。猫だ。
小走りで追いかけ走り去る姿を見つめる。


「何してんの」
「いや、猫がいたからさ」
「逃げてったじゃない」
「そうなんだよね」


既に稼動を破棄した古いコンクリート工場は長い影を伸ばしている。
土砂と砂利が山ほど積まれた背景はまるで特撮ものでも撮影しているようで、
まあそんな気分が味わえるからここに来ているのだと思った。
まったくの無人、声が響き渡る。足音も。
のはいている細いヒールは随分高い音を出す。
大きな、大きな月がこちらを見ているのだ。今日は。
気恥ずかしいほどに。


「そこどうしたの?破れてる」
「え?どこ?」
「そこ、右の袖」
「あれ、本当だ」
「格子鉄線に引っ掛けたんじゃないの」
「そうかも」


余り気にしないと知っている。互いに。
これから先行くあてはなく只々この廃墟を歩き回るだけだ。二人で。
まあ毎度の事だ。だけれど今日はいつもと違う予定がある。あるというか作る。
多分、これは予想なんだけど―
これまで費やしてきた時間がそれを確立させる。
と心が通じ合っている予感、限りなく近い生き物の予感。
俺一人がそう思っているのかな。


「今日はこっちに曲がろうか」
「どっちでも一緒でしょ」
「一緒でもいいじゃない」
「まぁね」


要は気持ちの問題なのだ。
の言う通りどちらに曲がろうとも同じ。どの道何もない、誰もいない。
只ガランとした空虚な空間が広がるだけ。あぁ、時々猫がいるか。
しかしいざその気になってもどう切り出していいものか分からず
闇雲に詰まらない会話ばかりが弾んだ。弾んでいる。これじゃあいけない。


「・・・何で急に黙るのよ」


両極端では駄目だ。何をしているんだ。
少し考えるつもりが思ったより長かったらしい。
よくよく考えればの足音、そうして呼吸。そんな音しか聞こえない。


「ちょっとスパナ」
「・・・」
「何で黙って―」


思わず視線を合わせたからだ。意図してはいなかった。
だからも多少戸惑いこちらを見返している。
何故かは分からないけども笑った。言葉を伝えずとも分かって。


「・・・何見てんの?」
「あ、ほらあそこ。猫が」
「え?どこに?」
「見間違いかな・・・」


伝えなくては分からない、
だなんてそんな当たり前の事さえ理解出来なくなっていた。
この大事な時に吐き出せる言葉さえ見つけられず
下手くそに誤魔化したスパナは上手くいかないなぁ、
そんな事を呟きながら何気にの手を取った。
特に何の反応も見受けられなかった。




初、スパナが好きな側。
どこで何をしているんだとも思う。
夜中にスパナと遊びに行こうかの回。