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女郎蜘蛛

香の匂いの充満するこの部屋の中でまどろむ。
赤い布団の上には とムゲンのみ存在し只それだけ。
既に情事は終わり夜が明ければこの女は又柵の中に戻るだけだ。
詰まらない人生だと人事ながら思う。

背に大きな女郎蜘蛛の墨を入れた女の名は知らない。
只最初ここを訪れ柵越しに選んでいれば目に付いたから名指しただけだ。
何故目についたのかは最初分からずじきに知れた。
この女がこちらを見ていたからだ。

名は知らないが呼び方は 、そう告げられムゲンも と呼ぶ事にする。
白く華奢な背に蜘蛛がいるとは流石に思わず
最初見た時には幾分驚きもしたが告げず。
驚かれるのは慣れているだろう。皆必ず口にするだろう。
だから最初は名指されても二度目が中々来ない。
それでも一度目がそう悪くなかったものだから
この女があいていれば名指す事にした。

「・・・もうよしなよ」
「あ?」
「他を名指しな」

こちらに背を向けたままの が呟く。

「別にお前を気に入ってんじゃねぇぜ」
「あたしが気に入るじゃないか」
「・・・そりゃ」

思わず笑う。

「いいんじゃねぇか」

蜘蛛を撫でた。

「そんな事になったら、あたしが苦しいじゃないか」
「何で蜘蛛なんだよ」
「・・・」

外の空気を纏い残り香だけを置いていくこの男が
死ぬほど羨ましく憎かっただけだ。
そうしてやはり小賢しく、嘘ばかりを吐いて消えていく。
どいつもこいつも皆そうで、だったら二度と来る事が出来ないように墨を入れた。
お前の選んだ肌には蜘蛛が張っているのだと思い知らせたかっただけだ。

「出てぇんだったら出してやるぜ」

隙を突くように最も心の奥に隠してあった欲求を
鷲掴みにされ振り返られずに居る。
知れているのだろう、匂いでも出ているのかと思い
ようやく振り返れば依然答えを待つムゲンがおり酷く滅入った。

多分連れ出す事は容易だろう、ムゲンにとっては。