しかしこれ又やけに気の滅入る展開だと口には出さず、

それでも確実にそう感じたスモーカーは僅かばかり目を伏せた。
遣る瀬無い、いや違う。どうしようもないものだ。これは。
何れにせよ目の前の女は唇を切り
そうして血を滴らせながら懸命に視線を向けている。
ようやく引かせたたしぎはたしぎで
余計な一撃をやたらと喰らっていたもので
その点では の勝ちだったのだろう。


それでも はじきに力尽きる。
現に今、スモーカーの目前で海桜石を押し付けられ
視線は遥か下へ、指先にさえ力はない。
哀れ、とでもいうのだろうか。
この状況を上手く言葉で伝えるなんて事は到底出来ないのだ。


何とも言えない感触、そうして気持ち。
奥歯が浮くような気持ちの悪い状況。
哀しくはないだろう、スモーカーにしても にしてもだ。
ゆっくりと彼女の顔が地面につき全身から力が抜ける瞬間だ。
目が完全に閉じられる瞬間。
何事かを彼女が呟いた。短く。何を呟いたのかは分からない。
それでも彼女の口元が笑んでいたからには辞世の句ではないのだろう。
恐らく、もっと明るい言葉だ。







は最も悪い能力者だと呼ばれていた。今も昔もだ。
何が悪いのかと言えばまあ一言で表すのならば命を奪う点、それに尽きる。
大体の海賊は己が欲望の為に命を奪うが の場合は完全に趣味で奪う。
故に色んな輩が彼女に殺しを委託するのだが気が向けば受ける反面
委託された以外の命をも簡単に奪う為使い難く、持て余されてはいたらしい。
しかし世は広くそんな よりも力が強い輩も山ほどおり
力関係は上手くいっていたのだろう。


血を吸うとさえ比喩された の存在は恐怖となり世界に広がった。
それでも現に捕らえてみれば単なる女であり
海桜石により能力を封じられた の姿はやけに滑稽だった。
刑の執行を待つ間牢の中で一人口笛を吹き遠くに僅か見える青空を見つめる。
牢には小鳥が寄り彼女の口笛で踊った。
線の細い存在が希薄な を目にし誰もが疑問を口にした。
だけれどスモーカーは知っている。
以前目前で が人を殺める瞬間を目にした事があるからだ。


彼女はあのままの姿で腹に手を突き刺し臓物を掴みだした。
白い肌に血が飛び散り艶かしかった事を覚えている。
その時スモーカーがどう感じたかといえば
畏怖や嫌悪のように上等な感情は一切なく背景として認識したのだ。
余り現実味がなかったからかも知れない。
喧騒の中特に だけが人を殺めていたわけでなく


ぼんやりと突っ立っていたスモーカーの周りにも
凄惨な死体はゴロゴロとあったわけで
スモーカー自身の手のひらも見知らぬ輩の血液で汚れていた。
ぼんやりと の手の中にある臓物を見ていれば
彼女はスモーカーの視線に気づき顔を上げる。
スモーカーは改めて を見た。そして話した。言葉を交わした。
彼女は覚えているだろうか。







何故人々が自分を恐れるのかが分からなかった。生まれてこの方ずっとだ。
教えられた事をまったくそのまま行っているだけだ。呼吸と同じだと教えられた。
それは一体誰にだろう。覚えてもいない。詰まらない事だからだ。
嫌ならば殺せばいいと思っていたし今も思っている。
だから海軍に捕らえられた現状も受け入れる。
これが最後、ゲームオーバーなのだろう。始まりがあれば終わりはある。
それは遅かれ早かれ確実にだ。案外遅い方だと思う、永らえた方だろう。


こんなに殺気立たない日々は生まれて初めてであり
足の先からダラダラと腐っていくようだと思えた。
生きているという実感がまるで得られないのだ。命を奪っていないから。


それにしてもやたら奥の方に連れて来られたらしく何の音もしない。
時折耳に届くのは遠い鉄のドアが開かれた重い音と床を叩く足音。
それも近づかず消える。


それが今日に限り近づいた。興味はまるで湧かなかった。
足音は丁度牢の前で止まり気配も濃くなる。ついと顔を上げた。


「・・・明日付けで刑が執行される」
「極刑?」
「まだ出ちゃいねぇが」
「あんたがやるの?」
「いや」
はこちらを一度として見ていない。


「前に一度会ったね」
「・・・」
「あたしと二度も顔を合わせるなんて」


あんたも随分ついてないね。
の指先に小鳥が止まり瞬間命を消す。
それでもそんな光景を確実に見ていたであろう他の小鳥は
逃げもせず鳴きもせず動きもしなかった。
の鼻先に羽毛が飛ぶ。こちらを見た。


「お前は死なねぇ」
「・・・」
「明日になりゃあお迎えが来るぜ」
「・・・まぁだ、ゲームオーバーじゃないのか」
「何?」


詰まらない人生。
だっただろうか。 はそう呟き笑った。儚く。
終わりが来ないのであればゲームは詰まらないのだ。
延々とセーブを繰り返すだけ。同じ事を繰り返すだけ。酷く窮屈で億劫だ。


「あんたを狙おうか」
「・・・ぞっとしねぇな」
「そしたらあんたもあたしを狙うね」


そうしたらどちらかに終わりが訪れるでしょう。
そう吐き捨てた はゆっくりと立ち上がりスモーカーを見据えた。
その刹那思った。
これが、
絶望日和

スモーカー・・・ どんな話だと。
一生懸命書けばこうなる(反省の色なし)