高杉がついとこちらを見たようで、

思わず歩みを止めた
つい先刻のそれが幻だったと知る。
幻といえる程上等ではないかも知れない。幻覚が妥当か。
あの放蕩な男は今どこを彷徨っているのだろうか。若しくは幽鬼と化したか。

余り命が見て取れる男ではなかった。片目。あの片目がそれを彷彿させる。
口数はそう多くない。どちらかといえば少ない方だ。高杉は余り喋らない。


「ちょいと 、あんたにお客だよ」
「・・・あたしにかい」
「上物の酒を連れてさぁ、逃すんじゃないよ」


廓の入り口に立ったあのやり手婆はお猪口の中身を一気に平らげる。
すぐ横を通れば酒の臭いが強く漂った。







昨晩の客は老舗の呉服屋、若旦那だ。
白い肌に痩せた体躯。気の優しい、といえば聞こえはいいのだろう。
しかしその実只の気弱な、頼りない男だと知っている。
それでも金払いはいいし歯の浮くような甘い言葉を
垂れ流してくれるものだから快く招き入れるだけだ。
それでもこのまま続けていれば身請けだ何だと面倒が生じるだろう。
あの婆は金にさえなればいいのだから。

襖が視界に入る距離になればいそいそと足音をたてる。
さて。今回の客はどの旦那だろうか。


「遅れ―」


こんな真昼間から出向いてくる輩は二つに一つだ。
何れにしろ厄介な客に変わりはないだろう。
襖を開け軽く挨拶をしかけた瞬間言葉尻が震えた。
ゆっくりと紫煙を燻らせていた男は を見上げすぐに視線を逸らす。
煙管が囲炉裏に打ち付けられた。


「陽に焼かれやしねぇか心配したぜ、
「そいつは、お前さんも同じだろうに」
「あぁ、だから、余計にだ」


高杉は軽口は叩くが無駄口は叩かない。そこが違いだ。
女物に見える大柄の華が目立つ羽織をだらしなく着こなした高杉は
何故だろう、僅かに笑い を出迎えた。


「何の用だい」
「身請けてやろうか」
「又、性質の悪い冗談さ」


指先が震えた。それをどうにか隠す。
高杉は心を揺さぶる。そうして愉しむ。
だから真に受けない。馬鹿を見るからだ。


「最近とんと顔を見なかったからねぇ、死んじまったのかと思ってたよ」
「お前を置いて死ぬのは惜しいじゃあねぇか」
「執着もない癖にねぇ」
「先にお前が死んでくれりゃあ心残りもねぇんだが」
「お前さんは」


悪い男だよ。
諦めたように吐き出した は本音の部分では殺してくれと思っている。
待つ気はないのだけれど若しかしたら心の何処かで
待ってしまうかも知れないではないか。
幻覚を見てしまうかも知れない。一時間前宜しく。

散りゆくも枝に残るも春の夜

最近高杉を案外書くなあ。