「・・・聞き分けのねぇ女だぜ、まったく」

何度その言葉をクロコダイルの口から聞いた事だろう。
彼は事あるごとにそう言った。
だからといって怒るわけでもなしに只の髪を優しく撫でる。
クロコダイルはを決して表舞台には出さなかった。
理由は幾重もあっただろうがその一つもに伝える事はなく、
もあえて聞く事はなかった。

彼から与えられたの生活環境は考えうる限り贅沢なものであり不備はなかった。
大体決まった時間帯にクロコダイルは姿を見せ(彼は案外几帳面な男だったからだ)
幾許かの会話を繋ぎ帰る。
そんな単調とも思える生活がの全てだったわけだ。
だから彼女は表舞台で何が行われていたのかをまるで知らない。
血生臭い現実は彼女に相応しくない、そうクロコダイルが判断した故に。

「・・・貴女は?」
「はじめまして」
「珍しいわ」
「何が?」
「彼以外の来訪なんて初めてじゃあないかしら」

ミス・オールサンデーと名乗らなかった理由は分からないのだ。
そうしてこの部屋を訪れた理由も分からない。
あの男に殺されかけ、そうしてあの男が倒れ付した事実を知らせる為か。
ロビンも初めて訪れたこの部屋は豪勢に彩られている。


「名前を知っているの?」
「ええ」

時間はない。
もうじき海軍が押し寄せ全てを押収するだろう。
何れにせよに事実を伝えなければならない。
ロビン自身もの存在をこの目で確認したのはこれが初めてであり、
クロコダイルの酷くプライベートな部分に踏み込んでしまったと感じている。
彼がそこまでして隠しそうして守り通したかったものがこれだ。あの男が。

「それにしても最近おかしな事が多いわ」
「どういう事?」
「彼はとても几帳面な人なのに顔を見せてくれないの」

好きではなくなったのかしら。
は紅茶を淹れながら呟いた。
本当に来客は初めてらしい。
少しだけ高揚しているのだろうか。声は嬉しそうだ。
残酷な結末を告げなければならないロビンが戸惑う程度には。

「・・・何があったの?」
「余り落胆しないで欲しいの」
「彼は私を出来る限りの力を尽くして護ろうとした」

全てを隠してでも。

「・・・えぇ」
「でも残酷なものね。隠そうとすればする程、それは露見してしまう」

私は全て知っているのよ。
振り向いたは悠然と微笑んでおりロビンはそこで知る事となる。

「ここは危ないわ」
「彼は死んだの?」
「いえ」
「貴女は彼に言われてここに来たわけではないのでしょう」
「・・・えぇ」
「では私はここを去るわけにはいかないわ」

そうでしょう。
はそう言いベッドに腰を下ろす。

「これからは誰も訪ねて来ないわ。ここにいては死んでしまうわよ」

僅か語尾が強くなっただろうか。
現実を告げどもは只笑うだけでロビンは遣り切れず部屋を出る。
クロコダイルはどんな結末を期待しているのだろう、
そんな事を考えていれば遣り切れなさが増幅するだけだ。
恐らくは待ち続ける。


隠し通路の奥に潜む、
鮮やかに赤いさようなら。

ロビンの話じゃあないのです
むしろこの話の中で最も注目すべき点は
主人公の一人称が『私』という点だ。