あぁ、と溜め息にも似た声を出し掴めない空を握る。

苦しみに似ているのかも知れない。実際に今苦しいのかも知れない。
晋助の腕が の胸の下辺りを抱え
幾分前から顔を上げていない は只、耐える。
徐々に剥がれた互いの着物が布団の上に散らばり滑らかな肌触りを演出した。
足元ばかりを見ているからどうでもいい事に気づく。
もう一度 があぁ、そう吐き出した。

「痕がつくのは止しておくれよ」
「他に決まった男でもいるってのか」
「障りがでるじゃないか」

首筋から耳たぶに向けじっとりと舐める晋助の舌が動きを止め吸い付く。
又か、そう思う。
何度同じ事を言ったところでこの男に通じている道理はないのに。
まるで梅毒に冒された遊女の如く全身を痣だらけにされるのは堪らないのだ。
ゆっくりと顔を上げ息を吐き身をよじる。晋助の歯が肩を噛んだ。

「痛いじゃないか」
「手前の血が見たくてねぇ」
「止しとくれ」
「切り捨てるわけにもいかねぇだろう」
「あんたは悪い病気さ」
「・・・ほう」
「あの時からずっと悪い病気に冒されちまってるのさ」

晋助が笑った。

「まさか手前がこうなるとは夢にも思っちゃいなかったぜ、俺は」
「あたしだってそうさ」
「股ぁ開いて糧、得るなんざ手前にお似合いの商売なんだよ」

低く鈍い音が暗い室内に響き渡り の体が布団に叩きつけられる。
うぅ、だっただろうか。
兎も角何事かを呟きかけた
ゆっくり腕を伸ばそうとするが途中で力尽き目を閉じる。
口の中に広がる血の味が晋助との逢瀬の証だと知ってはいる。望んではいない。
そんな を見下ろしながら肩膝を立てた晋介はキセルに火をつけた。







どのくらい前だろうか。
丁度晋助がキセルを火鉢に十回程度叩き付けたくらいだ。
そのくらいから雨粒が注ぎだし音を鳴らす。
はあのまままるで動かず伸ばしかけた腕の先、
強張ったように動かない指先を見つめていた。
紙の擦れる音が時折響き渡るのは
晋助が恐らく春画を見ているからであり
煙ばかりが天井まで覆いつくした。

「・・・おい」
「・・・」
「いつまで死体の真似事をしてやがる」

この部屋は花と香、そうして葉タバコの匂いが充満している。
薄暗い室内を更に白さが隠しまるで晋助の姿を隠しているようだ。
晋助は自分を許さないつもりなのだろう。
分かっている。だからこんなにも気が滅入るのだ。
おい、ともう一度晋助が呟き の脇腹辺りを軽く蹴った。

「こいつは又、本当に死んじまったのかと思ってたぜ」
「あんたいつまでここにいるの」
「こっちは金ぇ払ってんだ」
「晋助」

間に金を挟まなければ関係を続ける事が出来ない理由は一つだ。
それでも互いに触れない。
紅を引きなおし晋助に口付ければ毒の匂いがした。







晋助の体に乗り男を見下ろす。
僅か壁にもたれかかっている晋介の口元は笑みを象る。
首筋から腹部にまで軽い口付けを落とせば少しだけ気配が減った。
呼吸と共に腹部がへこむ。
ふと視線を上げれば赤い痕が残像のように残り体を汚していた。
何故だかそれではいけないと思い舌で残像を舐め上げそのまま性器を握る。
一瞬ひくついた男の内腿。晋助の呼吸だけが響く。

「・・・せ」

性器を舐め口に含んだその時だ。
髪を弄っていた晋助の指先が動きを止める。

「違うだろうが」
「何?」
「これじゃねぇ、こうじゃねぇ!!手前は何を、」

見えない方の目に手をあて叫ぶ晋助は膝を曲げ を払う。
後悔だ。後悔をしている。
いつまでたっても先は見えず後悔だけの繰り返しだ。
春画がどうした、女がどうした。そんなものではない、 は。

「晋助」
「言うな」
「晋助!!」

彼女がごめんなさいと小さく呟いた瞬間布団に叩き付けた。
両手で耳を塞いだ は目を閉じながら泣いている。
股の間に手を滑らせ無造作に指を突っ込めば の体が強張った。

「力抜け」
「痛、」
「抜かねぇと痛いままだぜ」

まるで濡れていない性器にそのまま突っ込めば が仰け反り身を捩る。
逃がさないよう更に力を込め押さえ込めば濃い皺が眉間に刻まれた。







が斬り捨てられる間際だった。晋助が片目を失ったのは。
その直後皆が集まり一命は取り留めたものの
彼は片目を失ったまま生きざるを得なくなる。
愛していると一言も告げなかった男の示した唯一、
そうして最上の愛情表現だろう。
目を閉じたままゆっくりと呼吸を繰り返す はぐったりと身を任す。
奥歯を噛み締め声を殺す事を覚えたのも丁度あの頃だ。
皆に気づかれぬよう情事を営む為に。

「・・・」

乳房に口付け乳首を噛めば がああ、と鳴く。
片目と共にこの女を手に入れた。
灯篭の前世の罪を背負いけり。

無駄に長いのは戦いの証だと思って欲しいわけで。
彼を『晋助』と呼ぶのは珍しいんですけどね。
高杉の目の話は完全なる虚構なんですけど。