下卑た紅の色ばかりを目で追っていれば

馬鹿にしたような笑い声が聞こえムゲンは視線を上げる。
胸元も露な目前の女は肩膝を立てキセルを吸っている。
乱れた髪は直前まで行っていた情事を色濃く残しているのだし、
だからムゲンは未だ寝転んでいるのだ。軽い倦怠感と戦っている。


女の背には見慣れない彫り物があった。
見慣れなくはあったが綺麗だとは思えた。
後光を纏った優しい女の顔だ。目を閉じた。


「あたしと寝たとなっちゃあ、お前も面倒な事になるよ」
「あ?」
「隠密に追われてるんだろう、お前たち」


女はムゲン達が滞在している安宿の裏に住んでいた。
宿屋の主人達は彼女の事を口に出さず、
それでも夜中になれば足げに通っている事を知っている。
主人達だけではない、どうやらこの小さな集落の誰もが通っているらしい。
真夜中に目覚めたムゲンだけが知っている、
と思いきやジンも知っていたようだ。あの男も真夜中に目覚める性質か。


「その背中の、何だよ」
「聖母マリア」
「誰だよ、そりゃあ」
「お前の知らない女さ」


それはお前も。
そう言いかけやめる。


「どの道神様なんて信じやしない類だろう、お前は」
「・・・」
「だったら、余計に知らなくてもいい話さ」


ジリ、と炎が揺れる。
今日は誰もここへ来ない。それは不自然な事なのだろう。
病的な色の白さは日の光にあたらないからか。
その辺りを聞いてみたくもあったが踏み込む勇気もなかっただけの話だ。
戻れなくなりそうで、なんてのは妄想だ。闇に侵された小心の。


「明日にでも、こんな場所、離れるんだよ」
「・・・」
「いい事なんて一つもないさ」


ゆっくりと身を起せば又炎が翳った。
それがムゲン自身の影のせいなのか彼女の眼差しのせいなのかは分からなかった。











「あの集落は隠れキリシタンの住処だ」


翌朝早くに戻って来たムゲンは待ち構えていたジンとフウにより強制連行される。
まあ、フウは何故足早にここを去らなければならないのかを分かっておらず、
実質理由を知っていたのはジンだけになる。
山道を抜けながらジンが言った事といえば
あの女はあの集落の長的存在であり、名をという。
それだけにも係わらずだ。
蝶を見つけ駆け足で追いかけるフウを見ながら口を開く。


「・・・見慣れない女の刺青?」
「光に包まれてんだよ」
「・・・聖母マリア」
「!」
「彼らの、母だ」


我々よそ者は邪魔だったろうな。
ポツリと呟かれたジンの言葉、そしての背。両方が翳る。


「お前、まさか寝たのか?あの女と」
「・・・」
「何れ身を滅ぼすぞ」


そんなに悪い女だったのだろうか。ムゲンは思う。
あの時は只の女だったはずだ。ムゲンとの夜伽の間は。
他の女と何も変わらない、背の刺青以外は。


「・・・別に、変わったトコはなかったぜ」
「そんな事を聞いているわけではないだろう」
「あいつも、他の女も」


何も変わりゃしねぇよ。
どうやらフウは蝶に逃げられたようだ。蝶が向かった先を見ている。


「ねぇ、ジン、ムゲン!」
「何だよ、うるせぇな」


赤い景色が果てなく続く先を指差す。
急く足を止めんと咲くや彼岸花

だから、主人公出て来る箇所が少なすぎ