恥知らずな獣



  夏油が私を誘っている事に気づいていた。ふとした時に必ず目が合うし、別に彼はそれを逸らす事無くニコリと微笑む。最初の数回は偶然かと思っていた。それでもやはり視線を感じる。途中幾度か、何?と聞いてみたのだけれど、何もないよ、と笑うだけで話にならない。だったらいいや、とそのままにして置いた。


最初のきっかけは皆で出かけた花火大会だ。ここら一帯で最も人の集まる大きな川沿いの花火大会で、とりあえず高専メンバーで出かけた。皆、浴衣で統一してまさに青春真っ盛りといういで立ちだ。


そんな中、慣れない下駄の鼻緒が切れるだなんてベタなトラブルに見舞われ集団から取り残された。



「ん」
「…」
「ほら、



私の手に掴まりなさいと言う夏油を見上げ、つい出たのは「何かした?」という疑いの言葉で、流石に意表を突かれた夏油は一瞬驚きすぐに笑った。酷いな、そこまで信用なしかい。夏油の手を掴み、片足でひょこひょこと動き出す。



「先に行くとかあいつら薄情過ぎない?」
「この人だ、中々立ち止まれはしないさ」
「夏油は?」



中々切り出さないこの男が悪い。けんけんで歩く片足も疲れた。



「どうして待っててくれたの」
「…」



こちらから踏み込めばどうなるか単純に知りたくもあった。引くか、乗るか。乗るか、反るか。下を向いたまま夏油の返答を待つ。



「仕掛けてきたのは君だぞ」
「別にどっちでも良くない?」



繋がれた手から熱が伝播し今にも動悸が聞こえてきそうだ。そう思った矢先パッと離され身体が夏油側に倒れ込む。そのまま男はこちらの腰に腕を回しひょいと抱え上げた。ああ、こういう感じになるのか、とやけに冷静だった気がする。


元々性格が良くないもので、こうして相手を試す癖がある。別にどうでもいい。只、目的を一つとした場合、どんな手を使うのかを知りたいだけだ。


それに何の意味があるのかと聞かれても特に意味などない。そいつがどう男を出すのか、その瞬間を知りたい。この性格がトラブルを招く事は重々承知だし、これまでも幾度となく喰らってきた。その都度、適当にあしらい今だ。


正直な所、夏油のような男がどう転ぶのかに頗る興味があった。この、普段澄ました余裕のある男がいざとなった時にどうなるのか。蓋を開ければ大概が同じなのだけれど、それでも興味の方が勝ったわけだ。


夏油はそのまま人込みを強引に横切り細い路地に入った。どんどんと奥に進み突き当りを曲がる。すっかり人の目の届かなくなったビルとビルの隙間で壁に押し付けられ貪るような口付けを受けた。こちらの呼吸を奪うような捕食みたいな口付けに驚き半分、期待半分といったところだ。グロスがよれるどころの話じゃないなと思いながら夏油の唾液を飲み下す。


はあはあと荒い呼吸の中、夏油はこちらの両手首を握り壁に押し付けているもので身動きがまったく取れない。今日は浴衣を着ているし、ここから先どうするのだろうと様子を伺う。



「足」
「何?」
「足、開いて」



夏油が耳側で囁く。



「このまま挿れるの?」
「ダメ?」
「いいけど」



そう言い終わる前に又、唇が塞がれた。うう、と呻きながら舌を受け入れ又、嫌と言う程夏油の唾液を飲み酸欠状態でぼんやりとしたまま両腕がようやく解放された。暫くの間上げていた腕は流石に少しだけ痺れていて、されるがままぶら下がる。


夏油はゴムを持って来ていた。まあ、こちらも持ち合わせてはいるのだけれど、その用意周到さから見るにやはり彼は最初からその気だったのではないのだろうか。まあ、今更だ。


夏油は軽い口付けを交わしながら片手で器用にゴムをつけ、の片足を持ち上げグッと挿入した。そうしてそのまま壁との間にを挟みそのまま持ち上げた。想定していない動きに驚く。



「え、マジ?」
「マジ」
「あ」



夏油の手のひらが丁度お尻の下にあって、ひょいと持ち上げられた身体は酷く不安定になり、思わず彼の首に腕を回す。どうやら腰の高さを調整するに辺り、最も効率的な体位を選んだようだ。やはり身体がデカいと力技に持ち込める。


体面立位―――――所謂駅弁を試みたのはの経験上夏油が初めてだ。自身の体重もかかり一気に奥まで性器が届く。


そもそも挿入された段階で気づいていたのだが、夏油の男性器は大きい。ここが外だという事も忘れ喘いでしまいそうになり夏油の首筋に噛みついた。



「ダメだって…!」
「何が?」
「これ、ちょ」



夏油はこちらの身体を易々と持ち上げ好きに動かす。子宮口付近をガンガンと打ち付けられ声が殺せない。ヤバい。これは、マズい。


途中からはもう夏油に縋りつく他なく、こちらは既に数回イっていて、夏油の射精待ちのような状態になった。だが、イかない。知らぬ間に花火の打ち上げは始まっていて、地面に転がったバックの中で携帯が震えていた。


今思えばこれにすっかりハマってしまったのだ。夏油とのセックスは最高。このバカな身体にはすっかりそう刻まれた。底なしの体力だと言わんばかりのセックスのせいでこちらは足腰が立たなくなり、ボロボロになった着付けをどうにかそれなりに整えた状態で夏油におんぶされ人込みに戻る。


つい先刻の獣の様な姿はすっかり成りを潜め、明らかに怪しむ五条に対しサラリと嘘を吐く夏油を見ながら、これなら都合のいい関係が築けるのではないか、とそう思った。そうしてこちらの思惑通り、夏油はこの誘いに乗った。



「私、彼氏いるからね」
「知ってるよ、大学生だろ」
「言ったっけ?」
「その前は社会人だった」
「そうだっけ?」



この段階ではまだ、私に分があると考えていた。今付き合っている男は割と悪くなく、こちらは別れる気がない。セックスの相性は余りいいとは言えない、というか、夏油のセックスと比べるに値しない。それだけははっきりと言える。


最初に明言した分、夏油との関係は楽だった。彼は余計な事を言って来ないし妙な真似もしない。高専内ではこれまでと変わらない態度で接するし、いや、待てよ。視線を感じる事はなくなったかも知れない。


誘いはからが4、夏油からが6くらいの割合で、毎回どこぞにしけこんでのセックスだ。高専内のトイレや使われていない教室。任務で出かける時にはホテルに泊まった。


夏油の凄い所は、愛撫も上手いところだ。的確にGスポットを捉えるし、こちらが散々とイくまで責める。手を抜くところがない。そうして挿入したらあの持久力。撫でて触るような彼氏とのセックスが苦痛に感じられるようになるまで、そう時間はかからなかった。








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最近彼氏とはどう?とセックス中に耳側で囁かれ、最中に醒めるじゃない、と返した。


どうもこうも良くはない。あの男とのセックスが余りにも退屈に思え最近は嫌悪に変わりつつある。当然相手にもそれは伝わり、浮気しているのではないか(まあ、それは事実なのだが)だとか俺の事を嫌いになったの、だとか詰まらない喧嘩が増えた。


こちらは別に嫌いになっただとか、そういうわけではなくてセックスが嫌なだけだ。それ以外の部分においては何ら問題がないので別れるまでには至らないのだけれど、それが夏油に知られるわけにいかない。


夏油はセックスが上手い。そうして身体の相性もいいはずだ。だけれどこのまま万が一こちらが男と別れた場合、その理由が夏油とのセックスだと知られてはならないのだ。


数回寝ただけでこちらの性感帯を全て把握するような男だ。そうなる事は想定済みのような気がする。だからあんな風に余裕のある態度だったのか―――――



「別に、普通」
「普通って」
「あ、だから」
「よく分からないな」



夏油との体格差は相当で、挙句この男は力も強い。幾度目かのセックスの最中に気づいたのだが、夏油はこちらの身体を好きに出来る。最初は屋外で力任せに、二度目は屋内で優しく丁寧に。


回を重ねる事に逆らえない程の的確な感覚を与える。こちらはまるで主導権を取れず、夏油の思い通りに射精にまで至るような、そんな妙な感覚だ。両腕を上げまるで降参したような姿で夏油を受け入れる。こちらに向かい覆い被さって来る夏油の姿は大きく押し潰されそうだ。



「気になるの?」
「気になるよ」



はあ、と熱い吐息を吐き出しながら夏油が侵入して来る。迎える圧迫感にこちらも目を瞑った。



「意地悪だね、は」
「何言って、」
「だったら、私もお返しをしないと」
「あ」



身体を起こした夏油がの両足を掴み大きく広げた。左肩に右足を乗せ身を乗り出す。この体勢はマズいと思いこちらも身体を起こそうと肘をつくがそれよりも先に夏油が腰を打ち付けた。


ああ、と声が漏れ夏油に伸ばした腕は儚くも空を掴む。又これだ。又、こうしてこの身体は好きに弄ばれる。合意の上で、何ならこちらから誘って行っているはずなのに、途中から好きなように揺さぶられ自由が利かなくなる。


暴力的に叩き込まれる快感から逃れようと身を捩るが夏油の右手が肩を押さえ付けそれを許さない。自分でも分かる程膣内が締まり幾度も達するが夏油は動きを止めない。呼吸さえ許さない。


夏油が唇を舐め、ヌルリとした感触と共に舌が入って来る。薄っすらと開いた眼差しの中、夏油がじっとこちらを見ていた。









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あの後、泥の様に眠ってしまい気づけば夏油の腕の中で朝を迎えていた。泊まる予定ではそもそもなかった為、最悪だなと思い携帯に手を伸ばす。


ここ最近関係の悪化している彼氏からの鬼電とメールを目の当たりにし溜息を吐いた。修羅場になるのも馬鹿馬鹿しいし、今回はこちらのミスだったとしてもこれは潮時というヤツだ。寮に戻ったらお別れメールを送ろう。そう思い携帯を閉じる。



「あらら」
「!」
「彼氏、随分怒ってるね」
「勝手に見ないでよ」
「おはよ、



目が覚めた時から夏油に抱き締められている事に気づいていたが、寝息が首元から聞こえていた為にまだ寝ていると思っていた。というか、どうにか腕を外そうとしたのだがピクリとも動かなかった。だから腕を伸ばし携帯を取り確認を行ったのだけれど、その一部始終をこの男見ていたらしい。



「泊まるつもりはなかったんだけど、君が寝ちゃってさ」
「あんた」
「気を失う程よかったって事かな」



マズい、と思った。これはとてもよくない状況だ。別に夏油の事は嫌いでない。ここまでセックスをしているのだ、当然好きではある。だけれど、この状況は良くない。


私は元々、誰かに主導権を握られる事に慣れていない。夏油の事はある程度把握していたはずだが、こんなつもりではなかった。周りから固めていくようなやり方は、成程この男の好みそうなやり口ではある。こちらも潮時だ。夏油ともこれで終わりにしよう。


その日はまるで恋人のようにベタベタと振る舞ってくる夏油と他愛もない会話をしながら別々にホテルを出て高専へ戻る。その日以来、が夏油を誘う事はなくなった。夏油からの誘いもそれとなく断る。


二度断られてすぐに夏油は気づいたようで、それでもすぐに分かったよ、と言った。彼氏の方が別れるのには手間取った位だ。まあ、そちらの方は着拒とメールの受信拒否をしておけば問題ない。


全てをリセットし最初からやり直す。ハナから行く気のない硝子を誘い合コンに繰り出したり(硝子は合コンに興味はないのだけれど、合コンでのはウケるので好きらしい、合コンの翌日に絶対昨日の、というハイライトを語ってくれる)偶々連絡を寄越して来た元カレと会ったり、普段と変わらない日常を送る。


夏油の視線を感じる事もなくなり、これで全ては元通りなのだと思っていた。









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真夜中に目が覚めモヤモヤして部屋を出た。ここ最近ずっとそうだ。こんな悩み誰にも言えず、とりあえず頭を冷やそうとシャワー室へ向かった。


流石に皆寝静まっていて寮内はとても静かで、ここ最近の己が放蕩を思い返しながら原因を探る。いや、理由には察しがついているのだけれど、それを認める事が出来ない。


夏油とのセックスが忘れられない。それはこの頭が、ではなく身体がだ。身体が一度覚えた夏油の味を忘れてくれず困っている。


あれ以来、他の男とヤっても何だか砂を噛んでいるようでまるで味気なく中イキも出来なくなった。それ所以の欲求不満だ。最近では夢にまで見る。最悪だな、と我ながら思っている。セフレであれば良かったのだ。


シャワー室に入り、あえて照明を付けず服を脱いだ。暗闇の中で一人頭を冷やそう。確かに夏油のものは相当大きかったし上手かった。だからって夏油だけではないはずだ。というか、あの男も妙な気を起こさなければよかったのに。


身体だけが目当ての様で嫌になるが本音だ。もっとこちらに好意がなくセフレを探しているような男を捜して―――――



「!」



頭上から降り注ぐシャワーに掻き消され足音に気づかなかった。大きな掌がまず口元を覆い背後から抱き締められる。反射的に身を屈めたがそのまま壁に身体ごと押し付けられた。この感触、顔を見なくても分かる。夏油。



「…!!」
「じっとして」
「!」



壁に押し付けられたまま身体を持ち上げられ背後から強引に挿入される。壁と夏油に挟まれた身体は一切の自由を奪われ頭上から降り注ぐシャワーのお湯が不規則に散らばった。


すっかりと欲求不満の身体は夏油を容易く受け入れ、これまでどうやっても収める事の出来なかった疼きを的確に諫める。気持ちがいい、気持ちがいい、気持ちがいい。


夏油に抑えられている口にはいつしか指先が二本、三本と入れられていて、指先はの口内を弄り舌先を嬲った。



「気持ちいいだろ」
「!!」
「欲求不満だったかい」



私がいなくて。こちらの反応は夏油にばれている。



「げ、と」
「いけないよ」
「う」



喋ってはいけない、と笑い被せる様に口付ける。駄目だ。思う。駄目だ、これは。薄っすらと開いたこちらの眼に夏油の視線がぶつかった。この男はこうして私を見ている。又荒い波が押し寄せ堪らず目を瞑った。



「ぁ、もぅ」
「なぁ、



名を呼ばれもう一度、薄っすらと目を開ける。夏油はやはりこちらをじっと見つめていて、私じゃないと満足出来ないんだろう、と笑うのだ。