したたかってなんだったかな


  だって傑は私の一番の理解者だからね。この呪詛に自身が縛られている事に気づいていた。


は賢しく狡い女だ。自身に好意を持つ雄を侍らせ都合のいい言葉で縛り付ける。こんなに人数の少ない高専内で、より一層人数の少なくなる同期の女だ。初対面時から彼女は包み隠さずそういう有様で流石の悟も驚いていた。あの悟がだ。あいつが驚くなんてよっぽどだ。

入学して三ヵ月ほど経ってもは相変わらずそんな状態で、校内外厭わずの被害者(とは外野だけが使っている呼び方で、当人達にとってはコイビトとかになるんだろう)の数はどんどんと増えていった。あいつマジで女王蜂みたいだな、と言ったのは確か悟で、その時は夏油もそうだな、なんて他人事のように笑っていたはずだ。


のやり口は知っていて、の性質も理解していた。彼女は確かに嫌な女でない。性格も明るくカラッとしていて面白い話が出来る。こちらが欲しい時に欲しい言葉をくれる。お高く留まらず馴れ馴れしいくらいの距離感でばっさりと切り捨てる。最初の頃はああ、のこういう所に被害者達は騙されているんだろうな、なんて悟と言い合っていたというのに、それなのに今こうして彼女の術中にハマっている。自分だけは違うと思っていた節もある。まさか賢明な自分があんな女の術にハマる道理がない。自分だけは大丈夫なのだと過信していた。


だから側に非はない。彼女は実のところ何もしていないし、夏油に対し何かを求めた事もないからだ。只、酷く無邪気に『友達』だから『理解者』だから、という言葉をぶつけてくるだけなのだ。


と悟はどうにも根っこの似た同士のようで何かと気が合う。恐らく思考回路がおんなじで、物事の判断基準も似た方向に捻じれている。二人もどうやら互いをの周りに群がる男達や悟の周りに群がる女達とは違う存在と認識しているようで、本人達曰く『自分を見てるようで気持ちが悪い』と言っていた。


だから、にすっかりやられてしまった夏油を見て「マジかよ」と嘆いたのは悟だ。あれだけ言ってたのに何でなんだよ傑。マジで意味分かんないんだけど。しかも見た目に一目惚れとかじゃなくて数か月経って内面まで知って好きになるってどういう事!?混乱した悟の目はこちらに山ほどの質問をぶつけてきたが、彼は只「何で?」とそれだけを口にした。



「何であいつなの?てか何であいつに惚れちゃったわけ?」
「痘痕も靨って言うだろ」
「あいつ痘痕じゃなくね」
「確かに」
「ぶっ殺されるよお前、痘痕とか言ったら」



それでもいい、と言って机に突っ伏す。いやいや、それじゃ俺が納得出来ねー。



「だってあいつ俺じゃん」
「違う、とは言い切れない」
「ロクな目に遭わねーよ」



別にお前がいいってんならいいけど泣きつくなよな、と悟は言った。彼の言葉は実に的を得ている。恋に堕ちたと気づいて一週間以内に五度告白しその全てがの見事な手腕で『ない』事になった。まったく意味が分からない。これがあいつの術式かと思ったくらいだ(当然違いました)マジで謎過ぎる。


告白されてもの態度は変わらず、付き合い方も一切変わらない。告白した事が嘘だったように思えるし、告白ってレス待ちするにも何かしら言葉を頂戴するんじゃなかったっけ?例えば『ちょっと考えさせてください…』だとか『最初はお友達からで』だとかそういう都合のいい言葉あるだろ。相手を傷つけないような遠回しにお断りしてるようなそういう狡い言葉。はそんな言葉さえ使わない。こちらが「好きなんだ」と言えば「私もー」だし、「付き合って欲しい」と続ける前に繰り出す「友達だから大好き」ここで話がリセットされる。やっぱりこれってあいつの術式なんじゃないの。


散々愚痴れば、だってお前もそんなだろ、と悟は言う。お前だって大して興味のない女から告られた時とかそうじゃね?そう言われ確かにそうだなと思いながらもショックだろ。ああ、私って今物凄く都合のいい男として利用されてるな、と思う。だから言っただろ、と悟は呆れた顔を見せる。


は明確にそう言う男とそれ以外を分けているようで、彼女曰くこちらは『そのどちらでもない男』だそうだ。死ぬほど都合いいじゃんお前大丈夫!?と悟は腹を抱えて笑っていた。そりゃそうだ。私だって悟が同じような事を言って来たら捧腹絶倒間違いない。


だから、どこぞの男と喧嘩して泣いたり、ちょっと落ちてんだよね、と甘えて来るは心底ダメな女で、そんなのは絶対に友達なんかじゃないのだけれど無碍に出来ない。心を奪われているもので手放せない。惚れた方が負けってのは本当只の事実。今負けるのは私。連敗中。


だって口先だけで友達だとか耳障りのいい言葉を吐いているだけだ。私はの友達じゃない。は私の友達なんかじゃない。というかもう今更後戻りは出来ない。友達の枠を一度はみ出したら最後、二度と元には戻れない。


ああ、そうだよ。先にはみ出したのは私だ。きっとお前はそんなつもり、なかったんだろ。そもそも呪術師の癖に呪詛を吐くってどういう事だよ。よかったよ、お前が呪言師じゃなくてさ。私なんか序盤でお払い箱だったろ。


放課後の教室内、外は確か雨で、悟や硝子はそこにはいなくて、じゃあね、と帰ろうとしたの腕を掴み立ち上がった。彼女が何、と口にし顔を上げる数秒を惜しみ抱き締める。性急すぎて足にあたった椅子が倒れた。


何、どうしたの。この期に及んで誤魔化そうとするの白々しい言葉。上手な後悔の仕方なんか知らないし、こんなダサい真似、悟に知れたら事だ。



「友達なんだろ」



私は言う。



「お前の言う友達って何」



こうやってキスする関係なんだと、は言うのだろうか。