君の生きる癖





 じゃあ僕と付き合っちゃう?なんて軽い誘いに、腕を組んだままこちらを見つめたは笑いながらいいよ、と返した。


いや、別にそんなつもりじゃなかったんだけど。いや、それは又ちょっと語弊があるんだけれど。五条の言う挨拶代わりの軽口を真に受けたわけでもないらしい。


ここは呪術界が開催する懇談会場、各地から高専に所属している呪術師やフリーの呪術師が集い情報交換をする場だ。五条程有名になると逆に誰も寄って来ず(五条本人に別の原因があるのかも知れないが)会場内をうろうろと彷徨う。


歌姫からも追い返され詰まらないなとぼやいていれば壁際に一人で立つ女に目が留まった。見慣れない顔、というか恐らく初対面だ。術式で判断し声をかける。


スマホ触っていた彼女は五条の声に顔を上げ、五条悟だ、と笑った。はいはいそうです、僕が五条悟です、と笑いながら隣に立つ。


彼女はと言って、フリーの呪術師らしい。見た感じ一級くらいの実力はありそうで、この数年はずっとアメリカにいたと言っていた。どうやらアメリカ政府関係の仕事をしているらしい。成程、高専所属の術師には携われない仕事だ。


契約の期間がそろそろ切れるという事で久々に帰国し、たまたまタイミングの会ったこの会合に顔を出した。だから知り合いもいなくて退屈してたのよとは笑った。


だから彼女は五条に対し然程警戒をしていなかった。海外での仕事が多いからかも知れない。会話は弾みいつもの軽口が飛び出した。「じゃあ僕と付き合っちゃう?」その瞬間、つい、と視線を上げたは「いいよ」と答えた。これもここ最近はそうない展開だ。


五条は少しでも気に入った相手にそう言うし、九割がたが流される。ここで「いいよ」と返す相手はそれこそ五条にガチ恋勢になるが、五条もそういった相手には軽口を叩かない。


「スマホ出して」
「ああ」
「何かあったら連絡して」



まだ暫く日本にいるとは思うから、とLINEを交換しながらは言った。「僕と付き合っちゃう?」「いいよ」これってどういう意味の「いいよ」だったの?僅かに浮かんだ疑問は消化される事なく別れた。


それから一週間後に何となくLINEをした。夕食でもどうかな。はすぐに返事を返して来た。やっぱりこれって脈ありって事なのかな。ていうか付き合ってるのかな。そもそも付き合うって何だっけ?流れる様に口にしている言葉だというのに、その本来の意味が分からなくなっている。


とりあえずが今いる場所を聞き、その近くにある馴染の店に予約を取った。が好きなものはまったく分からないので無難にフレンチにした。


他愛もない会話を紡ぎ相手の出方を伺うもやはり読めない。この女は心が読めない。当たり障りのない会話を繰り出す五条を見たは、どうしたのよ。そう言った。五条悟とは思えない有様だけどどうしたの。



「あーのさ」
「何」
「僕たち、付き合って…る?」



最初のデートで繰り出す会話としては史上最低の言葉を吐き出した。は一瞬五条を見つめバカね、と言った。あ、だよね。僕ってバカだからさ。いや、で、どうなの?



「そんなんじゃないでしょ」
「そ、そうなの?」
「好きです付き合って下さいって歳でもないじゃない」
「そう?」
「私の事、好きじゃないでしょ」



だから楽しむだけの関係を選ぶ。生活に費やす時間が余りにも少ないからだ。仕事に割く時間が八割。残りの二割で愛情を育む事は困難で、フリーになってすぐにその選択肢は捨てた。あんたもその手合じゃなかったの?



「じゃあも僕の事、好きじゃないの?」
「何それ、不満なんだ」
「それはちょっと。不満かも」
「強欲ね、好きになって欲しいなんて」
「当然の欲求じゃない?」
「怖、愛され慣れてる」



最初の回りくどいやり取りはどこへやら、急にエンジンのかかった五条はあれやこれやと饒舌に話し出す。愛されていないという事実が認められないらしい。成程、噂通りに傲慢な男だ。



「愛してない癖に愛されてないのは嫌なのね」
「僕はね」



五条がこちらを見据えた。ああ、そう。そういう顔するの。



「じゃあさ」



僕はこれからキミとキスするし、当然そのままセックスだってするよ。そしたら当然キミは僕の事を好きになると思うんだけど、その時にもう一度同じ質問していいかな。


店の中だというのに余りに明け透けな男だ。赤身の肉を口に運びながらさも当然のようにそう言い退ける男を見ている。



「それって今日なの?」
「今度でもいいけど、逃げないでよ」
「えぇ?私が?」
「僕を好きになるのが怖くなってさ」



だって絶対好きになるからねと五条は言う。冗談でもなく真顔で言うところを見れば本気でそう思っているのだろう。噂よりも数段変な男ねとが言う。ほらもうそれ、僕の事好きになってきてる証拠だから。五条が嬉しそうに笑った。