世界のすべてから守ってあげたいけれど、





   高専に臥煙伊豆湖が顔を出す頻度はそう多くない。大体年に一度、多くて二度だ。

 臥煙は『臥煙ネットワーク』の総元締めとして高専へ訪れる。彼女たちは決して呪術師と名乗っているわけではないのだけれど、高専とは別の角度から怪異へアプローチをしている同じ穴の狢で別の組織だと明言する。故にこうして気まぐれに高専へ顔を出し『怪異』の情報を共有しているらしい。呪術師とは違う側面からのアプローチをするまったくの別団体として高専側からは重宝されている。

 彼女たちは観測し傍観する。調和を乱さない。あるべきものとして呪いを享受する。各々にそれと向き合い対処する。高専のように規律の有る組織ではない為、互いに深入りしないような間柄だ。だけれど彼女は『何でも知っている』為、お茶請け代わりに幾つかの有益な情報を置いて行く。彼女の相手をするのは基本的に学長だ。



「やぁやぁ、悟くん!相も変わらず目を見張るような美形だねぇ!」
「うーわ、最悪!」
「相変わらずお元気そうで嬉しいよ!」
「縁起悪ぃ~」
「六眼の調子はどうだい?見せてくれよ、そのガラス玉のように美しい目玉を」
「きしょいって!」



 『何でも知っている』臥煙は五条と仲が悪い。仲が悪いというより、五条側が一方的に毛嫌いしている。最強vs最強の相性は決していいとは言えないのだ。



「相も変わらず最強の君は駄々を捏ねる子供のようだね」  



そこが魅力なのかも知れないのだけれど。



「何しに来たんだよ、何でも知ってるあんたが」
「毎度ながら、ちょっとした野暮用さ」



 臥煙は少し離れたところから話しかけてきたので、会話序でに近づいてきているところだ。廊下の反対側から現れたので避けるわけにもいかない。五条の背後に隠れていた乙骨が「あれ、誰?」そう聞けば、五条は酷く嫌そうに「何でも知ってるおねーさん」そう返した。



「何でも?」
「そー」



 目と鼻の先まで近づいて来た臥煙は五条の背後に隠れている乙骨を目敏く見つけたようだ。ぐい、と身を乗り出し乙骨を見る。



「へぇ、君が乙骨くんだね?」
「え、なんで」
「うーん、こいつはゾッとしないねぇ」



 ググ、と気配の濃くなった里香を見上げ、やぁ、と手を振る。丸い二つの眼は確かに里香を真正面から捉えていた。数秒そのままで彼女は徐にお暇するよ、と笑い帰って行った。



「な、何なんですかあの人」
「何でも知ってるおねーさんだって」
「全然説明になってないんですけど」
「他に言い様ねーもん」
「先生、嫌いでしょあの人の事」
「嫌いだねー」
「なんで」
「だって『何でも知ってる』って顔してんだぜ、ムカつくじゃん」
「同族嫌悪でしょ」
「!」



 そういうの同族嫌悪って言うのよ、と背後から声をかけられた。聞きたかった声がようやく聞こえ内心死ぬほどテンションが上がっているのだけれど、流石に可愛い生徒の前で尻尾を振るわけにもいかない。

 声の主―――――は高専所属の一級呪術師だ。五条と違い教職には就かず主に全国を飛び回り呪霊相手の仕事をしている。

 あえて説明するまでもないのだけれど、そんなを無性に気に入っている五条は、こうして任務後報告に立ち寄るを捕まえあれやこれやとちょっかいを出すのだが、その気持ちがイマイチ伝わっていないわけで、話しかければかける程、何故だか彼女はつっけんどんな態度になるし大体怒る。

 まあ別にそんな彼女が丸ごと好きなのでこちらとしては何一つ問題はないのだけれど、とりあえず毎度、よしまだ男いなさそう!というところで手打ちにしている。改めて考えれば随分な真似をしているな、と軽く凹むがまあそう焦る事もないだろうと悠長に構えていた。

 当のは終わりのない激務続きの為、端的に言えばそんな暇がない。オフがそもそもない。毎度毎度死にそうな目に遭いながらどうにか高専に報告が出来ている有様で、最近はもう私って本当に一級の資格があるんだろうかと思い悩んでいる。硝子にも「あんた最近ケガし過ぎ」と言われる始末。

 だよねえ、マズいよねえ。何か最近わたし弱くなってない?そう思い悩んでいるのに顔を合わせれば仕事のダメ出しからそもそもの能力値だったり戦い方の杜撰さを容赦なく指摘してくる五条が正直鬱陶しい。

 そりゃあんたは最強だろうけど、こっちは普通を振りかざしてどうにか生きてんの。

 恐らく軽いスランプ状態に陥っていたのだと思う。

 そんな中、とある任務で忍野メメと出会った。所謂『臥煙ネットワーク』との共同任務という事で誰が来るのかと思っていれば飄々とした彼の登場だ。

 噂には聞いていたがアロハシャツに下駄といった凡そ真っ当な大人とは思えないようないでだちの男で第一印象は最悪。だけれど最初の印象が悪ければ悪い程、加算方式で印象がよくなる事もある。五条と真逆の展開だ。

 忍野は特にダメ出しをしてくる事もなく、一定の距離を保ちに助言を与えた。

 その考え方は間違ってはいないけれど、こういう見方もあるんじゃないかな。そこはこうした方が楽に事が進むぜ。  的確な助言と押しつけがましくない態度に、警戒心は容易に溶解し、序でにスランプも脱却した。

 いたく感動したが何かお礼でも、と言えば彼は「高専に行きたいな」と言った。そんな事で良ければ、と忍野の要望を快く了承し連れて来て今だ。事前に学長へ連絡を取ったところ、臥煙の後輩という事ですんなり許可が下りた。

 やはり皆、五条悟という男に興味を抱く。偶々遠くに五条を捉え(この男はどこにいてもすぐ目につく)近づいて上記の軽口だ。振り返った五条は普段通り笑顔だったのだけれど、の隣に立つ忍野メメを見てあからさまにこいつ誰だよ、という顔になった。



「初めまして、いやーあの有名な五条悟氏に会えるとはついてるなぁ」
「どーも、てか誰」
「ああ、失礼。私は忍野、と言います。臥煙さんの後輩です」
「ああ、あっち側の人ね」



 傍観者。



「ちょっと、悟あんたもう少し愛想良くしないさいよ」
「は?」
「すいません忍野さん、こいつこういうやつなんです」
「はぁ?」
「こんなのほっといて行きましょう」



 別に今更驚く事もないのだけれど、相も変わらず不遜な態度の五条を押しのけ先に進む。忍野も会釈をしそれに続いた。その様子を見て察した乙骨が自然とフェードアウトする。だってそろそろ五条先生爆発するでしょ。



「は、はあああああああああ!?!?!?」
「おーあれが忍野か」
「硝子!」
、ああいうタイプに弱いよな」
「!?!?!?」



 あ、あんな胡散臭い男に!?!?!?



「今、一緒に組んでるんだろ?頼り甲斐のある年上の男。あいつ弱そうじゃないか」
「アロハ着てんだぜアイツ!?」
「軽薄だよな」
「僕も負けてないんだけど!?」
「だからだろ」



 五条は気づいていないが彼は半月前にどえらいミスを犯している。

 五条がを好きな事は周知の事実であり、当のも流石に気づいているのだが、如何せん五条の素行が悪すぎて二の足を踏んでいる状態が続いていた。あれと付き合って幸せになれる気がしない。それでも多少は絆され心許しかけた時に事件は起きた。

 その日、と五条は珍しく二人きりでバルにいた。五条に誘われ向かったバルで、大体十回に一回OKを貰えればいい食事の誘いにがすぐ応えたものだから五条のテンションは爆上がり。酒も飲んでいないのにやたら饒舌に喋っていた。

 こうして二人で話していれば(相手は好意を持っているという事情を加味しても)楽しく、真正面から顔を見たらやっぱり嘘みたいに美形だし、確かに通りすがる皆が五条を二度見する。この男に好意を持たれているのが嘘みたいだな、と思いながら話をしていれば、急に一人の女が隣に立った。五条に見惚れた類の女かと思い視線を向ける。

 女はこちらを見下ろし「あんたがなの」そう言った。品定めするかのようにジロジロと見てくる。余りに不躾な態度に言葉を失ったに向け、続けざまに「あんた悟の何なの」と来た。唖然として言葉の出ないに舌打ちをし、次は五条に向け「この女なに」そう続け、「私って悟の何なの!?」三段跳びでヒートアップする。

 急に降って沸いた修羅場に頭がついて行かない。

 え、ちょっと。これ何?

 思わず五条に視線を向ける。彼は真横で喚き散らしている女には視線一つ向けずを見て「友達」と言った。まるでこちらの心の声に対するレスポンスだ。

 いや、いやいや。絶対友達じゃないでしょ。絶対それ以上でしょ。

 五条の「友達」発言に彼女は怒り心頭といった様子で、今にも掴みかかりそうな眼差しでこちらを見ている。いやいや。ちょっと待ってよ。私待ってよ。とりあえず心を落ち着ける為にビールを流し込む。



「何でここにいるの?今、僕デート中なんだけど」
「最近全然連絡くれないじゃん!」
「デートの邪魔しにきたってこと?」
「あたしずっと待ってるんだよ!?」
「あのさぁ」



 目の前にいる五条はまるで知らない男のようで大分引いた。そう。引いたのだ。セフレに対する態度としては100点なんだろうがその冷たさに引いてしまった。だってセフレの子は泣いてしまったし、こちらは食欲が失せてしまっている。



「何?どーしたの」
「……」
「グラス空じゃん、次何飲む?」



 この店ジントニック美味しいらしいんだよね、まぁ僕は飲まないからわかんないんだけど。でもこのまま飲み続けてお持ち帰りさせてくれないかなって思ってるこれはマジで。などと饒舌に語りだす五条を前にしてマジで全然酔えなくなった。

 正直な話、この日に関係を進めようと考えていたにとってこの一件は大きな心の傷となり、しきりに家へと誘う五条をどうにか振り切りその足で硝子の家へ向かった。硝子には全て話してある。連絡もなしに押しかけマンション下から電話をかけた。



「何あんた、今日きめてくるんじゃなかったっけ?」
「もう無理なんだけど」
「え?」
「なんかもう無理なんだけど!!!」



 マンション下で号泣してしまったを回収した硝子は(恥ずかしいから勘弁してよ)一頻り泣いたを前に今回の一件を『五条セフレ襲撃事件』と命名した。うわあ酷ぇ、と笑う。



「あいつもバカだねぇ、ようやくあんたが歩み寄ったってのに」
「いやもう無理、絶対に無理。住む世界が違いすぎる」
「あんた明日からまた出張でしょ?あいつうるさいだろうなぁ」
「とりあえずLINE既読にもしてないから」



 何で、と硝子が笑う。あんた割と本気で悟の事好きになってたんだね、と言われ更に動揺した。

 まぁ確かにそうだ。五条のあんな場面は別に初めて見たわけでもなく、これまで幾度となく目にしてきた。まぁそれの蓄積の結果が現在なのだけれど、あれにショックを受けると言うことはそうなのだろう。硝子に言われて気づくなんてバカだな。私は恋に落ちた自覚さえなく勝手に失恋したのだ。

 五条からの鬼LINEは朝まで続いた。










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 食事くらい奢らせてくださいよ、と言うの誘いを無碍に断るわけにもいかず高専案内を終わらせた足で彼女馴染の居酒屋に出向いた。

 ここはが高専時代からお世話になっていた店で(その節はお世話になりました)今でも頻繁に利用している優良店だ。忍野を連れたの顔を見た店主は奥の個室を使いな、と店の奥を指さした。

 何でも好きなものを頼んでくださいと言うは自ら進んでジョッキを開け、何だか勝手に酔っ払い饒舌になるもので、おいおい幾らなんでも警戒心がなさすぎるぜと呆気に取られた。

 勝手知ったる店で感謝している相手を前にしているのかも知れないが、仕事上の付き合いしかない付き合いの浅い男と個室で二人きりだ。見た目よりも随分とパーソナルスペースがガバガバというか甘い。心を許すにしたってもう少し相手の様子は伺うべきだ。

 まあ、俺みたいにいい奴が相手だったからよかったようなものの、ねえ?



「……五条悟とキミは付き合ってるのかい?」
「えっ」
「そういう雰囲気、出してたろ」
「違いますよ、違う違う」



 違う、と言いながら何かを言いたげなはグイ、とジョッキを煽り溜息を吐く。五条からのLINEはまだ見ていない。大方言い訳と恫喝と泣き言が入り混じりカオスの様相を呈しているのだろう。

 酔った勢いで『五条セフレ襲撃事件』の相談をした。最初は『五条』の部分を伏せ、何なら友達の話なんだけど、という謎の嘘をかましていたのだが、酔いの回ったぽんこつの頭は容易くかました嘘を忘れ途中から完全に『五条』と『私』の話になっていた。その事に気づかず話し続ける。

 口に出せばどんどんとヒートアップしてしまい、話し終わる頃にはカンパリオレンジを3杯開けていた。頭に血が上ったのだ。



「彼はキミが好きなのさ」
「えぇー?」
「どう考えたってそうだろ」
「だったらどうしてあんな事をするんだろ」



 好きな人がいるのにセフレがいる事が理解出来ないとは言う。俺は俺にこんな相談をする君が理解出来ないんだけど。そう思うが言わない。

 この俺に恋の相談なんて笑っちゃうぜ。酒飲んで、そんな無防備な姿で。



「キミを好きだから切ったんだろ」
「え?」
「そのセフレをさ」



 テーブルに肘をつき明らかに酔った目でこちらを見上げているは無防備を通り越して一切の防御を放棄している。こんなに露骨な獲物はそういない。この後どうしようか、なんて思っていればだ。



「ちょいとお邪魔しますよー!?」



という声と共に個室の扉が勢いよく開けられた。忍野と、合わせてそちらを見る。



「いた!」
「悟!?」



 噂をすれば何とやらで、つい先刻まで話題の中心だった五条が硝子を引き連れ参上した。硝子とは幾度か面識がある。どうやらは硝子に今日の事を話していたようだ。大方、五条が無理矢理にこの場所を聞きだしたという所だろう。五条の後ろでごめんごめんと硝子が手を合わせている。

 正直な所、俄かに色めきだった。あの五条悟がこんなくだらない色恋沙汰で右往左往しているだなんて、こいつは随分面白そうだ。俺の見立てでは五条悟、彼はの事を好きで、そうして彼は彼女が俺なんかと2人きりで酒を飲んでいる事に怒っている。だって個室だしね。



「おまっ、お前ね!!??こんな得体の知れない男と2人きりってそりゃちょっと余りにも無防備すぎるんじゃないの!?!?」
「は!?」



 はよたつきながらも立ち上がり五条相手に言い合いを始めた。これっての?と聞く硝子にそうだよと返す。彼女はが飲んでいる途中のカンパリオレンジに口を付け「薄っす」と舌を出しとりあえずハイボールを頼んだ。じゃあ俺も、とハイボールは二杯。五条は酒を飲まないらしい。「僕はオレンジジュースで!」と言い合いの最中にもはっきりオーダーする。

 得体の知れない男って言われちゃったよ、と隣に座った硝子に言えば「確かに」だなんて相変わらず食えない女だ。



「悟っていつも私がやる事に文句つけてくるけど、何なの!?別に私がどこで何してようがよくない!?!?」
「よくない!!」
「はぁ!?」
「よくないから毎度毎度こうして言ってるんだけどね!?君さ、僕から愛されてる自覚ないの!?」
「ないよ!?!?」
「ないの!?」



 アリーナ席で五条との言い合いを見ている。は随分と酔いが回っているようで(そりゃそうだ、あれだけパカパカとグラスを開けていればそうなる)先程から同じような話を繰り返している。

 いやいや、違うでしょ。キミが聞きたいのはそんな事じゃないはずだぜ。

 隣で硝子が煙草に火をつけた。禁煙したんじゃなかったのかい、そう聞けば「酒の席だけね」と笑う。咥えた煙草に火をつける。



「大体、好きだとか言いながらさ、セフレとか普通にいるじゃん」
「え?」
「そんなの昔から別に知ってるけど、この前みたいに直撃されたら流石に気になるよね?!あの人、泣いてたし」
「ああーあれ?忘れてたわ、あったねそんなの」



 大方の予想通り、五条側は記憶にも残っていない様子だ。そりゃそうだ。恐らく襲撃したセフレとは完全に終わったのだろうし(それも、こちらからわざわざ別れを切り出すわけでも、向こうの言葉を貰うわけでもなく、五条の中で終わるだけという最も辛辣な別れだ)いざ付き合うとなればとりあえず繋がっているセフレ全員とは手を切るつもりなのだろう。それをけじめとするのであれば立派なものじゃないか。

 セフレを持つなという方が関係が生じていない相手に求められる範疇を超えている。はしきりにセフレの件を持ち出しているが、当の五条は何が悪いのか心底分からない様子で狼狽えている。

 そりゃそうだ。そんなの俺だってそうなるよ。



「え?アレで怒ったの?マジ?」
「別に、怒ったわけじゃ」
「ん?て事はも僕の事好きなんじゃない?」
「は?」
「だって、それヤキモチって事でしょ?」



 流石、五条悟。恥ずかしげもなくそう言って退ける。硝子が追加で串を頼んだ。図星をつかれたは一瞬言葉に詰まり、そこでゲームセット。の敗北が確定する。

 だって見て御覧よ彼女、顔真っ赤にしちゃってさ。「彼女、今まで彼に勝った事あるの?」と聞けば「ないね」と硝子は言う。でしょうね。

 黙り込んだを見た五条は、はいはいはいはい、と手を叩きながら勝ち誇る。勝利者インタビューの始まりです。



「なーんだ、やっぱりねーも僕の事好きなんじゃん。もっと素直になりなよ」
「……!」



 100点の煽りに無事切れたが第二ラウンドの口火を切る様を見ながら(因みに五条はが怒る理由がまったく分かっていないようだ、凄いね)「いつもこうなの?」と聞けば硝子は返事さえせず頷く。若いね、とメメが笑った。









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 あの日はそのまま店先で別れた。は最後まで五条と喧嘩をしていたし(あれもう付き合った方がよくない?)メメはメメで次に予定が控えていたので二次会に誘う硝子に断りを入れ(あの状態で二次会に誘う硝子もどうかしているんだけれど)一人歩く。

 臥煙さんからは耳にタコが出来る程スマホを持てと言われているのだけれど、やはりああいうのは性分に合わない。どの道とは三日後に又、同時任務を控えているわけで、彼女の事だからその時に今日の弁明なり何なりするだろう。

 見知らぬ夜の街はどこか他人の様な顔をしていて肌に触れる夜風さえ作り物のようだ。駅前の大通りから住宅街へ入る。都心のベッドタウンと呼ばれる広大な住宅地だ。この時間になると人通りはなく静かなものだ。この一つ一つの箱の中に数人の人間が入っているとは思えない。

 このベッドタウンは幾つもの曰くが付いた問題の土地だった。所謂『祟り』の部類で、バブル時代に土地の価格が高騰した際にまず土地の権利者が5人変死し次に買収に携わったデベロッパーの内3人が変死、10人が行方不明になるという祟りっぷりを発揮。

 高専から派遣された呪術師が土地を清め今のベッドタウンに至るまでにかかった年数は何と驚きの15年。丁度マイホーム需要も高まり大手ハウスメーカーがこぞって分譲地を購入した。

 歳月が経てば皆忘れる。ここで昔何があったかなんて残穢の見えない人間には覚えていられない事象だ。ここ最近、このベッドタウン周辺で凄惨な殺人事件や事故が立て続けに発生している。恐らく、何かがいるのだ。

 そもそも『臥煙ネットワーク』のメンバーは一つの団体ではない。それぞれが何らかのスペシャリストであり、それを纏めているのが臥煙というだけだ。貝木は詐欺師として嘘の怪異を使う。メメはフィールドワークとして怪異を調べて回っている。

 呪術師との決定的な差はそれを『退治しない』事だ。信条としてバランサーや交渉人を自認している。その辺り、当然高専側とは相いれないわけで(こちらも必要とあれば戦闘に及ぶ事もあるのだけれど、それは別の話だ)そういう部分が受け入れられず五条はこちらを「傍観者」と呼ぶのだ。

 住宅地の果ては工事中だった。切り開かれた山の断面が覗き、まだまだ区画を増やすべく整地を行っている最中らしい。その中に入る。



「……おや、忍野さん。よくお会いしますね」
「俺よりも臥煙さんの方が頻度は多いんじゃないかな」
「そうですね」



 そう。ここ数年、『怪異の捕捉』に向かえば必ずそこには夏油傑がいる。呪詛師となった彼とも我々は面識があり、この先回りの原因は彼が呪霊を取り込む為にだという事も分かっている。こちらが望まない限り夏油も争うつもりはないらしい。メメが見ている前でも平気な顔をして呪霊を取り込む。



「夏油くん、キミは何の為にそれを取り込み続けてるんだい?」
「コレクターなんですよ。そちら、私の術式はご存知なんでしょう?」
「コレクター、ねえ……」



 そんな道理はない事くらい分かっている。彼は取り込んだ呪霊を操る事が出来る。夏油はのらりくらりとした会話で本音を隠す。疚しい事は唸る程あるはずだ。



「そういえば五条悟に会ったよ」
「へぇ」
「キミ、親友だったんだろ?」



 夏油は反応しない。この程度じゃ揺さぶれないか。



「彼、すごいね。流石呪術界を背負うだけある」
「あなた方は傍観者なんでしょう?」
「そうだね」
「調和の先に何がある?」



 夏油がこちらを向いた。何も。メメが言う。



「何もないよ。そこには何もない。答えなんてないのが答えさ。ただそこにあって何もない。俺はキミみたいに理想を抱けないからね。だけれど好きだよ。この世界は。人も」



 その答えをどう思ったのかは分からないが、夏油はふ、と笑い視線を外した。この数年『臥煙ネットワーク』は夏油傑の動向を追っている。彼は現在相当数の呪霊を溜め込んでいるはずだ。



「いよいよ仲間に入りたくなったらご連絡下さい。あなた方ならいつでも歓迎しますよ。」
「言っとくよ。でもなかなかどうして、臥煙さんは手強いぜ」



 あなた方は傍観者だという事をゆめゆめお忘れなきように。そう言い残し夏油は消えた。辺りは未だ闇に包まれていた。










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 俺こと貝木泥舟が―――――こんな場所にいる理由は正直よく分からん。『あの五条悟に会える』という触れ込みで忍野に呼び出されたのがつい二時間ほど前の事だ。そんな奇特な機会なんぞそうそう訪れるもんじゃあない。たまたま暇を持て余していた俺はのこのこと顔を出してしまったわけだ。暇なんて持て余すもんじゃない。

 忍野に指定された居酒屋に顔を出せば、そこには忍野とがいた。って名前はそこで挨拶をされ初めて知った。要は忍野が俺の知らん女を連れてそこにいたってわけだ。こいつ、又か。そう思った。学生時代からまったく変わっていない。俺もお前もいい歳だってのに女癖の悪さは変わりゃしないってのか。呆れた。

 というか、そのって女も俺が来る事は聞いていなかったらしく死ぬほど驚いていた。不快だ。四人掛けの個室に二人はいたので、とりあえず忍野の隣に座る。見る限り女は相当飲んでいて忍野の目論見が手に取る様に分かる。こんな場所に俺を呼ぶな。話を聞けば高専との共同任務の打ち上げらしい。二人でやるな。というかこの女、高専の女だったのか。こうして飲むのは二度目らしい。そんなのはもうお決まりのコースじゃないか。勘弁してくれよ。

 メニューの中からそれなりに飲めそうなワインを頼み、それが届くまで二人の会話に耳を傾ける。この女の会話はたった一つしかなくて、どうやら五条悟とケンカをしているらしい。犬も喰わねぇとはまさにこの事だ。忍野がこの女の愚痴を聞いている理由だけが余りにも明白でやはり居心地は悪い。



「この五種のチーズ盛り合わせと熟成肉、イチボ500g」


 俺の事など気にも留めず話し続ける二人などこちらだって願い下げだ。俺は喰いたいものを喰う。それにしたってこの女、何のつもりだ?こいつが五条に対する愚痴を聞くのはお前が―――――



「彼の気持ちが理解できるおまじないをかけてあげようか」
「そんなのあるの?」
「おい、」



 熟成肉が届く前に忍野が切り出した。こんな露骨な真似があるか。驚く事に俺にも人並みの良心みたいなものが残っていたらしい。とりあえず数度は口を挟んだ。正気に戻れバカ女。お前このままじゃ、



「あるよ、ほら。目を閉じて」
「正気か?」



 正気なのか、と言われているにも関わらず疑わず目を閉じるを見てこいつはもうお手上げだと察する。ああ、嫌だ嫌だ。何が悲しくてこんなに生臭い場面を目の当たりにしなくちゃならんのだ。目を閉じたに忍野が口付ける。いい歳してお前、何してんだ。酔っぱらったバカ女もどうやらタバコの香りで気づいたらしい。「やだ、なに」とか言いながら目を開いた。俺はそんな茶番を前に新しいワインを頼む。ここの支払いは忍野持ちだ。たんまり飲み食いしないと割に合わない。



「キミも彼に同じ思いをさせてあげたらいい。彼の言い分じゃノーカンだなんだろ?俺とキミの間に何かあっても関係ないって事だ」
「おーい、騙されるなよー」
「魔がさすって言うだろ。キミは彼の気持ちがまったく分からないっていつも言ってるじゃないか。一度経験したら嫌でもわかるんじゃないかな。彼の気持ちはさ」
「そうそう、今まさに魔が差してるんだ、お前に」
「全然大した事じゃない、彼だって言ってたろ?それに意味なんてないのさ」



 ぐらり。



「ほら飲んで。全部俺のせいにしちゃいなよ」



 そう言いグラスを握らせる。忍野は xの目をじっと見つめている。こうなりゃもうお手上げだ。俺は知らんぞ、なーんにも知らん。ぐらぐらに揺れた女の背をトン、と押したのが俺の言葉だったとして、それが何になる。まさかそんな事の為だけにこの俺を呼び出したんじゃないだろうな忍野。

 何も知らない俺をよそに白々しく出て行く二人を見送り1人飲みを続行する。仕事はまだ残っているからだ。

 2人が消えてすぐに駆け込んで来た人間がいた。個室のドアを勢いよく開け「!」と叫ぶ。お前、間違いだったらどうするんだ。男は俺を見て怪訝そうな表情を浮かべた、はずだ。サングラスをしているので表情が余り読めない。

 サングラスをかけた長身で白髪の男。おお、こいつがあの五条悟か、と思い感無量だ。確かに忍野の言う通り五条悟に会う事が出来た。



「あれ、貝木さんじゃん」



 そう声をかけて来たのは幾度か面識のある入家だった。よぉ、元気か、と顔を見ずに返す。五条はそのやり取りである程度を察したらしい。露骨に不機嫌そうな顔になり、テーブルにドン、と手を突きながら口を開いた。



「ここにがいたはずなんだけど、あんた知らない?」
「知らん」



 俺は何も知らん。



「ここ、忍野持ち?」
「そうだ」
「じゃ私も頼んじゃおう~」



 入家は蟒蛇なので忍野の請求は存分に跳ねあがるだろう。どんどん好きなものを頼め。そうでもせんと俺の気が済まん。とはいえ、気が済まないのは立ち尽くす五条悟の方なんだろう。そんな思いつめたような顔するなよ。流石に俺だって気が引けるぜ。まあ、嘘だが。俺は嘘しか吐かないんだが。  おい、と声をかけ入家の隣に座らせる。



「そもそも何でお前たちはそうなんでもかんでもあけすけにしてしまうんだ?必要がないだろう。だから今回みたいに余計なトラブルを招く。ガキじゃあるまいし、気付いてないフリでもしてやれよ。お前がしていたようにな」
「……」
「お前も飲め、タダだぜ」
「オレンジジュース」
「……」



 翌朝、駅前のホテルで目覚めた時の気持ちなんてのは知らん。大方やってしまったという大きな後悔だったりするんだろう。知らんが。

 しかしまあ、絵にかいたような魔のさし方だった。呪術師だったらはもう少し、そこら辺の耐性を持った方がいいんじゃあないのか。オブラートに包みまくってそう言えば、あいつはあれでいいんだよとこの期に及んで五条悟はそう言う。まあ、そういうのがこの男の趣味なんだろう。馬鹿馬鹿しい。泣けてくるぜ。

 入家は高い酒をばかすか飲んだ。五条は本当に下戸らしくオレンジジュースとジンジャエールを交互に飲んでいてあまつ季節の果物の入ったパフェなんかを頂く始末。血糖値が心配になったぜ俺は。散々飲み食いしアホみたいな請求を確認し三人は解散した。










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 その日、五条悟は朝から落ち着きがなかった。なかったし碌々睡眠も取れていない。当たり前だ。横になるとの事が脳裏を過り居ても立っても居られなくなるからだ。何があったかなんてわからない。いや、いい。グレーゾーンはあえてそのままでいい。だってまだ僕とは付き合ってもいないわけだし、何の制約もない。そう。確かにそれはそう。彼女がどこで何をしていようと、僕がどこで何をしていようと干渉は出来ない。分かっている。だから僕は別にあの夜の事を彼女に言及する事もないのだし、が何事もなかったように接してくるならそれを受け入れようと心に決めた。

 あの夜から二日。いよいよが高専へ来る。だからもう前日の夜は寝てる場合じゃなかったし今だって仕事どころじゃない。先生いつにも増して変だよ、と乙骨が言ってくるがもうシカト。僕は別にに嫌われたいわけでも彼女を傷つけたいわけでもなくて、



「あ、さんだ」
「!!」



 は確かにいた。真希と話をしているようで、乙骨の声に反応しこちらを見る。そうして、よお、元気?なんて白々しい五条の挨拶を聞く事無く全力で走り去った。いや、もう唖然。真希が言う。



「先生めっちゃ避けられてんねウケるな」



 いやマジでしょ、は?マジで?の行動はある程度読めるので先回りして待っていてもこちらを見かければ全力で避ける、逃げる。五条のみを死にもの狂いで避ける。二人の距離は10mも近づいていない。流石の五条も暫くは我慢をしていた。時間にして小一時間は我慢した。我慢はしたが、いやもう無理でしょ?! いやいやお前が何食わぬ顔してくれてりゃいいのに、こうなりゃ話は別でしょ!?は!?何やってんの?あいつの事好きになりでもした?バカなの?何?それとも罪悪感とか感じちゃってんの!?それって一番最悪なんだけど!?そんな気持ちでこんな事やってんなよバカ女!!!!

 そもそも全力で走ればお前なんて余裕で捕まえられる。走り出したを追った。もう逃がさない。










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 あの日、目覚めれば所謂一つの見知らぬ天井がそこにはあって、ああ、やってしまったなと思った。それと同時に絶対に悟はこんな気持ちになっていないだろうとも思ったし、おはよう、と声をかけてくる忍野をどんな気持ちで見ていいのか分からず言葉に詰まった。忍野はとっくに起きていてコーヒーを飲んでいた。

 忍野と二人で夜の街へ出て他愛もない会話を紡ぎながらホテルを探し、比較的キレイなホテルの部屋が開いていてそこに決めた。何か悪い事してるみたいだね、と忍野が笑う。こちらはずっと罪悪感で死にそうだ。パネルで部屋を選んでいる時も、二人でエレベーターに乗っている時もいつだって逃げ出したくて堪らなかったのだ。この時点でバカな真似をしていると自覚していた。

 部屋に入った瞬間、帰ります、と反射的に口にしたを抱き締めた忍野は、あの居酒屋の時と同じく耳側で心を乱す。魔が差す。心をグラグラと揺さぶる。正常な判断が出来なくなる。なった。そうして迎えた朝だ。



「何か変わったかい」



 忍野はそう言った。こちらをじっと見てそう言った。



「何も……」
「……」



 変わらないと嘘を吐いた。きっと、忍野には知れていただろう。

 だからなのか五条の姿を見てすぐに罪悪感が爆発した。事が起こる前から抱いていた罪悪感は事が起こった後に爆増した。顔を見る事が出来ない。え、何。死にたい程苦しくて顔を見る事も出来ないし会えない。

 最悪なのはこんな形で五条の事を好きだと自覚した自分で、より一層最低なのは故にもう好きではいられないと思ってしまったバカな心だ。同じ真似をしたところで同じ気持ちにはなれない。私は悟にはなれないのだ。そんな当たり前の事さえ分からなくなっていた。

 だからこうして高専内でも露骨に五条を避けていたというのに、今まさに追われている。怖い。どんどんと近づいて来る五条が余りにも怖い。五条そのものも怖いし、五条を目の当たりにした時の自分が怖い。どうなってしまうのかが分からなくて恐ろしい。

 ああ、しまったな。どうしてあんな真似をしてしまったのだろう。魔が差した。色んな犯人が供述する言葉だ。魔が差したんです。

 五条の指先は肩に触れの動きを阻む。ここはどこだろう。散々走り続けたから分からない。

 五条の手がの右肩をしっかりと掴みすぐそこの扉を開けた。そのままそこに放り込む。どうやら空き部屋のようだ。高専内にはそういうデッドスペースが至る所に存在する。



「お前、奴となんかあったろ」
「何かって、何」



 は顔を見ない。



「ていうか何だよその態度」
「別に」



 は顔を見ない。腹が立って仕方がなくて、露骨に壁ドンしてしまった。嘘だろ、僕。

 はそれでもこちらを見ない。だからもうこっちも止めらんなくて、気づかない振りをしようと思った全てをぶちまけた。

 お前あの夜、忍野とどこに行った?何してた?僕に対する当てつけのつもり?どうだった?楽しかった?  矢継ぎ早に言葉を紡げばようやくがこちらを見た。はい、僕の勝ち。そんな、泣きそうな顔して。ふざけんなよ。



「別に、悟と同じ事しただけでしょ!!!!」
「―――――!」



 五条は感情がすぐ顔に出る。だから彼が怒った事はすぐに分かった。



「あ」



 五条の右手がの首を掴みそのまま無理矢理口付けられる。壁ドンされた時点で私の背は壁についていて、顔を動かさないように首を掴んだのだと思った。右手は五条の左手に捕まり身体同様壁に押し付けられている。



「何?お前はこういう事がしたかったってこと?」
「ちが」
「何が?」


 五条が壁に肘をつけ一層距離を詰めた。すぐそこに五条の顔がある。やめてよ、と顔を背けた。五条はを見下ろしながら囁く。

 何?あいつ優しかった?ていうか何回ヤったの。まさか生じゃないよね。ってそんなにバカじゃないよね。ていうか別に僕もいいよね。断る理由ないよね。だってあいつにはヤらせたんだからさ。

 五条はとても怒っていて、私は酷く動揺していた。だから反射的に嫌だ、と口にしていて、それはどういう気持ちだったのか。こんな気持ちでは嫌だ、なのか。だけれどのそんな心情は当然五条に伝わらない。只、その言葉だけがダイレクトに伝わる。



「は?」
「さと」



 顔を合わせる度に私の事を好きだと言う悟はいつも笑っていて、こちらが腹を立てる程いつだって余裕の素振りだった。彼が窮地に陥るような事はなくて、私に対してもダメ出しをする事はあれど切羽詰まるような事はなかった。それに怒る事もなかった。少なくとも私は見た事がなかった。

 だから今、床に押し倒され動きを封じられた事態に驚いている。悟がこんな真似をした事に驚いている。の身体なんてひょい、と簡単に倒された。そのままに跨り上着を脱ぐ。



「気づかない振りとかさ、無理だわ」
「悟」
「だってはさ、僕から愛されてるって知ってるのにさ」



 どういうつもりでこういう事したの。全然分かんないんだけど。これから僕はを犯すわけなんだけど、まさかあいつからキスマークとかつけられてないよね?そんなの見ちゃったら最悪殺しちゃう可能性出て来るよ。マジで。

 五条の長い指が一つ一つボタンを外していく。彼はの口を左手で抑えていたからは声が出せない。だから彼はこちらに話しかけているわけでも、答えが欲しいわけでもないのだ。シャツが肌蹴、背中に腕を回した五条が器用にブラのホックを外した。跨ったままじっくりと眺める。



「よかった」
「……!」
「殺さなくて済んだ」



 そう言いにっこりと笑う。ようやく左手が離れ封じられていた口が解放された。



「悟やめ」
「んー」



 五条はベルトを外している。



「やめて、ねえ」
「これって一応お仕置きになるんだよね」
「あ」
「だから、ごめんね」



 五条はの上から降り足もとに座った。胡坐をかいての左足を肩にかけている。だからの股間は五条側から丸見えになり、足を閉じたくても五条の手がそれを許さない。そのまま指先はクロッチ部分に触れカリカリと引っ掻きだした。露骨な刺激にの腰が跳ねる。五条の指は亀裂部分とその上部の出っ張りを重点的に刺激した。腰と共に動く足を抑え込み執拗に何度も引っ掻いた。



「あっ、あっ、あ、やめっ、悟っ」
「すぐ濡れんじゃん」
「ヤダっ、ヤダヤダやぁ、」
「こんだけ濡れてて何が嫌なの」
「そこばっか、嫌ぁ、あ」



 すぐにクロッチ部分は濡れてクリトリスの突起が目に見える程膨れ上がった。執拗に責められるは何度もイっているようで、その度に愛液が溢れ出す。止めて、止めて、まだイってる、もうイってるからやめて。全身をビクつかせながらそう泣いても五条は止めない。散々弄られ散々イかされ抵抗する気力も失った。



「あいつの時もこの位感じたの?ねえ、
「ヤダ、知らな、」
「こういう時は即答で違うって言わないとさ」
「あ、あ、」



 下着をずらされ強引に挿入された。散々濡れた性器はすんなりと五条の性器を受け入れた。の足を折り曲げながら五条がゆっくりと腰を動かす。



「ほら、自分で足持って」
「はあっ、あっ、あ―――――」
「開いて」
「あ、あっ!」
「はい奥まで入ったー」



 の膣内がブルブルと震えている。涙目でこちらを見上げるも、必死に殺す声も汗ばんだ身体も全てがムカつく。お前、そんな顔あいつに見せたの。嘘だろ。イってるから動かないでと喘ぐを無視して激しく腰を動かした。の喘ぎ声が一際大きくなる。それさえ奪うように唇から口の中へ指先を滑り込ませた。舌を指で挟みながら声を奪う。の膣は五条の性器をぎゅうぎゅうと執拗に締め上げる。



「あーマジでムカつく。本当ムカつく」
「……!」
「お前、僕の事好きじゃん、何でそんな事すんの?僕に嫌われたかったってこと?僕だって嫌いになりたいよ、ここまで相手にされなきゃいっそ嫌いになりたいよ、でもなれないからこんな事になってんだろ!」



 子宮口を突き上げる五条の性器から齎される脳が痺れるような快感と五条から浴びせられる言葉がの五感全てを奪う。イキそう、と呟いた五条がの口から指を抜いた。唾液が溢れる。



「ぁっ、あっ」

「はぁっ」



 イく寸前、五条が唇に吸い付き舌を絡ませてきた。まるで心と身体が通じ合っているような濃厚なセックスだ。知らぬ間に涙が出ていた。その理由は分からなかった。










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「その様子じゃ落ち着くところに落ち着いたってとこかな?」
「うるせー」

 あの日、無理矢理を犯した後だ。腹の上に精子を吐き出しはあはあと上がった息をそのままにを見下ろす。は腕で顔を隠し泣いていて、まあ単純にヤバいな、と思った。

 いやいや、ヤバいでしょ。無理矢理ヤっちゃったでしょこれ。あれ?何でこうなった?そんなつもりじゃなかったんだけど、でもやっちゃったものは仕方がない。ここから挽回するには一つしかない。

 泣いているの腕を掴んで顔を見て、唇のすぐ側で、と名を呼ぶ。指先で流れる彼女の涙をぬぐいもう一度名を呼んだ。

 。ねえ、。僕の事好きでしょ。僕はの事好きだよ知ってるよね。もうここしかない。ここで落とす他術はない。というか、ここで落とせなきゃ終わる。の顔を両手で包んで、ねえ、と口付ける。まず軽く、触れてすぐに離す。僕の事好き?ねえ、。言ってよ。ねえ。

 じっと目を見つめ何度も囁く。

 八回目のキスではようやく言った。消えそうな程小さな声で好きだよと言った。よし、よし!!!!!!内心渾身のガッツポーズが止まらなかったのだけれど億尾にも出すな。絶対に今じゃない。

 混乱の最中に乗じて五条はに自信を受け入れさせる事に成功した。いや、それちょっと人聞きが悪すぎるでしょ。あいつだって僕の事は確実に好きだったわけで、そうなるべきだと思った。というかとっくにこうなっていて然るべきだったんだけどね。僕の中では。半年前くらいに。だから今はマジで幸せ。ようやくを手に入れる事が出来た。

 だからこれは僕だけのケジメだ。わざわざ忍野の呪力を辿りここまで来たのだ。スマホを持たないこの男に連絡をつけるのは至難の業で、挙句この男は日本中をフラフラとうろついている。行動の範囲が広い。まだ関東近辺にいてくれて助かった。忍野は封鎖されたショッピングモール内にいた。この胡散臭い男は相変わらず飄々とした体で、まるでこちらが来る事が分かっていたかのように振る舞う。



「俺に感謝して欲しいくらいだね」
「ふざけんな」
「まぁ、自分と同じ真似をされたら腹が立つよねぇ」
「!!」
「心当たり、あるんじゃないのかな。かといって別に俺が誘ってるわけでもないんだぜ。君たちは付き合ってないし、俺も誘っちゃいない。そんな関係性で誘いに乗るなってのも随分乱暴な話だろ?」



 忍野は悪びれもなくそう言う。



「お前、嫌な奴だな」
「鏡を見てるみたいだろ」
「帷開いていい?」
「勘弁してくれよ」



 だからって彼女に恋しちゃいないぜ、と笑う。そんなのは分かってる。別にそんなとこ気にしちゃいない。只、きっとこれからもと仕事で会う事もあるだろうし、露骨なマウンティングをしておきたかっただけだ。あれは僕の。五条がこんな真似をしているだなんては知らない。



「あいつにもう二度と関わんなよ!」



 そう言い踵を返した五条の背に向け、忍野が口を開いた。無人のショッピングモールに響き渡る。



「夏油傑は呪霊を集めてる」



 立ち止まった。



「仕事柄、彼に会う事が多くてね」
「元気にしてんの」
「見た感じは」
「あっそー」
「臥煙さんは彼を危険視してる」
「それ、僕もだろ。あの何でも知ってるおねーさんはさ」  



あいつには手を出すなと五条は言った。あれも僕がどうにかする。僕たちがどうにかする。まさか色恋で下らない言い合いをしていた男とは思えない程、堂々たる態度だ。



「だってあんたらは―――――」
「傍観者だから」
「!」
「夏油くんからも言われたよ」
「僕と傑の問題なんでね、余計な真似すんなよ」
「キミがダメだったらどうする?」
「そんな事はあり得ない」
「!」



 僕が何の為に教師をしてるのか、そのくらい分かるだろうと五条は言う。あの何でも知ってるおねーさんが傑の事を見逃す道理はない。忍野が口を挟んだ理由は同情からなのか、贖罪のつもりなのか。それは分からない。彼女は何でも知っているのでこちらの腹の内も知っているはずだ。均衡を保つ為に正しい選択を迫る。あれはそういう女で、だから好きじゃない。

 僕のケジメは僕がつける。何事にもそうだ。キミ、色恋がなければ最高に格好いいぜと忍野が笑った。知ってるよと、五条が笑った。