昇天したら、いい





 硝子に口付けられながら、ああ、私はまた間違ったのか、と思った。彼女の唇は薄く柔らかかった。
 硝子は同期の中で唯一の同性で、途中から高専に編入したにも分け隔てなく接してくれた。これまで同世代の同性と仲良くなる事がなかったからなのか、そもそも家入硝子が単純にいい奴だったからなのか、 は彼女をすぐに好きになった。
 これまで一度として手の届かなかった所謂『普通の学生生活』を送っているようで嬉しかったのだと思う。バカな真似をした。こうなってしまった後では何が問題だったのかは分からないのだけれど、恐らく私は彼女との距離感を誤ったのだ。何にしても私自身の問題には違いない。
 任務がない日は互いの部屋を行き来する事も多く、その日は硝子の部屋で酒を飲みながら話をしていた。硝子は酒がバカみたいに強くて、 は毎度潰れて眠ってしまう。
 会話の内容は他愛もなく、最近流行りのドラマの話だったり好きな音楽や次に買う服の話だったりととりとめがなかった。今思えば確かに色恋の話は出て来なかったように思う。同期の五条や夏油の話をする事もあったけれど、所謂そういう対象ではないらしく色気のある内容にはならなかった。
 甘い酒しか飲めないは主にチューハイを好み、よくそんなの飲めるね、と硝子が笑う。硝子の手の中にはロックグラスがあって彼女は確かウィスキーを飲んでいたはずだ。硝子こそよくそんなの飲めるよね。そう返し笑う。それ超苦いじゃん。硝子の唇に吸い込まれるウィスキーを見ていた。
 こちらは確かに酔っていて、うっかり閉じてしまいそうな瞼をどうにか開いて話をしている。硝子がこちらを見ていた。え、何。半ば麻痺した頭でそう返す。
 僅かに間があき、左手を突いた硝子がこちらに身を寄せ徐に口付けてきたのだと気づいたのは唇が触れた後の事だ。余りに急な展開で何の心構えも出来ていないこちらの唇は彼女の舌を容易く受け入れた。温くなったウィスキーが流し込まれ唇の端からツツ、と零れ落ちた。強いアルコールで痺れた舌に硝子の舌が絡みつく。反射的に首を背け唇を離した。



「な、何?」
「変かな」



 硝子は泣きそうな顔で言う。



「あんたの事が好きで好きで仕方ないの。軽蔑する?」



 咄嗟に上手く言葉が返せず、まずそこで失敗したと思った。こういう時、咄嗟に反応が出来ないと相手は混乱したまま次の行動へ移ってしまう。案の定硝子は覆い被さって来た。
 ああ、だから私は又、間違ってしまったんだろう。そのまま押し倒された。酒の回った身体は思うように動かない。



「硝子、ちょっ」
「ごめん、ごめん 、私」



 硝子はその見た目とは裏腹に強い力でこちらを抑え込んだ。いや、私が脆弱なのだろう。高専の生徒は皆フィジカルも鍛えられている。両手を掴まれ床に押し付けられ硝子を見上げた。硝子の目はよく見る男達の目と酷似していて、ああ、私はこれから犯されるのだろうと思った。
 に馬乗りになった硝子はそのまま口付けて来る。酒臭い舌がねっとりと口の中を舐め上げ、途中途中にアルコールを含み流し込んで来た。硝子から口移しされるアルコールは度数が高い。すぐに吸収しより一層判断力がなくなる。長い長い口付けが終わる頃にはすっかり酔いも回り抵抗などする気も起きずにいた。
 硝子は馬乗りのまま優しく丁寧に服を脱がし、あっという間に乳房は彼女の前に晒される。恥ずかしさが増し右手で顔を隠した。
 硝子の指は細くて少しだけ冷たい。両指を僅かに曲げて乳房全体をゆっくりとなぞる。くすぐったいような気持ちいいような奇妙な感覚だ。反射的に漏れそうになった声を抑えた。すごい可愛い。抑揚を抑えた子で硝子が言う。今度は乳輪をゆっくりと撫で回し、指先で乳首を挟む。



「んんっ……!」
「声出してよ」
「やだっ」
「どうして?」



 初めて女に犯された。思ったよりも容易くこの身体はそれを受け入れたし快楽は快楽として享受する。相変わらずこの身体は誰でもいいらしい。生まれ持ったその習性に嫌気がさす。
 この日、五条と夏油は任務でいなくて寮には私と硝子が2人きりで、静まり返った寮内で私は硝子に犯されている。
 散々乳首を弄った後、とっくに声を殺す事もなくなった に満足したのか、ようやく彼女の上から降りる。又、グラスを煽った。硝子はまったく酔っていない。今度はの両足を持ち上げる。でんぐり返しの要領だ。



「すっごい濡れてるね、
「もうやだぁ」
「嬉しい」



 硝子の舌がクロッチの上から亀裂に沿ってゆっくりと舐め上げる。そのまま既に屹立しているクリトリスまで舐め、そこを軽く噛んだ。 の腰が一際大きく動いた。同じ動作を何度も繰り返す。どんどんと愛液の量は増え舌先は埋まるようになってきた。



「あっ♡あっ♡♡あっ♡♡♡♡」
「イく時は言って」
「やっ♡あっ♡♡イくっ♡♡♡イくっ♡♡♡」



 五回イってようやく硝子はの下着を取り、今度は直接舐め始めた。暫く前からずっとイっている は、もうやめて、と何度も口にしているが当然硝子は止めない。硝子の舌が膣内に侵入しずるずると動き回る。指先はたっぷりと愛液をつけたままクリトリスを弄り続けており も喘ぎ声を止める事が出来ない。五条と夏油がいなくて本当によかった。



「硝子ぉっ♡♡もっ♡やだぁっ♡」
「だーめ」
「や、らぁっ♡♡あっ♡あっ♡♡ダメっ♡♡」



 硝子の舌が離れたと思ったら指が二本深く埋められより強い刺激を与えて来る。奥の方を搔きまぜくの字に曲げられた指の腹が膣壁を押し上げる。 が大きく身を震わせた。



「ダメっ♡♡ダメ♡ダメ♡出ちゃう♡♡」
「ダメじゃないでしょ」
「やだっ♡やぁっ♡♡だめぇっ♡♡♡」



 潮を吹けば硝子の指は更に激しく責め立てる。もう意識を保てない程に責められ朦朧としている に硝子は言った。
 好きになってなんて思わない、だけどあんたを愛させて。  多分あれは独り言ではなく、こちらに言っていたのだと思う。だけれど は硝子の容赦ない攻めにより身体の自由さえ奪われているからもう息も絶え絶えといった様子で言葉一つ返せない。
 ようやく硝子が指を抜いた。一気に大量の愛液が溢れ出た。その指を舐める硝子を見ながら、ぼんやりとした頭は僅かに動き、ああ、もう友達には戻れないな。そう思った。










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 翌日、教室で顔を合わせ、素知らぬ顔でおはようと挨拶した。昨晩はあのまま朝まで硝子に責められ、ようやく眠りに落ちたのは日が昇った後だった。だから二人とも酷い寝不足状態でそこにいた。 に至っては慣れないウィスキーによる二日酔いも手伝い最悪のコンディションだ。陽の光が頭に響き目を閉じる。硝子は昨日の任務で怪我をした夏油の手当てをしていた。



「おま、酒臭っ」
「ちょっと、うるさい……」
「硝子こいつに飲ませんなよ、お前みてーに強くねーんだからさ」



 の術式は極めて不安定だ。正直な所、今のままでは使い物にならない。彼女の術式を安定させる責務を負ったのは五条であり、故に は彼から指導を受けている。



「ま、いーや。行くぞー」
「声でかいって」
「お前体力もねーのにどーすんの」
「吐きそう」



 五条に連れられ教室を出る を見送る。その瞬間だ。五条とが二人で教室を出ていく後姿を目にした瞬間、それまでまったく気にならなかったのに、二人の距離感が異様に気になった。
 そもそもどうして悟がの指導をしているんだっけ?あいつが人の世話をするなんて稀有な事だ。傑ならまだしもどうして悟が?
 その日、ボロボロになった を抱えて悟は戻って来た。は体力もないし術式も使い物にならない。
 どうして彼女はここにいる?何の為にここにいるんだっけ?
 小脇に抱えられた はヘラヘラと笑いながら今日もしこたまやられちゃって、と夏油に話しかけている。
 ああ、駄目だ。これはもう駄目だ。



「硝子、の手当てをしてあげてくれ」
「わかってる」



 の手を握りながら指先でなぞってしまう。ピクリとが反応し、引っ込めようとするその手を反射的に掴んだ。 の目の奥に怯えが見える。
 好きにならなくていいだなんてどのツラ下げて言ったんだよ、私は。ダメだな、あいつを誰にも触らせたくない。
 その日の夜、寮へ帰りメールを送っても は返して来なかった。いつもならまあいいやで済ませるところだが、今だけはそう思えずメールを送って5分後にはの部屋へ向かっていた。ドアを叩く硝子に怯えたのか、 はあっさりと迎え入れた。ごめんごめんメール気づかなくて。そう言っていた。真実かどうかは分からないが今のところどうでもいい。部屋に入りドアを閉めすぐに口を開いた。



「悟の事好きなの?」
「え?何?」
「ごめん、何でもない」
「硝子」
「ごめん、ごめん



 ごめん、と言いながら を抱き締める。この手に触れていないと安心できない。この女が自分のものにならない理由が思い当たらない。の目には恐れが浮かんでいる。どうにかそれに気づかれないように笑顔で、こちらの目を見ないように視線を逸らしこの場を受け流そうとしている。
 あたしを避けようって事かな。そんなの駄目に決まってるよね。
 こうなってしまえばもう抑えが利かない。一方的に口付けをベットに押し倒した。



「ダメだって硝子」
「何が?」
「五条も夏油も寮にいるから、」



 縋るようなの目が何もかもを失わせる。例えばあたしの理性とか、思いやりとかそういうものだ。
 べろべろと唇を舐めながら無理矢理口を開かせ、震える舌を舐め、吸い、口の中を好きに蹂躙する。の唇から唾液が垂れ胸元を汚した。呼吸を奪うように貪り続けながら両手は の全身を這う。
 の膣はすぐにほぐれ硝子の指先を飲み込んだ。声を出さないように口を手で抑え耐えるを眺めながら硝子も自分の膣へ指先を伸ばす。こちらもこちらですっかり濡れそぼっており、自らの指を容易く受け入れる。 を蹂躙しながら自らを慰める。
 こんな事をするあたしの事を好きになるわけないのに。



「ふっ……っ……んっ」
「イきそう?」
「……っ」
「あたしも」



 耐えるを見ながら硝子もイった。はあはあと荒い呼吸を隠さずを見下ろす。
 絶対おかしいよ、こんなの。どうしちゃったんだろうあたし。あんたが欲しくて仕方がない。
 口元を両手で押さえてどうにか声を殺しているは既に幾度もイっているようで身体に力が入らないらしく、無理矢理身を起こさせた。そのままベットの上で壁に背をつき両足を開かせる。その時だ。



……起きてるか?」



 夏油の声で一斉に正気に戻った。二人してドアの方に視線を向ける。鍵を閉めていない。硝子の指は膣内に入っている。夏油の声を聞いた が指先をきつく締め付けた。



「明日の打ち合わせがしたいんだけど、少しいいかな」



 ドアが開く、瞬間に「ダメダメ!」と硝子が叫ぶ。



「えっ、硝子?」
「今、着替えてるから開けちゃダメ」
「はっ?」
「新しい下着買ったから見せ合いっこしてんの」



 硝子が指を曲げググ、と膣壁に押し付ける。 がいやいや、と首を振った。



「……そいつは楽しそうだ、私も仲間にいれて欲しいな」
「傑はダメー、仲間に入れてやんない」



 硝子の言葉に、夏油は笑い、だったらメールするよと告げ去ったようだ。これが五条でなくて助かった。五条だったらとっくにドアは開かれていただろう。夏油と硝子が話している間に は腰を震わせながらイった。何度もイった。そんなを見て凄く『ゾクゾク』した。
 可愛い。好き。好き。好き。ああもう、滅茶苦茶にしたい。
 ベットに倒れた込んだに口付けながら、がむしゃらに指を動かした。すっかり出来上がったの膣内はドロドロに熱く敏感になっていたみたいで幾度も潮を吹いた。シーツがびしょびしょに濡れ使い物にならなくなったくらいだ。 が抵抗しなくなるまでやった。内腿が小刻みにずっと痙攣しているを眺めようやく正気に戻る。



「……はは」



 シーツの上に放り出された の指を掴みそのまま自身の膣内に埋めた。硝子も悩ましく腰を動かし、丁度イイところを探しているようだ。硝子の体内は熱く、指先を何度も締め付けた。ものの数分で硝子もイって、そのまま の上に倒れてくる。互いに鼓動が重なりあい今にも飛び出しそうだ。ぼんやりしたままその指を眺め舐めた。硝子の味は特にしなかった。










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 硝子は毎日の様に求めて来るようになった。それに、どうやら五条との関係を疑っているようだ。どうしてこんな事になってしまったのか、は考えないようにしている。硝子の事は好きだ。こんな事になっても私は彼女の事が好きだし、出来ればこうなる前の関係に戻れたらいいなとさえ思っている。
 この身体は誰であれ容易く受け入れる。だから心は惑わない。愛さない。愛せない。少なくとも硝子が求めるように彼女を愛する事は出来ない。硝子が疑うのも無理はなく、確かに私は五条とセフレの関係にある。彼女の『女の勘』は正しく作動したのだ。
 だから硝子がこちらの跡を付けていたのも無理からぬ事で、五条から声をかけられ出向く『指導』先で彼女はが五条とヤっている現場を目の当たりにした。
 教室とは別棟にある資料庫にしけこんだ二人を確認し少しの間様子を伺う。20分経っても二人は出て来なくて、嫌な予感を感じながらも僅かな隙間から中を覗く。背後から を抱く五条の姿が飛び込んできて息を飲んだ。やっぱり。まずそう思った。
 五条はを抱き締めたまま押し潰しそうな形でセックスをしていて、耳側で何事かを囁いていた。丁度こちらに頭を向けていたので顔を上げた の表情もよく見える。どう見ても無理矢理ではないその表情を見た瞬間、一瞬にして頭に血が上り気づいた時にはドアを蹴り開けていた。
 驚いた五条は咄嗟に身を起こしこちらを見ている。そのまま近づき四つん這いの状態から僅かに顔を上げた の頬を張った。まあ、無理もない話だ。少なくともビンタをされたはそう思ったし、五条は死ぬほど驚いていた。



「は、マジ?」
「あんた、何やってんの!?」
「落ち着けって」
「悟は黙っててよ!」
「お前、硝子に説明してんの?」
「してない」
「お前さ」
「無理だって」
「何の話してんのよ!!」
「落ち着け」



 素っ裸の五条はに掴みかかる硝子を抑え兎にも角にも座らせた。ちょっとパンツ履くから待って。その僅かな間にもう一度 に掴みかかるが彼女は面倒くさそうに視線を逸らすだけで何も言わない。硝子に叩かれた頬は赤くなっていた。



「お前、意外と感情的なんだなこういう時」
「は?」
「いいんじゃない、らしくなくて」



 パンツを履いた五条が椅子に座った。



「あんた、に指導するとかって言いながら、いつもこんな事してたの」
「いつもってわけじゃないけどね、流石に」



 お前のその状態にはの呪力が関係しているのだ、と五条は言った。は『あらゆる相手に対し自身を求めさせる』事が出来る。最強の防御力を誇る術式であり、その術式にかかった相手は を求めてやまなくなる。問題は自身に呪力のコントロールが出来ていない事であり、現在彼女のその術式は暴走状態にあるらしい。
  に生まれついて備わったこの力は『天性の悪女』と呼ばれこれまでも歴史の要所要所で同じような術式を持った術師は出現していた。後に『クレオパトラ』や『楊貴妃』と呼ばれる女達が代表格になる。それが呪術師なのか呪詛師なのかは分からない。彼女の力はどちらにも使える。
 そもそも、彼女の生家は五条家にゆかりのある中堅の術師の家系だった。を生んだ母は赤子のを見てすぐに一抹の不安を抱いたらしい。傍目には普通の赤子と何ら変わらない。自分が腹を痛めて産んだ子供なのに、何故こんなに不安な気持ちになるのだろう。その不安の正体はすぐに分かった。  赤子のを見た人々が次々と気をおかしくしたのだ。その内の数人は赤子のに性的興奮を覚え犯そうとした。
 間一髪最悪の事態は防ぐ事が出来たのだが、次に の実父が赤子であるの呪力にあてられ禁忌を犯そうとし、いよいよ母親の気が触れた。すぐさま本家に話が行き、五条家は赤子を隔離し母親は措置入院、父親も正気に戻らず生家へ強制送還となった。
 その後、は五条家預かりとなる。五条家ではに対し厳重な管理体制を敷いていたが、そこでもの呪力にあてられる人間が頻発した。この頃には に生まれつき備わった呪力が原因だと判明しており、呪力を無効化する結界の中で彼女は育つ事となる。何があろうとそこから出る事は許されなかった。
 赤子の世話は必ず大人の手が必要となる。 の呪力は成長と共にその力を増した為、対応には複数の大人が交代制であたった。それでも稀に感受性の強い人間はの呪力にあてられ気をおかしくする。
 5歳のを犯しかけた男は取り押さえられた後に自ら命を絶った。死ぬ直前の彼は正気に戻っており『決してそんな事はしてはならないと分かっているのに身体が言う事を利かなかった』と言った。『脳だけが僅かに置き去りになり、身体と心は奪われたようだった』何故この男が正気に戻ったのかも不明のままだ。 の実父は未だ術中にあった。
 全ては五条家の離れにて秘密裏に行われていたのだが、幼い五条悟は遠くから彼女を見ていた。両親からは決して近づいてはならないと言いつけられていた。完璧な結界により の姿は隠れていたはずだったが、しかし幼い五条にはそれが視えていた。と言うよりもその六眼が彼女から発されるたゆまなき呪力を視ていた。
 普段は大人が目を光らせている為、近づく事も出来ないのだが、その日は珍しく大人が一人もいなかった。この絶好のチャンスを逃してはならないと走って離れへ向かった。強い結界がかけられている為、離れの中に入る事は出来ない。それでも中にいる何かは五条の気配に気づきすりガラスの窓まで近づいて来た。



「何でそんなとこにいるんだ、お前」
「お外に出ちゃいけないって言われてるから」
「何で」
「わからない」



 もう少し話をしたかったのだけれど、遠くで自分を探す声が聞こえた。ここに近づいた事がバレてしまえば二度と近づけなくなる。また来る。そう告げ離れから離れた。
 それ以来、大人の目を盗み離れへ近づく事が日課となった。二度目の再会の時に互いに名を告げた。中にいるのはと名乗る女の子で、年齢は五条と同じだった。 も五条の呪力を感じているのか、声をかけずともすりガラスの向こうに近づく。僅かな間だが他愛もない会話を交わす。もう少し話をしたいと思うまでにそう時間はかからなかった。
 ある日、自身の力量も分からぬまま、結界に手を伸ばした五条はそれを解いてしまう。結界が無効化された瞬間、目の前にの姿が現れた。丸い目をして、驚いたあの顔。それは余りにも一瞬の出来事だったから、それから先の事はよく覚えていない。覚えているのは取り乱した両親の姿と神妙な顔をした大人達の顔だけで、残されたのは がいなくなってしまったという事実だけだった。
 あの一件後、は五条家から去った。大事な跡取りを危険に晒すわけにはいかないという至極妥当な判断だった。五条家は五条悟にかかっている。
 の実母は彼女を恐れ引き取らなかった為、彼女は五条家を除く御三家間を転々とする事になった。一ヵ所に置いておくよりも定期的に居場所を変えた方がいいだろうという判断の下、禪院家と加茂家を転々とする。強い結界の中で孤独に暮らす内、物心がついた時には何となく理解していた。誰も彼もが私を欲しがる。
 五条家は手を挙げなかったが、禪院家と加茂家はを引き取りたい旨を告げていた。何もかもを魅了する曰く付きの娘。の存在はアンタッチャブルとして扱われた。あれにあてられればどんな人間も劣情を抱く。あれは魔性だ。触れれば破滅する。そう断言したのは禪院家26代目当主である禪院直毘人であり、彼は をどうにか禪院家の養子にすべく手を回していたが、しかしは12歳の時に禪院家から姿を消した。それさえも全て秘密裏に処理された。



「……何?この気持ちはの術式の仕業って事?」
「恐らくは無意識に反転術式を使ってる。精神干渉出来る強いヤツ。相手の精神を上書きして強制的に自らを求めさせるマジでエグいやつ」
「嘘」
「これまでの術式を喰らって正気に戻った奴もいる。だけど、それをは自覚出来てない。何で解けるか分かってない。俺も喰らってんだけどさ。ヤバいよね。一瞬で虜だ。だから は高専に来た。まぁ、俺がそうさせたんだけど」



 と五条が再会したのはほんの半年前の事になる。夏油と一緒に遊びに行った渋谷のクラブで再会した。冗談みたいだが本当の話で、若者でごったがえすフロアの中にやたら目を引く女がいるなと思えば だった。その時は丁度、どこぞの私大生から夏油と共に逆ナンを受けている最中だったが何も言わず駆け寄る。
 五条が高専に入った頃くらいに、 が禪院家から姿を晦ました事実を両親から知らされた。の術式には有象無象が群がる。何れどこかのタイミングで必ず姿を見せるだろうと言われた。あの力は人心を惑わしより一層の呪いを派生させる。再度姿を現した時に がどういう立場になっているかは余りにも不透明だった。
 だからこの出会いはもう必然で、見つけた!!!!という感じでさ。その時は思ったね、運命だって。そりゃ思うでしょ。俺の中の彼女は当然五歳の頃から変わってなくて、それでもあの術式は 以外にありえない。
 クラブのVIPルームから出て来た彼女を一目見て「」と名を呼んだ理由も分からない。いや、正しくは術式で確証を得てはいたのだけれど、向こうも五条の事を分からなかったようで互いに固まった。 はすぐに掴まれた手を振り払おうとしたが、そのままブラックカードを振りかざす五条により別のVIPルームを貸し切り久々の再会と相成った。流石に昔ほど呪力を垂れ流しにはしていないようで、事情のよく分かっていない夏油はすぐにいかれるという事はなかった。



「お前、どこにいたの?」
「色々」
「禪院家にいたんじゃなかったの」
「あそこにいたのは12歳までかな」
「はっ?」
「攫われたのよ、私」



  を攫ったのはとあるカルト教団から依頼を受けた甚爾だった。の存在は彼女にいかれた生存者達から徐々に漏れ伝わっていた。一目見るだけで身も心も奪われる少女。様々な方面の権力者がその噂を聞きつけ彼女を欲した。
 歴史上に名を遺した権力者の側には必ずのような女がいたと言われている。まるでオーパーツのような存在としてを求める一派が世界中に存在した。只でさえ全てを魅了し精神を上書き出来る力だ。如何様にも悪用できる。
 甚爾によりかどわかされたはそのままカルト教団へ引き渡された。何の準備もせずそのままを見た甚爾はまともに の呪力を喰らったのだが、持ち前の動物的な勘によりその危険性を察知し、すぐに彼女を昏倒させた。とんでもないガキだ、と吐き捨て引き渡す。禪院家に対する腹いせ半分の仕事だった。
 カルト教団の教祖はを前に、すぐに虜となった。20代半ばの髭を蓄えた男で、フリーセックスを教義としていた。  
教団内には と同じ、若しくはよりも年下の子供たちが山ほどいて大人とのフリーセックスに引きずり込まれていた。教祖はを祀り上げ教団の規模を拡大した。 が初めて犯されたのもこの教団内での事で、相手は例に漏れずこの教祖だった。この男は気に入った子供の最初の男になる事が人生の意義だと憚っていた。
 これまでその危機を何度も迎えたがいよいよだ。男が犯した瞬間、全身に奇妙な感覚を覚え初めて自らの意思を持って自身の呪力を自覚した。
 毎秒全身から流れるこの呪力は反転しておりそれが他者に干渉した瞬間に精神を乗っ取る。自分ではまだその程度を図る事が出来ない為、相手に猶予を残さない程全てを乗っ取ってしまう。乗っ取られた相手は四六時中 に心奪われ最終的に気をおかしくし死ぬ。その教祖は半月後に死んだ。呪力のコントロールをしなければ対象はすぐに死んでしまうのだと気づいた。死なない程度に操る必要があった。
 教祖が死んですぐに一人の男が教団を訪れた。。こちらをそう呼ぶ男。実父だった。彼はどこからかの噂を聞きつけたらしい。呪術師としての力を利用し次期教祖として現れた。
 の中に実父の記憶はない。彼は教祖となりを犯し死んだ。自殺だった。が彼を実父だと知ったのは、犯された直後の事だった。何のタイミングなのかは分からないが、父親は を犯してすぐに正気に戻った。だから死んだ。
 その後教団がどうなったのかは知らない。はその足で教団を離れたからだ。独学ながら死なない程度の呪力量に抑え意識的に操る対象を選ぶ。この二年はそうやって生きて来た。



「……傑」
「!」
「ちょっと、実家行って来るわ」
「了解」
「お前も来るんだよバカ」
「はっ?」



 五条はその足で実家へ向かい御三家に召集をかけた。まったく乗り気でない は最後まで抵抗していたが、そんな生き方してどうするんだよ、という五条の言葉に頷かざるを得なかった。
 久々に訪れた五条家は懐かしかったが、強張った関係者の顔を見るに単純な懐かしさに浸るわけにもいかない。能力と共に成長した を皆、恐れの目で見ていた。の噂はぼちぼち耳に入ってはいたらしい。だったら言えよ、と五条が呟く。



「お前の父親はどうした」
「死にました」
「!」
「私の目の前で死にましたよ」



 詳細までは言う気になれず結果だけを伝える。禪院直毘人が続ける。



「お前さん、まだ呪力のコントロールが出来とらんだろう」
「……」
「詰まらん術師とはわけが違うんだぞ。そこら辺どう考えとるんだ」
「……」
「彼女の魅力は呪いであり人心を狂わせる。あれを術師と呼ぶか呪いと呼ぶかで意見が分かれているのが現状だ」
「おたくはの力が欲しいんだろ」
「我々は隔離し研究すべきだと思いますね、余りにも危険すぎる」
「私は―――――」



  が口を開こうとした瞬間、五条がはっきりと返した。自身にコントロールさせ術式を完成させるべきだ。思わず五条を見る。



「責任はウチが」
「……出来なければ?」
「お好きに」



 最後まで加茂家はごねていたが、最終的に『は自身の呪力を年内にコントロール出来る様にならなければ生涯を高専監視下に置く』事になり手打ちとなった。 の存在はよくない広がり方をしている為、彼女は各国の機関や犯罪組織から誘拐される危機に晒されている。この二年間無事だった方が奇跡的な確率だ。そのまま条件を課され高専へ入学する運びとなった。



「まさかお前まで喰らうとは思ってなかったんけど」
「……そんなの認めらんない」
「まーねー」



 話をしている間には服を着ていて、まるで他人事のように興味さえ見せない。この思いを術式だと言われても納得が出来ない。硝子が爪を噛んでいる。ストレスフルという事だ。



「でも、俺も喰らってんだわ」
「……じゃあ、あたし月水金」
「俺、火木土って事で」



 の同意など得ずに二人で振り分けを決める。 はそれさえも興味がなさそうで、こちらを見ない。降って沸いた恋を術式だと言われてもまったく納得が出来ない。私はこんなにもを求めていて、誰にも渡したくないのに。



「……傑は大丈夫なの?」
「ん?」
「今更二日になんて出来ないわよ」
「あー、あいつは何か、大丈夫っぽい」



 五条がを見る。 が視線を逸らした。気に入らない。硝子は気づいていない。そこで少しの間話をして、硝子は五条とを置いて先に部屋を出た。思いの外、硝子は素直に身を引いたものだ。今日は木曜、悟の番だ。好きに を貪ればいい。彼女はそう言っていたし、今はまだ心の整理もついていないだろう。
 頭ではわかっているのに心と身体がまったくいう事を利かない。まるで道理のいかない恋という名の泥濘だ。硝子はそれにどっぷりと浸かっている。きっと今が一番いい時だ。焦がれて、欲して、貪りあって。それが全て術式による幻だなんて言われても納得出来るわけがない。中途半端なところで中断されたセックスはそのままに、これまであえて口にして来なかった疑念が転がり出た。



「お前、傑の事好きなの」



 急に何、と返したは確かに動揺していて、それだけで確信を得るには十分だった。ああ、そう、と笑う。
 別にいいんだけどさ。お前に対するこの気持ちもどうせ呪いなんだし、呪いが解けりゃ全部忘れるんだろうし。俺はマジで何年もお前を思ってて、お前に焦がれてて、だけど当のお前はそれは全て幻だとか言っちゃって。あーあ、心がザラザラする。お前の事なんて好きにならなけりゃよかったのに。
 頭では呪いだと理解っているのにどうしてこうも心とやらは諦めが悪い。さっきの続きをしようぜ、と腕を伸ばす。だってこの事態を諦めているお前は絶対に拒否しないと知っている。その身体を代償にしか生きる術を持たない哀れな女。わかっているのに心も身体もいう事を利かない。バカなのは俺も同じか。だけどお前。何考えて俺とヤってんの。
 が傑の事を好きだと知っていた。それはもう割と早くから気づいていて、これまでも幾度か傑が見ている事を知りながら とヤった。こんな事したって何の意味もないと分かっている。分かってるけど、別にこのくらいしたっていいだろ。こんなにお前の事を思っていても他の男を好きになるくらいなら。あの硝子まで の呪力にあてられたというのに、未だ傑が無傷の道理がない。
 自身、高専で五条からの指導を受け、呪力の制御は出来るようになった。術式『神の憂さ晴らし』を使い対象の心を意図的に操る事が可能にもなった。発動条件は対象者による口づけ。 自身が纏う呪力が呼び水となりの攻撃範囲に入ると対象者は軽い催眠状態に陥る。まるで生きた毒だ。脳から痺れさせる様な甘美な毒。それに触れれば瞬く間に全身に広がる。
 たる所以の強さはそこにあった。術式もさる事ながら全身に纏う呪力、それこそが魔性。まるで呪いのように全てを喰いものにする。操られるかの如くフラフラと に近づき、どこでもいい。唇でも手の甲でも、彼女の一部に口付れば術式は作動する。
 問題は彼女がそれを解除できない点であり、現在も尚、解除条件を模索している最中だ。一度かかれば二度と解けなくても構わない。そう思わせる。呪力調整が出来る現在ならば尚更だ。一生このまま飼い殺してくれよ。
 と俺がセックスをしていると知って尚、傑は何も聞いて来ない。この狭い人間関係の中でもめ事を起こしたくないんだろう。お利口な傑らしい選択肢だ。だけれど俺はそんなにいい奴でも優しくもないから、わざと傑が気づくように仕向けた。幾らこいつが傑に対して気を使っていたとしても、最中に漏れ出す呪力を抑える事は出来ない。
 あの日以来、傑は確実にの呪力にあてられているはずだ。の毒を喰らったはずだ。素知らぬ顔をしながら日々顔を合わせているが、絶対にそれは間違いない。だから早く堕ちよう。誰かが選ばれるくらいなら、三つ巴で地獄に落ちた方が、いい。










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 夏油傑は耐えていた。どうにかに対する劣情を自慰で誤魔化していた。正直なところ、ここ数年自慰なんてやるタイミングもなかったというのに(自慢ではないが私にはそういう事をしてくれる女の子が唸るほどいるのでね)駄目だ。無性に を抱きたくて仕方がない。
 こんな気持ちになったのは性欲を自認し初めてで、これまでも何となく性欲を発散したいな、と思った時は手近な女の子に連絡を取り解消していたというのに、今回ばかりは でないと済まない。愛でもない、恋でもない。そんな気持ちは抱いていないはずなのに劣情だけが嫌というほど湧き上がる。これは何だ?こんなものが恋だとでも言うのか?
 半月ほど前に見た悟との情事からこれは始まっている気がする。別に悟とは二人でナンパに出向く事もあり、場合によっては3P、4Pなんて経験もした。だから悟が女とセックスをしている場面なんて珍しくも何ともなくて、いや確かに高専内でヤるかね?と思いはしたが別にそんなのはどうでもいい。



「……っっ」



 自室で一人横になれば思い出すのはの事で、あの日悟に背後から突かれていた彼女の首筋、僅かに開いた唇。そこに抜き差しされる指、それを追って舐める舌。全てが鮮明に思い出され気づけば屹立している。思い出すだけでこれだ。どくどくと波打ち今にもはちきれんばかりに膨張した性器を掴み上下に擦る。
 こうして特定の誰かを思って自慰行為をするなんて未だかつてなかった。だって一人で処理するくらいなら、その相手に声をかけセックスに縺れ込んでも同じだったからだ。そもそも思い描くまで誰かを思った事もなかった。
 だからこれは由々しき事態だ。しかも思い出す彼女が悟に抱かれている。最悪だ。私ってNTR属性でもあるっていうのか。好きな女が他の男に抱かれている様で興奮しているのか。いや、でも好きって何だっけ?私は を好きだったっけ?
 ベットの上で横になり彼女を思い悶々としながら亀頭部分を重点的に刺激する。小さく呻きながら反芻する。駄目だ、こんな真似。余りにも不健全すぎる。自分の手の中でぐりぐりと刺激されるよりもやはり誰かにやって欲しい。そう思うのにどうしても他の女に触手が伸びない。 でないと意味がない。



「……っ、は」



 反対側の手の甲を口元にあてきつく目を閉じる。亀頭を擦る手がより早くなり手のひらで精子を受け止めた。こんな射精をここ最近繰り返している。射精後の虚しさといったらセックスの時の比例でない。ティッシュで精子を拭き取り、手を洗う為に洗面所へ向かう。



「あれ、まだ寝てないんだ」
「!」
「おやすみー」



 歯磨き終わりらしいとすれ違い罪悪感に襲われる。まだ寝てないも何も、つい先刻までキミを想像しながらオナニーしてました、なんて口が裂けても言えない。いっその事、誘いをかけてみようか。いや、でも悟の手前それはちょっと微妙か。悶々と考えていればつい先刻吐精したばかりなのに勃起していてマジで引いた。










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 五条との訓練で大分呪力をコントロール出来るようになったが未だ解呪が出来ない。タイムリミットは一月後にまで迫っていた。一月後には御三家の前でお披露目しなければならず、あれだけの大口を叩いた以上、出来ませんでした、という結末だけはどうしたって避けなければならない。
 というか、これで出来なかった場合は恐らく秘匿死刑になる。危険分子は処分すべし、が現状呪術界の考え方だ。秘匿死刑になるか、若しくは自由を極端に制限された後に研究対象となるか―――――死んだ方がマシだと思う結末以外想像がつかない。
 いよいよヤバいな、と五条が術を模索している最中、夏油が話しかけて来た。彼はのタイムリミットだけを五条から聞いている。



「進捗はどうなんだい、悟」
「よくないねー」
「マジか」
「どうしよ」
「期日までにが術式をマスター出来なかった場合、彼女はどうなるんだい」
「どうなるのかね」



 他人事のようにそう返すが、内心では右往左往だ。どうなるもこうなるもヤバい事になる。俺の恋心も完全に打ち止め。あいつとは二度と会えなくなる。触れなくなる。
 最後の最後に取って置いた最終手段を持ち出すべきか否か、いやだけれどそれは出来れば使いたくない。それを使いたくないが為に今この状態だ。
 ここ数日、何だか傑も挙動不審だし(まあこれは俺による軽い呪いのせいだろうけど) もそうだ。でどんどんと気持ちが増してるんだろう。そんなもん見せつけられてる俺の身にもなれってマジで。あいつを好きな気持ちを抱えたまんま、俺や硝子とセックスする の気持ちはマジで分からん。
 今まさには夏油と楽し気に話をしている。あの晴れやかな笑顔の裏には何が潜んでいる?昨日は硝子と朝まで、その前は俺と昼間っから。あんな恋してる顔ひとつ見せやしないで。
 そんな事を思いながら肘をつき二人の姿をぼんやりと見つめていれば硝子の顔が急に覗き込んできて驚いた。



「あんた、知ってたね」
「いよいよ気づいたか」
「マジで嫌なんだけど」
「俺も」
「他にないの」
「ないねー」



 硝子が頭を抱えマジかよ、と呟いた。俺だって硝子と同じ気持ちだよ。まさか硝子が俺とそこまで同じ気持ちだとは思ってなかったけれど。
 五条も硝子も、に術式が備わればこの気持ちは失せると分かっていながらもの進退は気になっており其々に調べていた。その結果がこれだ。二人して と夏油に視線を向ける。



「俺ら損してるよな」
「惚れた方が負けってか」
「やってらんねー」



 やってられないが他に術もない。と夏油がこちらの視線に気づいた。



「何だよ」
「何でもねーよ」
「二人して見てたろ」
「見てねーし!」



 の事は好きだ。多分、心の底から。何者にも変えられないほど。だからこそ終わりにしなければならない。きっとそういうのを、自己犠牲だとか言うんだろう。










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 私は、夏油の事が好きだ。いつからかは分からない。これまで誰かを好きになった事はないので、それが正しい感情なのかも分からない。私の呪力は強制的に私を好きにさせてしまうので、そもそも好きという感情に正しさなどないのかも知れない。きっと根拠もないのだ。だから呪力で容易く上書きされてしまう。人の感情などその程度だ。幼い頃からずっとそう思っていたから、誰かを好きになる事はなかった。
 高専に来て初めて普通の人らしい暮らしを営む事が出来た。隔離されず孤独にならず、同世代の人間と話し笑い暮らす。まさか自分のような厄介な人間にそんな時間が訪れるとは夢にも思わなかったからだ。だから、まず五条が求めて来た時に仕方がないと思い、次に硝子から犯された時に失敗したと思った。
 五条は五歳の頃からお前に恋していると言う。そんなに昔の事は覚えていない。だけれどきっとそうなんだろう。私は五歳の頃、五条に術式をかけてしまったのだろう。硝子には干渉が過ぎたのだ。自ら放出する呪力量を想定できずじわじわと冒してしまった。
 だから夏油とだけは間違う事が出来ない。唯一私が好きな男だ。初めて好きになった男だ。理由はわからない。ここでこうして暮らす内、自然に好きになった。きっと誰かを好きになるというのはそういうふわりと曖昧なものなのだろう。だから絶対に夏油にだけは知られてはならない。私に近づいてはならない。私を好きになってはならない―――――



「嫌ぁ!見ないで!!!」



 五条に背面駅弁の状態で抱え上げられ思わず悲鳴を上げた。正面には驚く夏油がいて、彼の目線は結合部分へ向いていた。硝子がドアを閉める。



「ちょっ……何をやってるんだ二人とも!」
「うるせー!お前が見てたの知ってんぞ!」
「!」
「しかも夜、思い出してシコってたろ!」
「ちょっ」



 五条に抱えられたは泣きながら喘いでいて、両手で顔を覆っている。余りにも刺激の強い光景に息を飲んでいる夏油の両腕を硝子が掴みそのまま真正面にある椅子に座らせ拘束した。両腕を背後に回した状態だ。 と五条を真正面に見据える。の狭い膣に五条の性器が出入りする様子がありありと見て取れ無修正の極みだ。五条との体格差は相当なもので、まるで人形の様に の身体は好き勝手に揺さぶられている。
 ヤバイだろこんな。



「離せバカ!何考えてんだ2人とも!」
「こうするしかねーんだよバカ!」
「はぁ!?」



 の術式は彼女のメンタルに紐づいている。あらゆる生き物に対し彼女の呪力は有効な毒であり、効果も永遠に続く。唯一の例外は が誰かを愛した場合だ。その場合、術式は瞬時に解かれる。だから彼女は誰の事も愛さず、愛してはならない。その強大な力を維持する為には何かを犠牲にしなければならないのだ。
 自身、自覚はなくとも自らが持つ力の業により誰かを好きになる事はなかった。そうあるべきだと信じて疑わなかった。夏油傑に会うまでは。



「すっごい気持ちよさそー」
「やらっ♡硝子っ♡♡ダメ♡」
「クリもめっちゃ勃ってる」
「ぁあああああっつ♡♡♡」



 結合部分の上部ではちきれんばかりに膨らんだクリトリスに硝子が吸い付いた。 が身を逸らし身体を震わす。椅子に拘束された夏油の性器も限界まで反り立っており今にも掴みかかりそうだ。辛うじて残った理性が状況を把握させようともがく。



「本当は俺がそうなりたかったんだけどね」
「やっ♡♡あっ♡あっ♡あっ♡♡♡♡」



 この思いが呪いによるものだとしても俺はお前に愛されたかった。一度呪いにかかったものは愛する対象にならない。全て の手の内となる。呪力はそれの呼び水だ。呪力で引き寄せ支配下に置く。



「お前に譲ってやるよ」
「え?」



 抱えていたを降ろし夏油に抱き着かせた。膝の上に上らせ背後から突く。 は夏油の首に腕を回し泣きながら喘いでいる。



「やめろって」
「俺だってやりたかねーよ」
「私ちょっともう我慢が」



 出来ない、といいかけた唇は に奪われ言葉は失せた。は泣いていて、それはこんな馬鹿みたいな真似をされているからだろうと思っていた。唇が離れた瞬間 が言った。



「大好き。傑、大好き」



 五条は口元を手で拭いながら夏油を見下ろしている。荒い呼吸のまま動きを止めそのまま溜息を吐いた。ふと視線を寄越せばすぐ側で硝子も泣いていて、そこで初めて気づいた。ここ暫く理由もなく に焦がれた気持ちが消えて行く。



「あんたに焦がれる気持ちがどんどん薄れてく。あんたがいなくなるよ、



 両手で顔を覆い泣く硝子はそう言い、 から性器を抜いた五条も恐らく同じような事を思っているのだろう。夏油の上から降りたも泣いていて、あれだけ屹立していたこちらの性器もすっかり萎えている。



「……こんなの、二度と御免だ」



 後ろ手に拘束されていた夏油の両手を五条が解放する。この部屋にいる全員が恋の終わりを感じていた。










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 四人全員の失恋を代償にの術式は完成された。彼女自身の口づけにより術式が解かれるだなんて、何てロマンチックな話だ。そう言ったのは確か禪院直毘人だったか。少なくとも の寿命は延びた。しかし、その術式の危険性により、高専よりセキュリティの厳しい施設へ移動する事になった。 が術式を得た今、これまで以上に彼女は狙われる事となる。御三家間のパワーバランスを考えてもそれが最良の判断だったと言える。 は監視下に置かれ呪術界で保護する運びとなった。
 の術式で恋に堕ちていた硝子はすっかり正気を取り戻した。恋に堕ちかけていた夏油も同じくで有り、何となくの心の痛みだけを残して記憶は消えているらしい。
 恋は幻の様に。
 全ての心の中にだけ残る。別れを惜しむ硝子と夏油と別れ外部と繋がる門まで歩く。内部と外部を繋ぐ結界の境目部分に五条はいた。



「あんた、かかってなかったでしょう」
「何の事?」
「私の術式になんてかからないもの」



 五条は本当に恋をしていたのだ。彼自身も気づいていなかった。硝子と夏油が僅かばかりの心の痛みを覚えたまま記憶を失っていた時にも、胸元を抑え唖然としていたからすぐに気づいた。操られ恋に堕ちたと思っていたのに、まさかこんな事になるとは。
 本当、最悪。最悪の女だよ。そういや悪女なんだっけ?



「ごめんなさいね」
「何が」
「愛せなくて」
「俺の事振ったクセによく言うよ」



 後悔するぞ、と手を振る。 の心の中だけに残るはずの思い出は五条と分け合う事になった。
 この一年、まるで夢のような日々。初恋は実らず、恋の終わりは余りにも儚い。