スキップで夜へ急降下





 と初めてのワンナイトを過ごして半月になる。というか、と出会ってから凡そ半月だ。彼女は極めて人懐こい性格で、初対面の脹相に抱き着きハグした。そんな事をされたのは生まれて初めてで、直立不動で立ち尽くす事しか出来ない脹相を前には、ウケる、と笑った。
 どうやら彼女は夏油の知り合いらしい。ウケる、と笑ってすぐに「やあ、久しぶり」と夏油の声が聞こえ、奴が背後にいたのだと知った。わざわざ会いに来てあげたわよ、と言いながら彼女は夏油にもハグをした。
 彼女はどうやら隠れ呪詛師らしく、表向きは呪術師として暮らしながらこうして夏油ともかかわり合っているようだ。ロクな生き方してないのよ、と言いながら壊相と仲良さげに盛り上がるを見て胸のときめきを感じたのも事実だ。
 と壊相はどうやら馬が合うらしくああだこうだと盛り上がっていて、こちらはそんな二人の会話を聞く他ない。口を挟もうとも弾丸トークを繰り広げられては入る事も侭ならない。
 血塗は何故だか会話に入れるようで(とはいえ会話にはなっていなかったが)弟たちとの姿をぼんやりと眺めていれば夏油が話しかけて来た。どうだい、魅力的な女だろう。そうだな、と率直な意見を返した。恐らくはそれに値する。



「余り深入りするなよ」
「どういう意味だ?」
「まあ、すぐに分かるさ」



 どうやらと夏油の間には何かしらの事情がありそうだったが深追いはしない事にする。そもそも夏油には余り関わりたくない。
 一頻り盛り上がった後、夏油がに「そろそろ行こう」と声をかけ、は「行かない」と返した。よく覚えている。夏油はあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべたがすぐにいつもの笑ったような顔に戻りもう一度「行こうか」と言った。そうしてに近づき肩を抱き―――――
 はその夏油の腕からするりと抜け出し脹相の手を取った。じっと覗き込むその瞳にまず吸い込まれ、次に触れた指の温かさに戸惑う。



「私、今日はこの人と行くわ」
「……
「別にいいでしょう」
「半分呪霊だぜ」
「気にしないわ」



 夏油は何だかんだと散々ごねていたがも結局は譲らず、何故だか選ばれた脹相を連れ夜の街へ繰り出す。これには特に何の意味もないのよと囁くに手を引かれ向かったのは駅前のラブホテルで、受胎した身体からある程度の知識を仕入れてはいたがいざそうなると戸惑う。
 全然私に任せてよ、と言うに逆らう事も出来ず為すがままこの身は貪られた。それがどういう意味を持つのかは分からず、それでも何かしら心の端っこの方がどうにかなってしまったようで、その日からが心に棲み着いた。
 二度目はそれから一週間後の事で、合計の回数で言えば現段階で4~5回はセックスをしたはずだ。二度目からは極力の手を煩わせないように尽力した。というか、気持ちの盛り上がりに我が心が食い荒らされた。この段階で心は完全に奪われていたのだろう。何とも恐ろしい話だ。
 の事を大事に大事に、まるで彼女は壊れ物かのように優しく触れ出来得る限りの愛情を伝えた。つもりだった。それなのに彼女は連れない。何なら初日が一番愛想がよかった。回数を重ねれば重ねる程の心は離れて行くようで狼狽える。



「だってお兄ちゃんとは付き合わないでしょ?ってどういう意味だと思う?」
「他にも男がいるって事ですよ、お兄様」
「そ、そうなのか」
「お兄様は所謂『セフレ』です」



 あの女、よくも、と憤る壊相は置いておいて、やはりそうなのかと半分納得した。恐らく夏油もその内の一人だ。



「というか、お兄様、あの女に本気なんですか?」
「愛していると思うよ」
「……そうですか」



 セックスしている時は可愛いのにどうしてそれ以外の時は可愛気がないのだろう?どっちが本当の彼女なのか?と真剣に相談してくる脹相を見て、これはもう取り返しがつかない状態だと察した。どうやら長兄はあの女に随分とお熱の様だ。いやいや嘘でしょ。我々兄弟以外に『愛して』いる相手が出来るとは。
 だけれどの話をしている時の脹相は酷く嬉しそうでこちらも二の句を告げられない。これが所謂『愛』の力だ。愛ね。腹の中でそう呟きながら溜息を吐いた。










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 その三日後の事だ。見るからに死ぬほど落ち込んでいる脹相を前に、確実に絡みであろうと予想する。二度ほど気づかない振りをしてみたが、どれだけ時間が経っても微動だにしない脹相が流石に心配になりいよいよ声をかけた。



「どうしたんですお兄様、何かお悩みでも?」
「……しつこいともう会わない!と言われたんだ」
「はい?」



 あのクソ女何を言いやがった、と思うも取りあえず話を聞こう。お話なさって下さいと返し脹相の話を聞く。
 どうやら前日もあの女―――――と会ったらしい。いや頻度多くないですお兄様?そこでこの極めて純情な長兄は愚直にも愛の告白をした。あんな女に。
 いや、正直なところの事は嫌いでない。夏油と付き合いのある怪しい出自の女だが他愛もない会話をする相手としては楽しく最高だ。会話のテンポも合うし友達であれば何ら問題がない。だけれど、いざ愛を語り合う相手となれば最低だ。話をしていてもすぐに分かるし本人も言っていた。
 というか初日にと脹相が消えた後の夏油を見る限り、確実にあの女は夏油とも関係を持っていた。露骨に不機嫌な夏油は血塗に八つ当たり紛いの嫌がらせをして来たので慌てて引き払った覚えがある。
 は愛するに値しない。そういうタイプの女ではない。それなのにどうやら脹相は既に心奪われてしまったようだ。長兄の純情が弄ばれつつある。



「バチ犯して差し上げればいいんですよそんな女!」
「そんな事をしたらが死んでしまうのではないか」
「別にいいじゃないですかそんなの」



 あれ死なないでしょ。



「いや、ダメだ。私は彼女を傷つけたくない」
「優しくしすぎるのも考えものですよ」
「そうか」
「たまにはビシッと決めて頂かないと」
「実は今から会うんだ」
「!!」



 もうそれは完全にガチ恋じゃありませんか、と言えずに話は終わってしまった。亡霊の如く覇気のない脹相を見送り健闘を祈る。何故あんな女がいいのだろう。










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 特に挨拶もなく愛想もない待ち合わせで黙ったままホテルへ向かう。は相も変わらず連れない態度で、まず顔を見ない。どんどんと彼女が離れて行ってしまうようで不安になる。
 ホテルの部屋に入って開口一番、は言った。私、もう脹相とは会わないから。所謂別れ話だ。覚悟はしていたが流石に堪える。だけれどこういう時にどうすべきかも分からない。前日に愛の告白をした事がマズかったのだろうと分かっている。だけれど込み上げる思いは誤魔化せない、相手に伝えずにはいられない。それを受け入れるかどうかはきっと又、別の話なんだろう。分かっている。
 俺はを愛している。何よりも大事に思っているし、彼女の幸せを願っている。だからこうして面と向かい別れを告げられた時もグッと堪え最後にもう一度だけ、と彼女を抱き締める。
 細くて柔らかいを抱き締め込み上げる涙を堪えながら自問自答した。本当にこれでいいのか?これが最後でいいのか俺。この夜が終わればもう会えない―――――



「……ッあ、脹っ!」
っ、っ!!」
「やっ、あのっ、ちょ」



 最初、脹相に手を出したのは夏油に対するあてつけでもあった。あの男との駆け引きは楽しいのだが面倒で、挙句あれはこちらを操ろうとしてくるので、ここいらで一つ喰らわせておこうと思った。
 別にあんただけじゃないのよ、私を好きに出来るだなんて思わないで。
 面と向かい脹相を誘えば夏油がどういう反応を見せるのかにも興味があった。
  脹相と消えた翌日、夏油は初めての部屋に来たし、疲れてるんだけど、といなすを背後から抱き締め「妬かせるなよ」と囁いた。身体の相性の良さは分かっていたが、そういう時の夏油はより一層激しくこちらを抱くものでの目論見は達成されたわけだ。
 特に心通わすわけでもなく身体だけの付き合いに於いて、気持ちよさの度合いは重要なファクターだ。脹相に手を出したのは拾いものだったらラッキーくらいの極めて軽い気持ちだった。
 脹相のモノは大きく最初はメンバー入り(が定期的に入れ替えをしているセフレの)を検討していたが優しいのだ。優しすぎるほど優しい。まるで絹でも抱くように優しく抱いて来る脹相相手に物足りなさしか感じなかった。
 挙句、脹相はこちらを愛していると言い出し、これはもう終わりにしなければならないと思った次第です。それなのに、



「あっ、あっ、あ、激し」
「すまない、ちょっ」



 止められない、と耳側で囁く脹相の声が脳を震わす。これまでは正常位しかしなかった脹相なのに、今回は初っ端からこちらの片足を肩にかけ深いところを抉るようなピストンをお見舞いして来た。その段階で様子がおかしいな、とは思ったのだけれど思考を止めるように口付け舌を絡ませる。
 この男、こんなセックス知ってたの?と思う間もなく剥き出しになったクリトリスに垂れ流される愛液を塗りつけを指で押し潰して来た。すぐに何度もイった。
 覆い被さる脹相の身体から逃れようともがくも微動だにしない。子宮口とクリトリスに与えられる刺激から逃げる事も出来ない。ようやく脹相が唇を離した。イき過ぎてぼうっとした頭は視界と直結しない。
 もう無理、と呟き身を捩り逃げようとしたの背中を抑えつけバックから挿入する。の背が反りすぐにイったようだ。一度タガが外れると歯止めが利かなくなる。が愛しくて仕方がない。



「お前が好きなんだ」
「やらっ♡♡やっ、や、ぁっ♡♡」
「お前が好きなんだ、!」
「イってるっ♡イってるからぁっ♡♡」
「お前も俺の事を好きになってくれるか?」
「やぁっ♡♡ヤダっ♡」



 途中までは辛うじて嫌だと発していたのだけれど、それもすぐに出来なくなる。というか何も考えられなくなって、とりあえず脹相に腰をがっちり抑えられているから角度を変える事も出来ない。もうイっている、何度もイっている。何回イっても止めてくれない。苦しい。息が出来ない。全身に汗をかきどこを触られても感じる程に敏感になっていて、それでも脹相は動きを止めない。
 もう碌々言葉にならないの返事を待ち、好きになると言うまで責め続けると言う。その言葉だけでイった。
 ヤバイ。何これ。死にそう。そんな事言うんだこの男。じゃあ『好き』って言わなかったらどうなるの。



「無理っ♡無理ぃっ♡♡」
「他の誰にも渡したくない」



 それから何度イったかは覚えていない。もう下半身は力が入らず痙攣しっぱなしで、汗と潮でシーツはびしゃびしゃ。射精を我慢している脹相もいよいよ限界のようで、ゆっくりと腰を動かしている。もう二人泥の様に絡み合い死んでしまいそうだ。
 脹相が、と名を呼び指先を滑らす。うう、と呻いたは幾度目か分からない『好きです、許して』をうわ言のように呟く。息も絶え絶えだ。だってもうほぼ死んでる。酸欠で脳は破壊された。



「俺以外の男は要らないな?」



 頷く。



「よかった」



 ぼんやりと見上げた視界には嬉しそうに微笑む脹相がいて、彼は汗を拭いながらこちらを見下ろしている。一生一緒にいような。他の男はダメだぞ、と念を押す脹相が覆い被さって来た。こちらはまるで身体が動かない。
 ゴムはしているはずだが脳裏に過ったのは、ヤバイこのまま孕まされる、そんな妄言だ。だけれど脹相は両腕でをがっちり抱き締めながら激しく腰を打ち付けている。ゴムがなかったら確実に妊娠してるだろうな、と思った。











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 翌朝、ふと我に変えれば隣には死んだように眠るがいて昨晩の一件を思い出す。しまった、やりすぎた。後悔するも遅い。昨日は恋しさにかなりやり過ぎてしまった。汗で張り付いた髪を指先で払いの顔を見つめた。
 それから小一時間後に目覚めたはじっと脹相を見上げ笑った。最初に出会った時みたいに笑った。別れの言葉はなかった事になり、脹相が望んだ通りの結末を迎える事には―――――ならなかった。



「お前はっ!あれほど俺が忠告したのに!」
「あっ♡あっ♡ごめんなっ♡さいっ♡♡♡」
「どうして他のっ、男とっ!」
「ごめっ♡あっ♡♡」



 の浮気癖は当然治まらなかったわけで、挙句彼女はそれを隠さない。むしろ脹相にばれる様なやり方をしている節がある。は昔から放蕩な女だしそんな真似は慣れているはずだ。それなのに必ず脹相が勘づくように他の男と寝る。
 つい10分前もここで壊相と話をしていたを、脹相が鬼の形相で回収しに来た。あんた浮気したの、と小声で聞けば昨日夏油とね。は平然とそう言う。脹相は大変怒っていての腕を掴み出て行った。



「お前は俺の事が好きじゃないのか!?」
「好きっ♡好きぃ♡♡」
「だったら、どうして……!」



 脹相は他の男と浮気したを激しく抱く。それはもう激情に身を焦がされたと言わんばかりに抱く。浮気した事実を怒るよりもまずその身体を手で触り確認する。
 別れ話の一件以降、脹相は又してもこちらを壊れものかの如く扱いだし触れて撫でるようなセックスしかしなくなった。いや、違う。これじゃない。どうにかあの時のようなセックスをして貰おうと錯誤しても中々伝わらない。
 そんな時、連れなくなったに業を煮やした夏油が半ば無理矢理こちらを襲いにかかるという事件があった。あの男は別にを愛しているわけでも何でもないのだが、手放すとなると惜しい。それが自らでなく側からのお別れとなれば尚、腹が立つ。最近おいたが過ぎるんじゃないか、と囁きながら身動きを封じ犯されながら思った。やはりこれだ。
 久々に満足なセックスを味わい(夏油は何だかんだと言っていたが正直な所、よく覚えていない)帰宅したを目にした脹相は瞬時に血相を変えた。靴を脱ぎながらああ、家にいたんだ、と言うを押し倒しどうして、と詰め寄る。は?どうしてバレた?と思ったがあのバカ男(夏油の事です)首筋に死ぬほどキスマークをつけてやがった。考えられない。
 誤魔化しようがないと思ったが、事態は思わぬ方向に転がった。脹相があの夜のような鬼責めを繰り出したのだ。これ、これ!!これだ!!他の男に抱かれれば脹相はあの状態になる。



「脹相っ♡好きぃっ♡♡」
「……っ!」



 潤んだ目で喘ぎながら名指しで好意を伝えて来るを前に、こんな状態でも照れてしまう己が情けない。彼女の足を抱えたまま思わず口元を手で覆った。の言う『好き』に身も心も奪われ激情に身を動かされてしまう。愛している、愛している。恐らくが何をしてもきっと許してしまう。手放せないからそうする他ない。分かっている。
 だけれど他の男に抱かれていると思えば気は狂いそうでの身を貪ってしまう。惚れたこちらが負けなのだ。きっと壊相の言う『犬も食わない』っていうやつなんだろう。