ピエロは泣かない





 六本木にあるとあるクラブの地下で月に一度開催される無差別級のバトルロワイヤルに顔を出し始めて半年が経過した。昼間は女子高生としてつまらない毎日を謳歌し、夜はこうして人を殴り憂さを晴らしている。
 無差別級とはいえ当初は男女別のトーナメントだったのだけれど、途中で主催が変わり望めば誰もが参加できるバトルロワイヤル方式に変わったのだ。
 勝者にはその試合で賭けられた金額の六割が入る仕組みになっていて、女同士の試合よりも男を相手にした試合の方が圧倒的にレートが高くなる。だから最近は挑まれれば男相手でも試合を受ける様にしていた。
 正直な所、勝率は微妙だ。男相手ともなると単純な力の差は歴然だし捕まればほぼアウト。女がボコられる姿を見て興奮するクソみたいな性癖の奴らも観客席には山といて、薄れゆく意識の中、奴らの下卑た野次を聞いていた事もある。



「お前、今度の試合にも出るのか?」
「竜胆」
「まあ、お前が出たら盛り上がるからな」



  新しい主催は灰谷兄弟と呼ばれる二人の男で、驚く事にタメだった。彼らはの試合を見てすぐにバトルロワイヤル制を導入した。



「私でどれだけ稼ぐつもりよ」
「稼げるだけ稼がせてもらうさ」
「私、アンタたちに殺されるんじゃないの」
「その時はその時だろ」



  しこたま殴られ意識を失ったを連れ、契約しているドクターに診せるまでが彼らの仕事だ。目覚めと同時に強い吐き気に襲われ血の混じった胃液を吐き出す。そうか、負けたのか。灰色の天井を見上げてすぐに思うのはそれで、激しく痛む腹に手をあてながら身を起こす。
 いい加減にしないと死ぬよ。ドクターは抑揚のない声でそう言い控室を出ていく。あの男、絶対に殺してやると思えるだけまだマシなのだろう。
 灰谷竜胆はのカルテに目を通しながら次の約束を取り付ける。お前ならこの程度切り抜けられるだろうと言わんばかだ。
 だからは言う。何れアンタたちに殺されるんじゃないの。



「目の下の傷、上手く隠してるな」
「コンシーラーでようやくね」
「顔を殴らせるなよ」
「無茶言わないで、あいつらはまず顔を殴って来るのよ」



  試合前、こうして控室で竜胆と二人、軽いキスを交わし別れる。当然恋人なわけでもないし、だからといって何の関係もないわけじゃない。先に手を出してきたのは竜胆の方だ。それを断らなかったのはで、その時も今もこの関係に関しては特に考えないようにしている。
 この男は主催者で、そこで踊り続ける。つい先刻、キスをした女が殴られる様を見て竜胆が何をどう感じているのかも分からない。
 が勝とうが負けようが関係なしに彼はVIP席から試合を眺めている。リングの中で対戦者の骨を折り立ち上がり見上げればそこに竜胆はいて、特に喜ぶわけでもなくこちらを見下ろしている。
 あの目がこちらを見ていると思う内はきっと止められないのだと知っている。だからきっと、何れ私は竜胆に殺されるのだろう。