酷い雨の日だった。
目の前が余りよく見えない程の豪雨、身体の芯まで冷えている。
まるで捨て猫のような有様で一体何をしているのかといえば
死に直面しているのだ。
薄く切られた箇所からじんわりと血が滲み余り身体の感覚はない。
きつく強く握り締めている鞘の感触だけがリアルなのだ。
対峙しているのは沖田総悟―――――
「アンタの男、出て来やしねェ」
この男の目的は分かっていた。
この先にいる晋助―――――高杉だ。
最初見た時は真選組の一人位の認識だったが、
一旦刀を抜けばその認識が間違いだったと知った。
この男は沖田だ。剣筋で知る。
「捨てられたんじゃあねェんですかィ」
自分を殺し高杉を殺すつもりだろう。その程度の予想はついた。
それならばこの男を殺す他手はない。
真選組と諍いを起すつもりはなかったがこれは想定外、仕方のない展開だ。
一際雨が強くなり雷鳴が轟いた。近くに落ちたようだ。
「やれやれ、でさぁ」
一歩踏み込み斬り付けたはいいものの。
ズルリとが倒れ込み
雨に叩き付けられている様を見つめながら沖田が呟く。
そうしてそのままに重なるように倒れ伏した。
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弾かれたように目が覚める。
何か夢を見ていたような気がするが覚えていない。
目に入るのは歪んだ、それでも見知った天井であり
寝返りをしようとすれば身体が動かない。
恐ろしさを感じる前にの顔を思い出した。
「気づいたか!」
「何してるんですかィ、近藤さん」
「俺はこうやってお前の看病をだな」
「チェンジ」
「お前・・・」
チェンジって何だ総悟、
正座をし甲斐甲斐しく看護をしていた近藤が
酷くショックを受けていればすっと襖が開き土方が入って来た。
目を覚ました沖田を見、微かに安堵の表情を浮かべる。
「何だ。手前も気がついたのか」
「手前も?」
「あの女も今しがた気がついたところだ」
「まぁだ生きてやがるんですかィ、しぶてぇ女」
「同じ事、言ってたぜ」
あの女も。
そう言えば沖田が無理をしてでも起き上がろうとするものだから苦笑した。
随分心配したがこの様子を見れば余計だっただろう。そう思えた。
総悟と近藤のやり取りを聞きながら溜息を吐く。
話はそのままの事になる。
は現在奥の座敷牢に入れており、上との話し合いの結果、
高杉の為に未だ処刑はされていないと告げた。
「・・・あの高杉がそんな話、のむわけがねェ」
「・・・」
「あいつは捨てられたんですぜ」
「そんな事ぁ当人にしか分からねぇのさ」
神妙な面持ちのまま突然口を開いた近藤に、
沖田が似合いもしねェ事を言うんですねィ、
何て言うものだから土方は何も言わなかった。
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どこに行きやがったんだと呟きながら
豪雨の中を歩いていれば血の匂いを感じ、
雨に叩き付けられている瀕死状態の二人を見つけた。
血相を変え近づけば沖田の下に倒れているのがだと知り
血の気が引いたものだ。咄嗟に脈を計れば弱いが打っている。
沖田の傷は見た目よりも深く、の傷は見た目よりも浅かった。
そのまま担ぎ上げ連れ帰れば騒然としたもので、
近藤の真顔等久々に見たものだ。
の存在に至っては驚きを越していた。
二人とも絶対安静との診断を下され、沖田は沖田の部屋に、
は奥の座敷牢に入れておく事に決定し意識が戻るまで様子を伺う。
血塗れの着物を脱がせた際チラリと見えた
の身体には古い傷が目立ち、医者が息をのんでいた。
同じく土方も目を疑った。
「よぉ、目ぇ覚めたか」
「・・・あんた」
「しぶてぇ女だぜ」
丁度土方が座敷牢を訪れた時には目を覚ました。
眼球だけで土方を捕らえたは驚きもせず視線を天井に戻す。
格子の前に近づき話しかけた。包帯に血が滲んでいる。
「高杉は来なかったぜ」
「へぇ」
「だから手前はここにいるんだ」
何故か無性に苛立つ。の反応にだろうか、分からない。
そんな土方を見透かしたようには溜息を吐く。
やはり随分痛むらしく眉間に皺を寄せた。
「・・・まぁ、しばらくは安静にしておく事だな。拾われた命だ」
どこかで聞いたような言葉だと思い閉じかけた目を開く。
少しだけ高杉の事を考えた。
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―――――あの女の事は知っていた。
少なくとも他の隊員よりは知っているはずだ。
あれはどこの廓だったか。
一昨年前に火が出、全焼した廓ではなかったか。
あの廓は随分評判が悪く、それでも格安の値段で女が買えた為
(話によれば子供と同年の娘を買う事さえ出来たらしい)
様々な人種が出入りをしていた。
お上に知れれば首をはねられかねない薬物―
阿片も吸う事が出来る場所だったらしい。
「何をぼんやりしてるんですかぃ、土方さん」
「もう歩き回っても大丈夫なのか」
「土方さんと違って、若いもんで」
あの事件から二ヶ月程経過した頃だ。
無論、高杉からの応答は一切ないままに歳月だけが過ぎた。
その間はあの座敷牢内で暮らしていた。
時折、近藤が様子を伺いに行っているらしいが
軽くあしらわれて終わるらしい。
それでもここ最近は自分の話のどの件でが
少しだけ笑った等と言う話を満足げに話している。
処刑に待ったをかけたのも近藤だった。
「オイ、どこに行くんだ」
「ちょっくら、便所にでさァ」
沖田の顔は見えなかった。とっくに通り過ぎていたからだ。
沖田の向かう方向に厠がない事は知っていた。
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余り日の差さないこの部屋にかれこれどの位いるのだろう。
格子があの頃を思い出させ辟易とした。
まあ幾らあの頃と似ているといえども、ここには高杉がいない。
それを考えれば嫌になる必要もないかと考え直す。
ここには何もない。時折顔を出すのは局長でもあり近藤、
そうして副局長の土方―近藤は下らない話を何かと口にするが、
土方は特に口を開かない。
「まぁだ生きてやがる」
沖田がいた。
まったく気配を感じなかったところを見れば鈍っているのだろう。
今殺されても文句は言えない。格子の向こう側に沖田はいる。
「何か用なの」
「いいや、只アンタの面ぁ拝んどこうと思っただけでさァ」
「殺し損ねたのがそんなに残念?」
「・・・」
「そんな身体で何が出来るって言うの」
「そりゃあ、アンタもでさァ」
「しつこい男ね」
当然のように刀はない。
格子に片手をかけている沖田にしろ、
壁に背をつけたまま座っているにしろ
未だ自由に動けないでいるのだ。口先だけの応酬になる。
「・・・何て目で見てんのよ」
「アンタも」
「殺し損ねたアンタが悪いんでしょう、」
「何で気ぃ抜いた」
「・・・」
「アンタァ、あの時。避けようと思えば簡単に避けられたはずでさァ。
どうしてあえて刃に向かって来たのか、
そいつが気がかりでうっかり寝てもいられねぇんですよ」
アンタまさか―沖田が続ける。
アンタまさかあの野朗が
助けに来てくれるんじゃねぇかだなんて思ってたんですかィ。
沖田はじっとこちらを見つめている。濡れた、深い眼差しだ。
―――――余り馬鹿にするなよ。
「下手に勘繰りやがって、
下卑た妄想してるんじゃあないよガキが。
欲求不満なのかい、あんた」
「アンタこそ、いい年こいて妙な期待しちまって、
夢でも見てんじゃあねぇかって思ったんでさァ」
「そんな事言う為にわざわざ来たっての、病みあがりにご苦労ね」
「アンタが死んでねェのも、殺しきれなかったのも・・・
何か、アンタ見てたら苛々するんでさァ」
何でですかねィ。
格子を掴んだ沖田の手、指先に力が入る。
「・・・別に、殺されかけたのが
初めてってわけじゃあないでしょう、アンタも」
「・・・」
「・・・初めてなの?」
沖田が顔を上げる。
やはり未だ本調子ではないらしく、僅か顔色が悪い。
真選組きっての腕を持っていると噂されていた沖田と
初めて遭遇しそのまま斬られたのだ。
それでも自身こういった目に遭ったのは初めてではなく、
あの大きな戦いの前に一度、真っ只中に二度―
こんなに平和な世になってまでも死にかけるとは
思わなかったがさして驚く事ではない。
まだ子供じゃあないか。そう思っただけだ。そして重ねた。己と。
時代は変われど若くして刀を持つ人物はいる。それが良くとも、悪くとも。
「目が覚めてからずっと、同じ夢ばかり見るんでさァ」
「夢?」
「毎晩毎晩、アンタを殺す夢」
寝巻きの胸元が肌蹴、短刀が目に入った。
沖田は座敷牢の鍵を力任せに破る。鈍い音が響く。
はで只そんな沖田をぼんやりと見つめていた。
ひた、ひた。足音が近づく。
「俺の中から出てっちゃくれませんかィ」
「・・・」
「何てェ、女だ」
沖田の腕がこちらに向かっていた。
思わず何故か連載みたくなってしまった。
というか最早高杉出て来てねェ、みたいなね。
今回は沖田の回みたいです。