幾つかの春を越すまでは自分も赤い柵の中にいたのだなあと、
それこそ他人事のように思っていた。
雲雀が声高く鳴き晴れ渡った空には嫌らしささえ感じられる。
余りに眩し過ぎるからだ。
数ヶ月振りと言えば大袈裟になるのだろうが
そう感じられるほど久々にお天道様を見上げた。
じっとあの赤い、厳重な警戒下監視されている女達を見ている。
少し高い丘から。
見ている間決して心は落ち着かず、どちらかと言えばザワザワとどよめく。
それでも目を離す事が出来ないのは何故か。そこに何を見ているの言うのか。
「・・・まぁた、手前はこんなトコにいやがるのか」
「晋助」
「眩しくて敵わねぇ。行くぞ、」
「・・・」
が日光を余り浴びない理由はこの男―高杉晋助にある。
病的に日光を嫌うこの男は太陽を半ば憎んでいるのだろう。
(何か特別な理由があるらしいが)
随分渋っていたが避けられない用件があったらしく今回昼間に外へ出た。
顔は知れているのだろうに隠す事なく人前に出る高杉は薄っすらと汗をかいていた。
「あたし、あそこに火をつけてやろうかな」
「あぁ?好きにすりゃあいい」
「元々真っ赤な場所だもの。火に飲み込まれたらそれこそキレイでしょうね」
「ぞっとしねぇな」
そいつはよぅ。
高杉が微かに笑った。
余りに馬鹿げた事を口走ったからだろうか。
「手前の故郷じゃあねぇか。そう邪険にするなよ」
「晋助」
ゆっくりと、それでも確かに傾く高杉の腕を取る。
片目だけで視界を把握するのはやはり難しく、
ひょんな時に高杉はバランスを崩す。
それはよく見ていないと分からない程僅かな変化だ。
それでも思わず手を伸ばしてしまう。
「あんなとこ、故郷でも何でもないわ」
「なけりゃあ俺とも会っちゃいねぇぜ」
「虫唾が走る」
「俺が存外好きだけどな」
その胸糞の悪さが。
日光に照らされた高杉の首筋が青く白く光っている。
そういえばこの男を初めて見た時もそんな事を思った。
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大体無言のまま、それでも無造作に襖を開け顔を見せる男を見上げていた。
少しばかり阿片に喰われていた視界は余り鮮明でなく、
何となくの輪郭が見てとれただけだ。
まあどんな姿形でも変わりはない、皆同じものを持ち同じ事をするだけだ。
だから視界は要らないだけの話。
緩々と視線を上げ男の動きを観察する。
まだ視界は生き返っておらず表情の有無がまったく分からない。
それでもこちらを見ているらしく男は口を開いた。
耳障りの良い、ゾッとする様な声だった。
「草臥れた女だな」
「そいつは悪かったね」
「死んじゃあいねぇようだな」
男の声が頭の中でクルクルと回る。酷く良い気分だ。
「中々に狂っていやがる」
「―何?」
「俺も久々に喰われてみるかな」
何を言っているのかと思えばどうやら男の足元に
水パイプを置きっぱなしにしていたらしい。
置きっぱなしにしていたというかハナからそこにあっただけというか。
何れにしても人に見つかれば大目玉どころか
殺されるかも知れないというのにまったく危機感がない。
いつ死んでも同じだからだ。最早屍同然、心の臓が動いているだけ。
ここは屍の屯する場所なのだ。苦痛を紛らわせる為に阿片を吸う。
恐らくは、どの部屋に行った所で同じだ。
隠しているか隠していないか、たったそれだけの差だ。
「・・・あんた、名前は」
「教えたところで」
手前は覚えやしねぇだろうな。
男はそう呟き、その後に高杉だ、そう続けた。
あたしはよ、そうちゃんと伝えられただろうか。
男―高杉は何も答えず、だから伝わっているのかどうか、
それがとても不安だったがこちらにもたれ水パイプを燻らせる。
ようやく顔が、表情がはっきりと確認出来た。
こんなに虚ろな眼差しでも面構えが良いと思えた。虚ろだからか。
目を閉じたまま男の呼吸を聞く。
時折何事かを話しかけられ、それにポツリポツリと答えた。
何を口にしたかは覚えておらず、
それでもその日から高杉はひょっこり顔を見せるようになった。
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「終わったか」
「えぇ」
「随分待たせやがる」
「意外と骨だったわ」
もうすっかりと日は暮れ高杉の姿は白くもなく闇に溶けている。
ようやく姿を見せた高杉はの背後に立ち、
彼女越しの光景を満足気に見つめた。
避けられない用件が転がっている―
「それにしても遅くなっちまったな」
「汚れちゃったわよ」
「似合いの色じゃあねぇか」
高杉の腕がを引き寄せる。
返り血を全身に受けているというのにだ。汚れる事さえ厭わない。
これは喜ぶべき箇所なのだろうかと毎度思う。
これを愛されていると思い違えていいものかどうか、
それとも単に利用されているだけだと割り切るべきかどうか―
果たして自分はどちらを望んでいるのか、それさえも分からないでいる。
高杉がを連れ外に出る時は大概がこういう流れになるのだ。
建前だけの交渉を行い、それは突然に決裂する。そうしての出番だ。
が立ち回っている間、この男はどこで何をしているのだろうか。
以前それが気になりあたりを見回していれば
少し離れた所で笑いながらこちらを見ていた。見物の様だ。
「歩き辛いから少し離れてよ」
「何つれねぇ事言ってやがる」
「晋介」
「今日の俺は気分がいいんだ」
何故。
それが聞けないでいる。
厄介な用件が終わったからだろうか、
それとも思い通りに事が進んだからだろうか。
その中に自分が入っているのかどうか、それだけが気がかりで故に聞けずにいる。
機嫌のいい時の高杉は饒舌で、そうして無邪気に笑う。
月がやけにデカイじゃねぇか、
そう呟き血のこびり付いたの髪に口付けを。
ああ。これは。
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梅雨入りをし酷い雨が降り続いていた時期だった。
相変わらずの生活を送っていたは雨の音さえ
分からない有様でろくろく客さえも取れないでいた。
それでも高杉は顔を見せる。
この男の前で死ぬのも悪くはないと思った。
何れ衰弱して死ぬはずだ。ゆっくりと呼吸が落ち止まる。
それを待つばかりだと思っていた。
「堕ちたもんだな」
「何?」
「どの道捨てた命だろう、俺の為に使いな」
「突然何を―」
「こいつは取り返して来てやったぜ、嬉しいだろう、」
「何」
「手前の命、この俺が買い取る」
高杉がこちらに投げたのは見覚えのある日本刀であり、
が悪い夢だと感じたのも仕方がない。
あの悪夢から逃げ出しようやくここに辿り着いたというのに。
急に吐き気を催しむせ返るが生憎何も胃の中に入っていないものだから何も出ず。
指先と言わず手が震えていた。
こいつはとんだくわせものだと思ったが身体が動かない。
「そう怯えるんじゃあねぇよ。俺達は同志だろう」
「何、」
「とっくに頭ン中ぁイカれちまって昔の事なんざ覚えちゃいねぇだろうが」
「あんたは」
「俺の下の名はな」
あんたいつの間に片目を無くしたのよ。
頭の中に浮かんだフレーズはそれで、声の変わりに涙が零れた。
間抜けになっていた己の頭と逃げ出していた事実に吐き気がした。
蹲り顔を上げる事さえ出来ないに何故だろう、
高杉はそのままを抱き締めた。
何故だろう。何故忘れていた、何故気づかなかった。
あんなに長い間一緒にいたじゃあないか、
そうしてこんな狭い部屋で幾度も顔を合わせていたじゃあないか。
「晋助」
「刀が泣いてやがる」
何故。
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「―で、何なんだ手前は」
「あんたこそ何よ」
互いに知っている事を隠す。
この先で高杉は用件を済ませているのだ。
まったくの偶然が訪れ真選組副長土方十四郎に
遭遇してしまったはこの男を斬るべきか否か、それを決めかねていた。
どちらの選択が最も高杉に望まれているかが分からない。
目つきの鋭いこの男の噂は少なからず聞いているし、
後々厄介な敵になる事も分かっている。
「目出度ぇ女だな」
「・・・」
「手前がどうなろうと、あいつは表情一つ変えやしねぇよ」
「仕方ないじゃない」
「何?」
「もう逃げられないんだから仕方がないじゃない」
「そんなもんは手前のさじ加減一つだろうよ」
「あたしがいなくなったら、あいつの片目はどうなるの」
が刀に手をかける。土方もそれに倣った。間合いを計り様子を伺う。
それでもまだ決めかねている。この場を乗り切るべきか否か―
「やめねぇか、」
「・・・高杉!」
「そんなモンの相手ぇしてるんじゃあねぇ。帰るぞ」
張り詰めた空気を斬ったのは他でもない高杉本人であり、
彼はそのまま土方の右隣をすり抜けた。もそれに続く。
無言のまま前を歩く高杉を見ながらそれでもずっと同じ事を考えていた。
この男の言葉なんてものを信じていいのか否か。
ああ、それでももう答えは出なくても構わない。
このまま曖昧に流していってくれるのならば。
「仕方ねぇとは、いい言い方だ」
「・・・」
お願いよ晋介、これ以上は何も言わないで。
リクE黒江まりもさんへ。
高杉で切ないというリクだったんですが、どうでしょう。
というかまず、遅くなって本当スイマセン(心の底より深いとこから)
切ないというか、何だ。救いようのない感じになってしまいました。
もうね、まずこの妙な長さから謝り倒したいんですけど(本当に)
あんたもう、阿片て(溜息を吐きながら)スイマセン・・・
しかもラストの方、オマケ感覚で土方を(何故?)出してみました・・・
というかこれ、勝手に連載になってしまいましたので(勝手な真似を!)
何気にまだ続きます・・・
リク、有難う御座いました。