何気なく、そうしてさり気なくだ。
まったく意識せず、だから予想だにしていなかった。
雰囲気にのまれるようなタイプではないと思っていたが
(そう、それはもムゲンも)一体何にのまれたのだろうか。
互いに思っていたから、等という淡い心は持ち合わせていないはずだ。
それならば行き着く先は欲求になるのだろうか、性的解消。
そこまで深く考えなくともいいはずなのに
悶々と考えてしまう理由は未だ分からずにいる。
一度、あれ一度きりだった。
その後生活に何かしら変化が見られるかと
(それこそ、その時は面倒臭ェとさえ思ったにも係わらず)
思いきや側には一切の変化は見られない。
只いつものように歩き話寝、ジンやフウらと暮らす。
結果温い罠に落ちてしまったのは自分一人だったという事に、
ここにきてようやくムゲンは気づいてしまったのだ。うろたえた。
昼間でも夜でも、いつでもいいからまずはを掴まえ話をしようと
(そうは言ったものの何を話していいのかさえ分からないが)
思ったが何故かは一人にならず、
そこで初めては大体ジンと一緒にいる事実に気づく。
余りに近くにい過ぎた為気づかなかったのだろうか。
それと同時に無粋な勘繰りまで入れてしまい何をしているんだと笑った。
そんな日々が幾日か続き、大体半月が経過した位だっただろうか。
ジンが所用で数日離れるというムゲンにしてみれば格好の機会が訪れたのは。
しめたと思いその日の夜、を連れ出した。
「どうしたの」
「どうしたのじゃねェよ」
「何?」
「・・・」
何。
そう言われ言葉に詰まる。
何かを言わなくてはならないと思いながらも
何を言っていいのかが分からないでいる。
何故だかこちらが一方的に思い違いをしているようで怖気づいただけだ。
だから心を通わせるだなんてやり方は間違っているんだとムゲンは思う。
心なんて通うわけがねェだろうが。
いつもならば無理矢理にでも迫り事に及ぶのだが
今回ばかりはそれも違うと思えた。
今求めているのは(恐らく)そういうものではないだろう。
やはり、心を通わせたいと思っているのだ。
通うわけがないと思っていながらも。
「昔みたいには戻れないのよ、ムゲン」
「そりゃ」
「どうなるのやらと思っちゃいたけど、あんたはあのまんま大きくなっちゃって」
「ジンの野朗がいるからか」
「何よそれ、ジンは関係ないわ」
「じゃあ、何でヤったんだよ」
「あんたは?」
あんたはどうなの。
好きだからヤりたいだなんて思いもしない癖によく言うわね。
腹の内を見透かしたようにが笑った。
だからだけが特別だというわけではないのだ、恐らく。
彼女だけが特別という事ではない、そう言いたいのだ。
もう昔には戻れないと知っているし、
誰よりもあの頃には戻りたくないと思っているはずなのに
目の前にがいれば思いが揺らぐ。
只お前にいて欲しいだけなんだよ。お前が欲しいだけじゃねェか。
「あいつとヤったのかよ」
「ヤってないわよ」
「・・・なら」
何も構いやしねェよ。
言い聞かせるように呟く。
数日前の情事が脳裏にこびりつき離れないだけだ。
だからもうその事しか考えられない、重ねれば又形が変わるかもしれない。
もうこんなものは要らねェと思えればいいものの。
腕を取り引き寄せれば大して抵抗をしないは簡単に手に入る。
どこかで狼が鳴いていた。
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出先から戻ったジンは名産らしい団子を土産に持って来た。
ジンとムゲンがそれに喰らいつき、あっという間になくなる。
は笑いながらその様を見ていた。
それでもどうしてだろう、やはりジンの事が気に入らず
(嫉妬と呼ぶとは知っていた)
夜中に目覚めればジンが起きていたものだからムゲンも起き上がった。
「・・・どうした」
「外、出ろよ」
「?」
言われるがままジンは立ち上がる。
先日と同じ、の時と同じだ。
何を話していいか分からないままに連れ出す。
宿代わりにしていた潰れた寺は黒く伸び、
今日は風が強いのだろう、木々がざわめいていた。
「の事か」
「んだよ」
「お前は、まったく」
色恋に惚けたのか。
「何が言いてェんだよ」
「彼女はじきにここを去るぞ」
「何?」
「逃げて来た、そう言っていた。何からは分からないが」
「逃げて―」
あの漠然とした恐怖だろうか、忌まわしい思い出が急に溢れ出た。
弱く貧しい人々は虐げられ、だから力が全てだと思ったのにだ。
「恐らく、追われているんだろうが―」
「連れて逃げりゃあいいだろ」
「俺達と一緒にいれば目立つだろうな」
ジン言葉に返せずにいた。
その時ふっと気配を感じジン、ムゲン、互いに振り向いた。
がいた。虚ろげな眼差しのまま木にもたれこちらを見ている。
じっと、只こちらを。
「馬鹿ねェ、あんたは、本当に」
「・・・」
「あたしと一緒にいたら殺されちゃうわよ」
「誰にだ」
「あんたと会ったのが、偶然なわけがないでしょう」
―――――ムゲン。
が呟く、木々が一斉に喚いた。
「偶然ではない、そういう事か。では追われているというのは―」
「それは本当よ。逃げたんだもの」
「標的は我々か」
「分からない、でも―」
今の内に逃げてくれれば殺さなくてすむ。
が言う。ムゲンは黙ったままだ。
「お前はどうなる」
「さぁ・・・まぁ今更戻れやしないし、あたしも逃げるわ」
「逃げ切れるのか?」
「さっきからあんた、聞いてばかりね」
ムゲンは黙っている。が近づいても尚。
「ねェ、ジン。ちょっと外してくれないかしら」
「・・・あぁ、分かった」
ジンの足音が遠ざかる。
すっとムゲンの頬に手を伸ばしてみた、軽く跳ねられた。
続きです。
何故だか常に冷静なジン。珍しく純情?なムゲン。
こうする予定ではなかったというのにムゲンが可哀想…