どうやら手ひどく怒らせてしまったらしく、
一昨日からクロコダイルはちっとも顔を見せない。
どちらかといえばナイーブなあの男の機嫌を伺うのは一苦労だ。
口数も決して多くはないし、だからといって無言の応酬はこちらが御免被る。
それでも楽しい会話は望めないのだから絶望的ではあった。
ハナから仲間は要らないと言ってのけるような男なのだ、
只その点はも同じだった為に問題にはならなかった。
独りで楽に生きていけば裏切られる事も、それに順ずる面倒もない。
一々、落胆はしないように暮らしてはいるが、
誰かと共に生きていくという事は様々な面倒を背負い込む事になるのだ。
クロコダイルもも、そんな事くらいは理解っていた。
理解っていて、そうして放棄したのだ。
それでも厭わないと言えるほどの強さは持てずに。相手を許す事が出来ないから。
これまで同じ事を何度も繰り返し、そうして信頼を殺し諦めばかりを手にしてきた。
「おっ。こりゃあ…」
珍しい。
向かい側から歩いてきたこの派手な男相手に、
気づかない振りは流石に通用しなかったらしい。
視線を逸らしつつ歩みを進めていたは面倒臭そうに足を止めた。
「ご無沙汰ぁ」
「何だ、手前。ヤル気のねぇ女だな」
「こんな所で何をしてるのよ、ドフラミンゴ」
「そいつは、俺の台詞だ」
「えっ?ここ、あんたのシマ?」
クロコダイルが怒り、そうして無言の応酬に耐え切れなくなったは
むしゃくしゃした状態のまま外へ出た。
ぼんやりとあてもなく進んでいれば、
どうやらこの男のシマに立ち入ってしまっていたらしい。
とんでもないミスを仕出かしてしまった。
こんな事がクロコダイルに知れれば更に怒りは増すだろうに。
「こいつは又、この俺に会いに来たのかと思ったぜ」
「あんたに会ってもいい事ないでしょう」
「そいつはどうかな、」
クロコダイルとは正反対の男だ。享楽的に生きる男。
裏切りも何も、信用さえもこの男を前にしたら意味をなさなくなる。
繊細さがないのだ。
「ちょっと、勘弁してよね」
「この俺は暇を持て余してるんだよ」
「あんたとやり合うつもりはないのよ」
「お前の気持ちは関係ねぇ」
「ドフラミンゴ―――――」
「いいじゃねぇか、たまには気晴らしに付き合えよ」
冗談じゃない、だったか。
答える前にドフラミンゴが敵意をむき出しにするものだから、応戦せざるを得なくなる。
こんな所で暇潰しに付き合っている暇などないのに、だ。
どちらにつくかを決めざるを得なくなった過去を思い出した。
成し遂げたい事が特になかったは、夢を抱いた男達をぼんやりと見つめ、
どうして自分には夢を抱けないのかと、少しだけ詰まらない事を考えたが、
結局はクロコダイルについた。あの男が仲間はいらないと呟いたから。
だからクロコダイルはがついた時も特に喜ぶ様子もなく、
むしろ眉間に皺を寄せたのだ。
ドフラミンゴは最初から分かっていたと言わんばかりに、
含み笑いをしていた。
「考え事をしている暇はねぇぜ」
「うるさい男ねぇ」
「もっと、もっと。この俺を愉しませろよ、!」
何故、海軍に入らなかったのかと聞かれる事がよくあった。
どうして海賊になったのかと聞かれる事と同じ回数だ。
どちらの問いにも、はっきりとした答えを返す事が出来ず、
未だに返答は保留している。
これまで生きてきた間、このドフラミンゴのように
不思議と害を成して来る輩が多すぎたからだ。
排除するために力をつけざるを得なかった。死にたくはなかったから。
「一体、何なのよ!」
大きな衝撃波が間を切り裂き、ドフラミンゴとの間が一気に開く。
壁に大きな亀裂が走り、建物自体が強く揺れた。もうじき倒壊するだろう。
「相変わらずいい腕だ」
「相変わらず嫌な戦い方するわね」
「俺のところに来な、」
美味しい思いをさせてやるぜ。
毎度のようにドフラミンゴが呟く言葉。
その都度、冗談じゃないと一蹴するは、今回もそう呟き窓から飛び降りる。
あの男にその気はなかったとしても(恐らくないとは思うが)
少しだけ気持ちが決まってしまった。背中を押してくれた事に関しては感謝をしている。
夜半過ぎにどうにか戻る事が出来たは、
クロコダイルに気づかれないようにとゆっくりドアを開けた。
この広い屋敷内、あの男がどこにいるのかは分からないが
明かりをつけずに、こっそりと歩いていれば問題はないはずだ。
「手前、こそこそと何をしてやがる」
「!」
「危うく殺す所だったぜ」
問題はないはずだったが、如何せん相手は砂だ。
気配もなく背後に立たれればなす術がなくなる。
クロコダイルは不機嫌そうに視線をくれ、
何かを言いかけたが言わず―――――いつもだ。いつもこうだ。
喉元まででかかった言葉を飲み、煙だけを燻らせ消える。
掴む事も出来ない。身も心も。
「ねぇ、心配してたの?あたしの事」
「俺が手前を?心配?そいつは笑えねぇ冗談だ」
「じゃあ何してたのよ」
「…」
じっと見つめ答えを待った。
返ってくる望みはないと半ば諦めてはいた。
クロコダイルは眉間に一際大きな皺を刻み、
そうしてわざとらしい大きな溜息を吐き出した。
心を通じ合わせるような真似は二人とも似合わない。
出来た例があったのかと言われれば、そんな事例はないと言うだろう。
クロコダイルはそういう男だ。全てに於いて打算的で、それでいて臆病で。
心は手に取るように分かる。似ているから。同じだからだ。
「あたしとあんたって凄く似てるわ、クロコダイル」
「あぁ?」
「分かってる癖に」
「知らねぇよ」
昔の話をしたがらない男だから、も昔の話はしない。
思い出話は一切しない。それでも覚えている。
ドフラミンゴからの執拗な要請を無視しているに
クロコダイルは呟いた。生き方が下手だな。
「いつになったら一緒にいてくれるの」
「…」
「あの頃も今も」
ドフラミンゴしかあたしに触らない。
あたしはドフラミンゴにしか触れない。
少しだけ語尾がきつくなってしまったかも知れない。
声が震えないように重々気をつけたつもりだ。
顔を伏せながら吐き出した言葉。
昼間にやり合った傷跡が今になって痛み出した。
戦い方だけではなく、傷跡の残し方まで嫌らしい。
左手で鳩尾を軽く押さえたは、
やはり返って来ないクロコダイルの言葉を待った。
「俺には、触る事が出来ねぇのさ。誰も」
「…」
「俺には誰も触れねぇ」
触れる先から消えゆくクロコダイルを見てきた。幾度もだ。
誰も触れないのならば、それはそれでいいと思っていたが
今のように我慢が利かなくなる時もくる。
目に見えているのに何故触れられない。
思わず手を伸ばせば少しだけ驚いたクロコダイルがこちらを見た。
消えない。掴む事が出来た。抱き締める。
そう、これがクロコダイルだ。目の前にある距離に彼はいる。
これまでもいた距離にだ。ようやく実感を得た。
「…ふざけた真似をしやがる」
そう呟いたクロコダイルは、それでも消える事無くそこにいた。
きつく抱き締めたところで心が通じ合うとは思わない。
鞠さんへ。
死にたい位遅れたリクエスト分です。本当にスイマセン。
クロコダイル、触れてみたい、との事だったんですが
結果、不器用クロコダイル…?という摩訶不思議な事に!
特別ゲストはドフラミンゴです。むしろ話の中盤にがっつり絡んでますけど。
このドフラミンゴは非常にウザイですけどね。
信用とか信頼とか、そういったものが嫌いなクロコダイルが繊細、という変換。
主人公の立ち位置が非常に分かりにくいんですけど、まあ、強いんじゃないですかね…。
心が通じ合うとは思わないけど、きっとこの二人の心は通じ合っているよね。
しかし、しかし。リクエストありがとうございました!