やさしい嘘のつき方

 

僅かながら波の音が聞こえていた。
心地よい揺れとカモメの鳴き声―――――
夢の余韻等忘れた状態で飛び起きたは裸足のまま部屋を出た。
甲板まで一気に走る。


「ちょっ…!!」
「お。早起きだな、
「お前…!?」


誰だと続ける気もなくなる。
キャスケットを被った男が自分の名前を知っている事よりも、
今現在この船が大海原を走り抜けている事が問題なのだ。
恐らく昨晩から走り続けているのだろう。
辺りは見た事のない景色になっていた。


「おっ、おい!何で船が動いてるんだ!?」
「はっ?いや、だってキャプテンが…」
「何!?」
「えっ?何でそんなに怒ってるんだよ…」
「…!!」


この男に怒鳴っても仕方がないと分かっている為、
それ以上は言葉を続けない。
あの男は一体何を考えているのか。
それにしたってここはどこなんだ―――――
色々考えればやはりあの男が一番悪いという結果に至る。


「…ローはどこだ」
「キャプテンならまだ寝てるよ」
「船長室だな」
「おっ、おい!!!」


シャチの静止も聞かずに歩き出す。
船長は低血圧だから、だとか起こしたら機嫌が最高に悪くなるから、だとか。
背後でシャチが叫んでいたが無視した。














力の限りドアを叩く。
一人前に鍵なんてものがかかっていたからだ。
いっその事、こんなドア一枚ぶち破っても良かったのだが、
まあよそ様のモノだから少しは遠慮をしてみた。
かれこれ数分はドアを叩いているのだが一向に反応がない。


「おい、おい!!ロー!!」
!!駄目だって!!」
「ドア、ぶち破るぞ!!」
「やめろって―――――」


仕切りに止めているシャチの動きが止まる。
視線を追えばどうやらドアを見つめているようだ。
顔面蒼白とはまさにこの事だと言わんばかりに
顔色が青白く変わっていく様はまあ、見事だった。


「―――――うるせぇな…」
「キャプテン…!!」
「下らねぇ用件で起こしたってんなら、ぶっ殺すぞ…」


ドアがゆっくりと開き、ようやくローが姿を現した。
不機嫌そうな面構えで目を閉じたままそう言う。


「どうして船が出てるんだよ!!」
「―――――あぁ…その事か」
「水上バイクはどこにあるんだよ!」
「捨てた」
「はっ!?」
「邪魔だったからな…」
「お前、ふざけるなよ!?人のモノを勝手に―――――!」
「あぁ…うるせぇ…」
「足がなきゃ帰れねぇだろ!?」
「…」


急に黙り込んだローはドアにもたれかかり目を閉じている。
どうやらの声は聞こえていないらしい。
しかし、これは困った事になった。
これまでで最悪の事態だ。五本の指には確実に入る。
の行動は主に水上バイクにて行われており、
あれがないとなれば動きは非常に制限される。
何より戻る事が容易でなくなる。


確かにこれまでにも大体、一月ほどふらふらと放浪し、
何となくシャンクス達の元に帰る、といった生活を送っていた。
長くて一月だ。
しかし、それ以上の期間を費やした事はなく、
シャンクスがどういった反応を見せるのかが分からない。大問題だ。
あの男はどういった行動を見せるのか。


何故シャンクスの事が脳裏を横切るのか、その理由は考えずに
只、対処を練っていればローの手がの腕を掴んだ。思わず顔を上げる。
目を閉じているとばかり思っていたローは薄い眼差しでこちらを見ており、
そのまま室内へを引きずり込んだ。














暗い室内には甘ったるい香りが充満していた。香の類らしい。
部屋の奥には這いずり出たばかりといった様のベッドが一つ。
厚い書籍が並べられた本棚の前には用紙が重なったテーブルがあった。
寝ぼけたローは椅子にぶつかり一度だけよろけた。
そのまま倒れるようにベッドに座り込む。


「…お前を助けたのは俺だ」
「はっ?」
「正直に言おう、。俺はお前を仲間にしたい」


言い方だけは希望のように聞こえるが、気配は有無を言わせない重さになっている。
俯いたままのローがどんな表情をしているのかは分からないが、
これは相当にまずい事態となった。


「無理だ」
「…そういう事を言ってるんじゃねぇんだ」
「あたしは―――――」
「お前、『命喰い』だろう」


全身の神経が一気に逆撫でされたような感覚に襲われる。
気が付けばローは視線を上げ、こちらを見据えていた。
この男、何をどこまで知っている?


「何を―――――」
「斬り口を見れば一目瞭然なんだよ」
「…」
「悪いが俺は興奮してるぜ。何せあの『命喰い』が目の前にいるんだ」


あの独特の斬り口に惚れただなんて口に出せないが、
感情のふり幅としては確かに似ていると思った。
そうして目の当たりにした現実、あの戦い方。
感服すると共に心を奪われた気分だ。
こいつを手放してはいけない。


「仲間になるのは、無理だ」
「俺達の命を喰うからか?」
「あたしは仲間を作らない」
「…その辺りは好きにすりゃいい」


どの道、足がなけりゃあどこへも行けやしねぇ。
ローはそう言い、笑んだように思える。見越していたという事か。
それなのには、そんなローの思惑よりも
自らが発した嘘の方にばかり気を取られていた。
シャンクスの名を出せば話はすぐに終わったはずだ。何故、隠した。
幾ら新進気鋭の海賊だったとしても、
真っ向から赤髪海賊団とやり合いはしないはずだ。
隠した理由は―――――


「足が出来るまでだ」
「あぁ」


他人に必要とされた現状に目が眩んだからだと知っていた。




ツイッターでの宣言からようやく更新。
一つの段階に移るまでが非常に長く、
危うく心折れるところだったよ・・・。
もうそろそろ、
ようやく書きたかったトコに到着できそうな予感です。
模倣坂心中 /pict by水没少女