守る者の苦しみ、生きる者の哀しみ

 

何故こうなったのか。
何故こんな事になってしまったのかを必死に考えていた。
言い訳か理由か、どちらでも大差はないか。
そもそも今は、そんなものを考えている僅かな時間さえない。
守る為に思わず飛び出してしまったものの、到底敵わないとは知っていたし、
彼は彼でが飛び出してくると知っていたのだろう。


全て知れているのだ。思考も、行動も、何もかも。
何も知らないのはローだけで、
の背後に蹲った彼の様子を伺う事さえ出来ないでいる。


ローばかりが状況を把握出来ず、この現状に驚きを隠せないでいるのだろう。
こんな、こんなつもりではなかったのに。


「…よぉ、
「シャンクス…」
「お前の帰りがあんまりにも遅いんで、迎えに来ちまった」


強い覇気と共に差し出される手。
あの手を掴めば、二度と戻る事は出来なくなる。
そのくらいは分かっていた。
そうして掴まなければどうなるのか―――――


「…!!」
「ごめん」
「お前、一体…!?」
「騙すつもりじゃなかったんだ、本当に」


あたしは。
つい先刻交わした約束が言った側から崩れ去っていく。
まったく詰まらない生き物だと自身を把握した瞬間だ。


「あたし、行かなきゃ」
「どういう」
「楽しかった」


ありがとう。
一歩踏み出すの足元で蹲ったローは
立ち上がる事さえ出来ず、それを見送る。
酷く混乱しているのだし、少なからず動揺もしているはずだ。


どうして今、目前でが去っている?
そうして、その先にはどうして赤髪がいる?
そもそも、どうしてこんな事になった?
全ては一時間前に遡る。














昼食が出来たとベポが呼びに来たのと丁度、入れ違いだ。
風の向きを見てくると告げたは、その足で甲板へ向かった。
洗濯物を日干ししたいという皆の希望の元、船を一旦浮上させたからだ。
洗濯一つ満足に出来ないまでも、乾き具合くらいは見る事が出来る。
せめて、そのくらいは手伝おうと思った。


シャンクス達の船とはまるで違い、カンカンと鳴る足音にも慣れた。
重いドアを開ければ眩し過ぎる日光が差し込み、目を細めた。
それにしても今日は天気がいい。
潮風になびくシーツやシャツに触れ、乾き具合を確認した。
その時だ。


「…元気そうだな、
「っ!?」
「騒ぐな、そのままだ。何事もないように、そのまま」
「…ベン…」
「俺も勝手な真似をしてるんでな、騒がれちゃあ面倒になる」
「どうして」


シーツの向こう側にベンがいる。いや、いるはずだ。
まだ姿を確認してはいない。
一瞬にして全身の毛が総立った。
何故ここにベンが。


「まったく、困った真似をしてくれたもんだ」
「何…?」
「よりにもよって同業者とは、お前も馬鹿なヤツだぜ」


すぐにばれちまう。


「一体、何を」
「シャンクスがお前を迎えに来た」
「な、に」
「お前が詰まらねぇ真似をしねぇように、まず忠告しとくぜ。逆らうな。お前は兎に角、絶対に逆らうな。お前が口にする言葉はイエス、それだけだ。他には何も言うんじゃねぇ」
「…!」
「そうしなきゃあな、どういう関係かは知らねぇが、死ぬぜ。お前の、お友達は。ああ、そうだ。逃げようだなんて、馬鹿な真似だけはするんじゃねぇぞ。これ以上煽るな」


俺の言った事は絶対に守れと言い残し、ベンの気配は消えた。
現状をどうにか把握しようとするが指先が震えて仕方ない。
膝から崩れ落ち、強い吐き気を覚える。刀一つ満足に握れない有様だ。


そうこうしていれば、ちっとも戻らないを心配したベポが顔を出す。
、何をしてるの。
ベポの声が聞こえた。顔を上げた刹那、翳る影―――――


「船を、出せ!!ベポ!!」
!!」
「いいから、早く!!」


恐ろしくて視線を向ける事も出来ない背後から、一本の腕が絡みついた。
そして続く重圧。震える指先から滑り落ちた刀が甲板に落ち、硬い音を立てる。


願わくばこのまま、この船を沈め一刻も早く逃げてくれ。
風よりも早く、この恐怖から逃げ出してくれ。
強い風が吹き、シーツがバタバタと音を立てる。


「あいつはお前の、何だ?…」
「…シャ」
「お友達か?なぁ、


問いかけの正しい答えが分からない。
どの言葉を選べば背後の男は矛先をこちらに向けるのか。
間違えば次はない。


「どうした、!!」
「―――――!!」
「やれやれ…まぁた、お友達が増えやがったか」


それなのに彼らは、こんな自分を心配し地獄の淵に駆けつけた。
反射的に筋肉が動いたのだろうか。
こちらを捕らえたシャンクスの腕が力を増した。


そうしてこの光景を目の当たりにしたローの眼差しだ。困惑しきった彼の顔。
胸が締め付けられた。そのような気持ちになったのは初めてだ。
泣きたくなった。悲しみとは違う涙だ。苦しいから。


「どうした、。随分、苦しそうだな」
「…いや」
「―――――赤髪…!?」


ローが呟いた瞬間、シャンクスが視線を上げた。腕が離れる。


「こいつはどうも、ウチのが世話になったみてぇだ」
「…!?」


まるでスローモーションだ。
ゆっくりとローに近づくシャンクスと、その背後に見えるベン達。
ベンと視線が合った。瞬きを一つ。
震える指先で刀に触れ、思うように動かない足をどうにか立たせる。


やめろ、やめろロー。何もするな。動くな。
空しい願いを抱く。
こんな恐怖を目の当たりにし、何もするなという方が無理なのだ。
ローの指先が微かに動く。


「…ほぅ、やる気か、小僧」
「やめろ!!」


恐ろしいまま間に飛び込み、シャンクスの刃をどうにか抑えた。
刀傷は負っていないのだろうが、衝撃によりローの身体は吹き飛ぶ。
の腕も同じだ。
強い衝撃を刃で受け止めた為、そのまま甲板に叩きつけられた。


「…どうした?
「っ…何でも、ないから」
「何がだ?」
「助けてくれた、だけだから…!!」


そうして前述の会話だ。
差し伸べられたシャンクスの手を掴んだ。
ロー達の方を見る事は出来なかった。
もう、この船はシャンクスに知られたのだ。
どこにいてもがいる限り安全ではない。
だから、もう二度と会う事は出来ないだろうと、知った。



まあ、久方振りの更新です。毎度。
話を進めてみました。
意外とベンが喋ったなあ。今回。
あ、それと、書いてて思ったんですが、
(自分で書いておきながら)
シャンクス、怖ぇー!

模倣坂心中 /pict by水没少女