かなしいまでに、あいを

 

『命喰い』の噂を耳にした時、例えようのない高揚感に襲われた。
これまでも海賊の数同様、海賊狩りの数も存在したし、
そんな輩から命を狙われた事もある。
それでもこれまでは他愛もない力量の輩だった為、単なる笑い話で終わっていた。


『命喰い』の噂を耳にし、現状の被害を目の当たりにした瞬間だ。
憎しみばかりを抱いている切り口に目を奪われ、
どんな生き方をしたらこんなにも殺伐とした現場を残せるのか、
そんな事を考えるようになる。


何だろう。率直な疑問はそれだ。
これは果たして何なのだろう。この気持ちは一体。
あの酒場の裏で『命喰い』の姿を目の当たりにし、
憎しみの矛先をこの目に焼き付けた。逃せないと思った。


これはきっと恋しい、だとか愛しい、だとか
そんな感情を越えた、逃したくないという欺瞞。
他に類をみないという確信。
誰だってこの世で唯一のものを欲しがる。
は、それだった。
ベン達は驚いていたが、元々自分のやる事に口を挟まない。
何となくだろうが受け入れた。


近づいてみて分かった事だが、は何も知らない子供だった。
只の子供だ。命を奪う行為以外何も知らない子供。
壊れるものは何もなく、最初から何もなかったのだと知る。
だから惹かれたのだろうかと思ったが、真意は分からない。
何も分からないを前に、汚い心が姿を見せたのは確かだ。


思い通りに育ててやろう。自分が望む、理想の女に。
強く気高く、自分だけを愛する女に―――――
エゴだと知ってはいたが、欲求は抑えられなかった。
他のクルー達は苦笑いを浮かべ、様子を伺っていたように思える。


…」


今回の件でもそうだ。
が姿を晦まし、他の海賊船に乗り込んでいると知った時。慟哭。
当然のように迎えへ行ったが、どうやらはそれを望んでいなかったらしい。
まったく、想定外の出来事だ。


人に怯え、刃を向ける事しか出来なかった彼女を守り、
そんなに怯える事はないと諭したのは自分なのに、どうして望まない。
あんなに傷ついた顔をして、怯えた眼差しでこちらを見上げて。
頭では理解しているが、どうにも心が理解出来ずにいる。


あんな若造に今更いい所だけを掻っ攫われるわけにはいかない。
俺は誰よりもを愛していて、
誰よりもを思っていて―――――


、起きてるか」
「…」
「今日の事は、多少乱暴なやり方だった。俺ァ反省してる。だから、話し合おう。 納得いくまで、ちゃんと。俺ァお前を、傷つけるつもりなんざ微塵もなかったし」


ドアの外から幾ら話しかけようとが反応を示さない事は分かっている。
これは自己満だ。言い訳をしたいだけだ。
どうせ振り返れば皆が興味深そうにこちらを伺っているのだろうし、
それさえも厭わない。本音を言えば顔を見たかったが、それは叶わない。
もう一度、大きな声での名を呼んだ。














自室に戻り、真っ先にした事といえば資料の見直しだ。
知らない情報が余りに多すぎる。
に関する知識が足りない。


『命喰い』は前触れもなく現れた。
どこの出身なのかも分からず、性別も分かっていない。
だから、一番初めに事件を起こした場所を探した。
恐らく、その付近がの育った場所だろう。


それと同時に赤髪のシャンクスとの関係も追う。
現に目の当たりにしなければロー自身、信じる事など出来なかっただろう。
あの男が側に置いておきたいと思うほどの女がだ。
確かに、あの斬り口にはロー自身目を奪われたし、
絶対に仲間にしてやると色めき立った。
きっと、赤髪も同じように高揚したはずだ。
あんなに何も出来ない女なのに。


赤髪からの一撃を喰らい、
面食らった自分を咄嗟に庇ったを覚えている。
震える指先をどうにか抑え、赤髪に対した。
『命喰い』さえ震えるのが赤髪だ。
正直、女に守られた事は初めてで、どうしていいのかが分からなくなった。


「いや、違う…こんなんじゃねェ」


を無理矢理船に乗せ(あれは確かに、拉致に近いものだったかも知れないが)
少ない時間を共有したが、の心はちっとも読めないし、
彼女の過去一つ知らない有様だ。
普通の女相手なら、とっくに褥を共にしているはずだし、
知らなくてもいい好物だって知っているはずだ。
そんな事も出来ず、それなのにがいなくなった現実が心を刺す。
忘れられない。


このまま逃して堪るかという思いは山ほどあるのだが、
どうしていいのかが分からない。
気持ち一つ置いたまま、の気持ちはどうなのかと考えれば、
情けないかな欠片も分からず、目に見える文字ばかりを眺め、
答えを見つけようともがいていた。














何もかもがなくなってしまったんだと感じたのは初めてでない。
希望を奪われるのは昔からで、
その都度落胆するような間抜けではないわけだ。
心なんて動かないし、たったそれだけの事だと受け入れる。
生まれてこの方、自分の力ではどうしようも出来ない事があると知っているのだ。
そういう事はある。多々ある。


だから今回も心、揺れ動く必要のない出来事だったはずだ。
それなのに、どうして涙が零れる。
先ほどからドアの外では、シャンクスが何事かを言っている。
どうやら謝っているらしいが、返事をするつもりはない。
眠って、数日経って、そうして忘れて。
忘れる事は出来なくても、押し殺して。そうして日々を暮らす。
ロー達を、すっかりと忘れて。


あの時、真正面からローを見つめた。
とんだ目に遭っただろうローは、手負いの状態で、
それでもどうしたんだと見つめ返した。
口にする事も出来ず、もう会えないと思った瞬間、
何故だかそれは伝わったようで、急に悲しくなった。
楽しかった日々は夢のようで、もう戻れないのだ。


心の中にシャンクスが居座っていた時点でこの終わりは目に見えていた。
自身の気持ちさえはっきりと分からないでいるのに、選択権なんて持てない。
シャンクスが大声で名を呼んだ。振り返る事無く、寝返りを打った。



毎度ながら久々すぎる更新。
三者三様という事で。

模倣坂心中 /pict by水没少女