僕が救いたかったもの





目的地がどういう場所なのかは知らなかったが、
どいつもこいつも口を揃えて止めた方がいいと言うものだから
頑なに向かってしまったわけだ。
この近辺で最も力を持った人間。
少し離れた場所でさえも名を知らぬ者はいないと噂されていた。
どんな野朗かと興味を持ち、手合わせの一つでもしてみようかという軽い気持ちだった。


指示された場所は廃れた街並みを抜けた先にある。
皆、恐れ名前さえも口に出したがらなかったところをみれば
相当な相手のようでキッドは笑う。
そいつの陣地に一歩でも足を踏み入れた奴は
生きて戻りはしないなんて伝説みたいな噂の流れている相手だ。
暇潰しにはなるだろう、浅はかにそう思っていた。


段々と街並みが退廃していき、道々に客引きの女が目立ち始める。
お世辞にも綺麗とは言えない街並みに少しだけの嫌悪感を。
女達は総じて斜めからキッドを見つめていた。


「何だこの街は」
「そういう街なんだろう」
「薄汚ぇ街だぜ」


噂に寄ればそいつはこの薄汚い街で一番大きな酒場にいるらしい。
まあ場所も分からず手近な女に聞けば気だるそうに指を指される。
振り返った先がその酒場だ。
陽の暮れ始めた時間帯でさえも営業しているところを見れば日がな開いているらしい。
薄汚い街に古い酒場。まるで昔の映画のようだと思った。









酒場の中は野朗と女で入り乱れていた。
どうやら二階が商売部屋になっているらしい。
野朗達が視線を寄越し一斉に逸らす。
こんな辺鄙な場所にでも一応名は通っているらしい。
女達がじっとりとした視線をこちらに寄越していたが無視した。
まず店主に声をかける。


「おい、ここに―――――」
、客だ」
「あ? だと?」
「店を壊されちゃ堪らねぇから、外でやってくれよ」


キッドの声に耳を傾けず店主はカウンターの一番奥で突っ伏している女に声をかけた。
商売女と大差ない格好をしている女だ。右腕全てを覆うようなタトゥーが目に入る。
と呼ばれた女はゆっくりと起き上がりこちらを見た。


「…何よ」
「女じゃねぇか」
「だーから、何よ」


グラスの中身を一気に煽り又、突っ伏す。どうやら出来上がっているようだ。
気を削がれたキッドは決して好まないタイプの女の隣に座り酒を注文する。
女は動かない。


「おい、コイツが本当に噂の奴なのか」
「そうだよ」
「只の商売女じゃねぇか」
「まあ、そうだね」


店主は少しだけ困ったような表情でそう言うし、
女は寝てしまったようで起きない。


「おい、テメエ」
「…最悪、あいつこれで何度目よ」
「あ?話を―――――」
「ぶっ殺してやるわ」


ユラリと女が起き上がった気配がした瞬間に彼女は店を出ていた。
今の今まで横でくだをまいていた女が、だ。
キッド同様キラー達も徐に立ち上がる。
女のいた席には水滴のついたグラスだけが取り残されていた。
急いで店を出、女の姿を捜す。
派手な装いの女だ、すぐに見つける事が出来た。


「おい、おい!!」
「さっきからあんた何なの」
「テメエこそ一体」
そう口にした刹那だ。女が足を止め前方を見据える。
一気に場の空気が張り詰め、あれだけたむろしていた女達も姿を消していた。
雑然とした街並みが閑散とした瞬間。


「シャンクス!!!」
「よぉ、


女が声を張り上げ動いた。
それこそ目にも留まらぬ速さでだ。
一拍置き視線を向ける。
確かシャンクスと叫んでいた。赤髪か。


「おい、何だありゃあ」
「四皇の赤髪だろ」
「一体何が起こってやがる」


目の前で繰り広げられているのは、とんだ大喧嘩だ。
殺す気で向かう女に対し殺す気で応戦する男。街が徐々に破壊されていく。
呆然と目にしていれば火花がこちらに向かってきそうで少しだけ距離を置いた。
桁の違う戦いだ。何故こんなにも辺鄙な場所でこんな戦いを目の当たりにしているのか。


「お頭、そろそろ出るぜ」
「あー分かった、分かった。悪ぃな 、そういう事で―――――」
「ちょっと!!話はまだ終わってない―――――」


これは話し合いじゃないだろうと思いながら
赤髪の振り上げた一撃を見つめていれば の身体が大きく吹き飛ぶ。
そうしてそのまま少し離れた所に立っていたキッドに突っ込んだ。









「何だ、よく寝てたな」
「痛ってぇ…なんだ、ここ」
「あの酒場の上だ」


薄暗い部屋だった。
そうして異様なまでに原色に彩られた部屋。
壁中にかけられたドレスの仕業だ。
薄い壁越しに女のあえぎ声が聞こえていた。


「よっぽど辺りどころがよかったんだろうな」
「何?」
「随分、気を失っていたぞお前」
「情けねぇ…」


香の匂いが染み付いている毛布を払いのけ痛む頭を軽く振る。
キラー曰く、吹っ飛ばされた女がキッドに突っ込み、
そのままキッドは後頭部を強かと壁にぶつけた。
それだけならまだしも、どうにも女は
吹き飛ばされた際の衝撃をそのままキッドに流したらしい。
けろりとした表情で起き上がった は赤髪を捜したが、
そこは流石の四皇、霞のように消え去った後だった。
ふざけるなと一通り憤った はそこでようやくキッドの存在に気づき、
どうしたのよと駆け寄った。


「ふざけやがって、あの女…!」
「まぁ、そう言うな。メシをおごってくれるそうだ」


じゃあ俺は先に行ってるからな。
キラーはそう言い部屋を出て行く。気がつくまで待っていたのだろう。
こんな部屋、喘ぎ声をBGMに暮らす女の部屋。
床にはヒールが脱ぎ散らされている。


「あら、あんた起きたの」
「テメエ…」
「何かぶつかっちゃったみたいで、ごめんね」
「何で四皇とやりあってる」
「…聞いてくれるの?」


こちらとしてはシリアスに展開を進めようとしていたはずだ。
なのに目前の女は俄然目を輝かせこちらに寄って来るものだから驚いた。
ベッドにかけ足を組む。 の話はこうだ。
何回か客として顔を合わせている間に惚れたと。
そうして遊ばれたと―――――
下らねぇ、心底そう思った。
たった、それだけの為にあれだけの戦いを繰り広げるのか。
あれだけの力を持て余し。


話を聞いていれば一度や二度ではないらしく、
顔を合わせる度にこうなるものだから
赤髪の方もここ最近は隠れながらこの街にやって来ているらしい。
しかしその度に見つけ追い掛け回す。性質の悪い女に好かれたものだ。
熱の入った口調で、それでも涙を浮かべながら下らない恋の話を聞いていれば、
詰まらない疑問ばかりが脳裏に浮かぶ。


「お前はどうしてもっと高みを目指さねぇ」


あれだけの力を持っておきながら。
はきょとんとした表情で暫くの間キッドを見つめる。
そうして、あたしは女だから。答えにならない返事を返した。S





初キッド…
…これは、何だ?
何一つ芽生えていない夢…?
内容としては力を活かせていない主人公を
惰性の日々から救おうとして失敗したキッドになってしまった。
まあ、要らん世話だと言われればそこまでですね。
2009/12/05

AnneDoll/水珠