それが唯一、僕にできることだから





彼女が言ったからだ。何なく口にしたから手を取った。
年中雪ばかりが降り続く場所だったから、目の前は果てない白に覆われる。
逃げ出す事に何の意味も見出せはしなかったものの、
まあ彼女が望むのならば、そう思え断る理由もなくなった。
頭で押し留め切れない程、感情のバロメーターが振り切ったなんて
自分が口にしても信じがたいとローは思い、しかしその通りだとも思っている。


口にする事さえ憚れるレベルの夢物語を抱いてしまったのだ。
他に誰も、自分と 以外の誰もいない世界を作り上げたいと。
誰の目にも触れる事なく誰も見ず生きていける世界。
そんなものはないと知っていながら。


寝具の中で寄り添い口走った戯言を彼女は覚えているだろうか、
夢うつつの中呟いた戯言を。
確か は少しだけ笑いながら、傷付きあうだけじゃないかしら、そう言った。
あたしとローしかいなかったら傷付きあうだけじゃないかしら。
その時は絶対にないと思いはしたものの、
現に飛び出せば彼女の言葉は真実味を帯びてきた。
凍え寒いと呟く はローの手を離さない。


「ねぇ、ロー。どこに行くの」
「分からねぇよ」
「このまんま雪原を抜けても何もないわ」


又同じ雪原が続くだけ。そんな事は分かっている。


「けど、誰もいないぜ」
「そうね」
「もう、とっくに、誰もいやしないが」


睫さえ凍り白く彩られた の顔を見つめれば
自分が酷く残酷な事をしているようで、少しだけ胸が痛んだ。
このまま先へ進めばどうなるだろうか。
途中で力尽き息絶えるか。 の両親のように。


未だ階級制度の根強く残ったあの町では決して結ばれず、
だからといって逃げ出せば両親と同じ道を辿る。
彼女を買い取る程の力は持てず、しかし手放せる程度の情はとっくに過ぎた。
自分とさえいる事が出来ればそれだけで、他には何も望まないと彼女は囁いた。
鵜呑みにしてしまった。互いに、何も失うものはないと。
感覚さえ危うくなった指先に力を込める。
ふと振り返れば足跡さえなくなっていた。





何の話だ。
裕福な家の子供(ロー)と貧しい家の子(主人公)
の逃避行劇、のようなもの書いて…?
きっと果てには何かがあるさ。
2009/12/05

AnneDoll/水珠