君は僕を憎むだろうか





何故だか三日前から の様子がおかしい。
妙によそよそしく、尚且つ苛立っている、
と思えば見るも無残に落ち込んでいる。
狭い船内で顔を会わせずには済まず、
だからといって顔を合わせようものなら踵を返す始末。
最初こそあの態度に苛立ちはしたものの、
こうも続けば俺が何かしたのかと不安にさえなってきた。


キラー達にその事を訪ねようとしても、
どうやら の態度は自分一人にだけ違うらしく要領を得ない。
何故だ。俺が一体、何をした。
考えれば考える程、何となくの心当たりが多すぎる為見当がつかなくなる。
いや、しかし。キッドの口が悪いのは今に始まった事ではないし
(しかし も大概、口は悪い)
彼女に対しての最低ライン
(喧嘩の際には殴らない、だとかまあその程度の事だけれど)は守っているはずだ。


ならば他に好きな男でも出来て、
そうして別れを切り出すタイミングを伺っている?いや、そりゃナシだ。
そのような事を延々と考えていれば眠る事さえ出来なくなる。
故に今日のキッドは睡眠不足で機嫌が悪い。
そういう所だけ と同じ、俺達は似たモノ同士って事でよくねぇか。駄目か。
寝不足の頭を引き摺りながら船内を歩く。ろくな考えが出て来ない。


「ねぇ、キッド」
「… !」


何よその反応。
そんな時に限って の方から声をかけてくるものだから死ぬ程驚いた。
機嫌の悪そうな表情のままこちらを見上げる
深い溜息を吐きながら自室へとキッドを連れて行く。
最初の頃は文句の一つでも言ってやると息巻いてはいたが
実際こうなってしまうと駄目だ、何も言えない。彼女の言うがままだ。
キッドを先に部屋へ通した はゆっくりとドアを閉めた。
もう沈黙に耐え切れない。


「…何だよ」
「…」
「何か、話があるんじゃねぇのか」
「キッド…」


がゆっくりと口を開く。これまで聞いた事もないトーンで。
沈黙に耐え切れず自ら口を開きはしたものの、
の言葉を聞きたくなく耳を塞いでしまいたい衝動に駆られた。どうにか堪えた。
ああ、分かったぜ、 。ならとっとと止めを刺せよ。


「生理が来ないの」
「…はっ?」
「生理が来ないのよ、キッド」


の口から放たれた言葉は予想だにしないもので、
驚いたキッドは言葉を返す事さえ出来ない。
一際深い溜息を吐いた は言葉を待っている。
けど、ちょっと待てよ。こういう時、何て言ったらいい?
そんなもん、誰も教えちゃくれねぇぜ。


「妊娠した、のか?」
「分かんない」
「いや、ちょっと待てよ。いつのだ、そりゃあ」
「それも分かんない、だってちゃんと避妊はしてたし、してたわよね?」
「してたぜ、俺は」
「ねえ、どうしよう!?」


これから新世界へ行こうとした矢先の出来事だ。
身重の状態でどうにか出来るわけもなく、
だからといって子供を産まない選択肢はあまりにも悲し過ぎる。
ならば は諦める事が出来るのか。
この旅路を途中でリタイアする事が出来るのか。
リスクを恐れ確実に避妊をしていたというのに何故。


「お前は、ここにいろ。寝てろ」
「キッド!」
「いいからそこにいろ、船長命令だ。俺が許可を下ろすまで部屋から出るんじゃねぇぞ」


どうにか言い終え部屋を出たキッドは思わず壁に手をつく。
そうしてそのままキラーの元へ向かった。









今朝は妙にキッドの機嫌が悪く、
寝不足か何かなのかと思っていれば青白い顔のキッドが名を呼んだ。
お前どうしたんだ。
キラーがそう聞けば何かを言いかけたキッドが溜息で濁す。
兎も角座らせた。


「…妊娠した?」
「…」
「お前、避妊は―――――」
「抜かりねぇよ!」
は何と言ってるんだ」


まずはそこだろう。
キラーはそう言い、落ち着けと諭す。


「言いたい事も分かっちゃいないぜ、まだ」
「お前はどうしたいんだ」
「俺は…」


思わず立ち上がり又、座る。手放しで喜べないだけだ。


「あいつの未来を奪っちまったような気がしてるんだよ」


女としても好きだが、それ以前にだ。
出会った頃の衝撃、彼女の強さや志に惹かれた。
共に生きて行く事を望み、時間はかかったが彼女もそれを了承した。
夢を現実にしてやると約束した。だから、俺について来いと。


「…女の子の方がいいだろうな」
「あ?」
に似た、女の子の方がな」


男親に似たら大変だ。
表情こそ見えないだろうが恐らくキラーは笑っているのだろう。
子供が出来ようが出来まいが俺達は変わらねぇよと笑ったキラーは
考えすぎるなと付け足しキッドの背を叩いた。









頭の中で同じ事を幾度もシュミレーションする。 に言う言葉だ。
俺は、お前との子供が欲しい。産んで欲しい。
あれだけちゃんと避妊をしてたのに
出来たって事はそういう事なんじゃあねぇか。
お前が、好きなんだ。
の部屋の前でどの位うろついているのだろう。
ドアを開ければ済む事なのにまだ出来ないでいた。もうじき日が暮れてしまう。
よし、決めた。
俺の子供を産んでくれ―――――


「キッド!!」
「ぐぁっ!?」


ドアノブに手をかけた瞬間、内側から勢いよくドアが開きキッドにぶち当たる。
は泣いていた。 が泣いていた?えっ、 が泣いて?
初めて見た彼女の泣き顔に動揺を隠せずうろたえてしまう。


「おっ、おい!どうした」
「生理が来ちゃった」
「はっ?」
「ごめん、生理、来ちゃった…!」


は泣きながら言う。
ここ一月程、生理が遅れていた。
しかし元々不順気味だった為、単に遅れているだけだろうと思っていた。
それでも来ず、段々と不安になって来る。
最初の頃二人で約束しあった事柄を考え、
仮に子供が出来ていた場合それを達せなくなる。
しかし子供は産みたい。
けれどキッドの邪魔になってしまったらどうする、彼がそれを望んでいなかったら?
仲間に対してもそうだ。足手まといになってしまったらどうする。
この船を、降りるしかないのか。


「出来てなかったか…」
「ごめん…」
「そりゃ、残念だな」


残念だ。
二度呟く。
まだ見ぬ子供(男でも女でも構いやしねぇが)の顔を何となく思い浮かべる。
俺に似た場合、 に似た場合。キラーの言う事も一理あると思えた。
に似た女の子が一番だ。


「本当に、残念だぜ。 …」


を抱き締め呟く。 が泣き止むまでそうしていた。









「…そうか」


一応、結果報告をキラーにしたものの、皆一様にがっかりした様子を見せた。
知る由もなかったが、コイツら意外と子供が好きなのか、そう思った事は内緒だ。





まさかの妊娠ネタ。しかもキッド。
この海賊達は一様に子供が好きらしいですよ。
どの海賊よりも優しさに満ち溢れている…!
当サイトでのみ、彼らは慈愛海賊団です。
キッドとキラーの会話が書きたかっただけですけど。
きっとキラーは超、可愛がると思うんだぜ。子供。
2009/12/06

AnneDoll/水珠