押して引いて、ダメなら襲え!





ちょっと待って、これは一体どういう事かしら。
半ば呆れたような口調で はそう言い、参ったと額に手をあてた。
案外、息は上がっているというのにまだまだ余裕はあるらしい。
そういった所が可愛くなく、それでも興味をそそられるのだ。
まさか自分がターゲット化されるとは夢にも思っていない無責任さ、僅かに滲む過信。堪らない。


ユースタスから引き離す事が一番の問題だったが、それは案外簡単に出来た。
どうやらあの男は女に対し比較的堅実な考えを持っているらしい。
まあ、この がユースタスの言う事を大人しく聞かないからかも知れない。
兎も角、ローは を追い詰めた。今、まさに。


「あの…何?」
「お前、何でユースタス屋と一緒にいるんだ?」
「えっ?何でって…仲間、だからよ」
「…」


聞きたいのはそんな答えではなかったのだが仕方ない。
まあ、あんな問いかけをされればそう答えるしかなくなるだろう。
自分の質問が間違っていたと思う。
大分、息を整えた は不思議そうな眼差しでこちらを見上げている。
真の力がどんなものかは知らないが、こうやって見れば只の女だ。暴力の匂いがしない只の女。
だから目をひいた。正直、この女をモノにしたい。それだけ。


「どうやったら、俺につく」
「はぁ?」
「俺が勝ったら、でいいか」


の答えは求めていない。
ローは一人そう言い、納得したように首を傾げた。
当の は意味が分からないと(まあ、それも無理はない)
いう顔を引っさげたままこちらを見ている。
元々、相手を選んで駆け引きをするが時間のない場合はナシだ。
正攻法で、何なら力ずくでいかせて頂く。
結局、力で云々の世界に生きている人間なのだから。


「ちょっと、待って。待ってよトラファルガー!」
「何を待つんだよ」
「勝ち目のない勝負を受ける程あたしはバカじゃないのよ」
「なら、どうする」


逃げるか?俺が逃がすと思うか?
鞘に手をかけながらそう言えば、 は唇を尖らせ黙り込んだ。
素直さがいい、正直さが。相手の力量を見量れる賢さもいい。
力で押せば自分に敵う道理がないと知っている。
まあ、力ずくでどうこう出来る相手か、そんなトコは分からない。
逃げ出すなら逃げ出すで、その時には足首の一つでも奪い取ろうか。


「どっちにしても、あたしには分が悪いわ」
「だろうな」
「あんたに勝てるなんて思わないけど、負けたらキッドに殺されちゃう」


の口からユースタスの名が放たれた瞬間、馬鹿馬鹿しいが意識が駆け上がった。
能力を使うまでもない、勢いよく腕を伸ばし彼女の肩を掴み身を寄せた。
の反応は少しだけ遅く、ローの腕を振り払う事が出来なかった。
驚き強張った表情のままこちらを見上げる。


「…!!」
「そんなに怖がるんじゃねぇ」


あいつよりも強面じゃねぇぜ。
ぐっと距離を縮め左指で の唇を撫でた。
僅かに開いた唇は少しだけ乾いていた。
まん丸な二つの目にはローが映っている。
ローだけしか映っていない。我ながらいい眺めだと思った。









「―――――おい、何をしてやがる」


持ち場に戻れ。
下っ端達が一箇所に固まっている様を見咎めたスモーカーが不機嫌そうに叫んだ。
一斉にビクリと肩を震わせた下っ端達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
部下の数が増えると目が行き届かなくなる。
面倒臭い仕事ばかりが増えるぜとぼやいたスモーカーは
何となしに部下達が固まっていた方向に視線を向けた。


草陰の向こう、二つの影が揺れている。
目を細めもう一度見た。男が女に迫っている。
あの馬鹿共、仕事中にでばがめとはいい度胸じゃねぇか。
怒鳴りつける口実が一つ出来た辺りだ。
女の方が眉間に皺を寄せ掴まれた腕を振り払おうとしている様が見て取れた。
それとほぼ同時に女の顔も見て取れ、どこかで見た顔だと気をやる。
あれはどこで見かけた顔だったか。
いや、それよりもあれは男の方が無理矢理迫ってるんじゃあないか。
クソ、面倒臭ぇな。余計な仕事を増やしやがって。


「おい、手前ら―――――」
「!!」


いちゃつくんなら他所でやれ。
スモーカーがそう言いかけた刹那、振り返った男の顔。
握り締めた十手に力が入る。


「…トラファルガー」
「…海軍か」


よそ見していれば案の定、面倒ばかり起きやがると呟く。
スモーカーが姿を見せた時に女は腕を離されていたらしく、
真っ先に動き出したのは女だった。
男―――――トラファルガーが舌打ちする。


「こんなトコで女と遊ぶなんざ、いい度胸じゃねぇか」
「邪魔な野朗だ」


風のように逃げ出したあの女の顔は覚えているが、未だに名前を思い出せない。
派手にやりあう事を避けたトラファルガーは逃げ、
スモーカーも深追いする事はなかった。









「おっ、おい!キッド!! が戻ったぞ!!」
…!」


夜半過ぎに戻って来た はキッドの顔を見るなり泣き出したわけで、
戻らない を死ぬ程心配していた皆もキッドも、何事かと肝を冷やした。
そこらの女とはワケは違うが、 も女だ。
何かしら、不足の事態が起きたのかも知れない。最悪の事態さえ想像する。
兎も角、 を寝室に連れて行った方がいいと提案したのは
表情の見えないキラーだ。
キラーの言葉を受け、キッドは を寝室に連れて行った。


「…何があった」
「…」



慟哭を殺し、極力普段通りのトーンで呟いたつもりだったが、
どうやら相当に低い声だったらしい。
の肩がビクリと震え、涙目の が視線を上げた。
彼女の唇が言葉を象る瞬間、喉の奥が一層冷える。


「負けちゃった…」
「…は?」
「あたし、負けちゃった…!!」


泣く をどうにか宥め賺し聞き出した情報は、
何とまあトラファルガーに捕まっていた事と、唇を―――――
顔面蒼白になったキッドは思わず立ち上がり、
その勢いに驚いた は又泣き、
お前が悪いんじゃあねぇとキッドが口を開けども腹はたっているわけで、
この辺りの複雑な心境を は理解出来ていない為、終始自分が悪いと泣く。


どう考えても がトラファルガーの野朗に勝てる道理はねぇ、そんな事ァ分かってるんだよ。
その上で勝負して負けたら俺のモノになれだァ?って事は、だ。
最初っからそのつもりだったんだろうがふざけやがって!
十二分に を抱き締めた後、寝計らった頃合を見て
部屋を飛び出したキッドは事の顛末を報告、
すぐさまローを捜しに出かけたが既に船は出港した後だった。


「野朗!!」


その後、 が一人で出歩く事を禁止されたのは言うまでもない。









(ねえ、子供じゃないんだから一人でも大丈夫だって)
(いいや、駄目だ。絶対に駄目だ)
(あたしが弱いからかな)
(いいや、そういう事じゃねぇ)





メリー・クリスマス(イヴ)!
ロー&キッド、珍しく、珍しく(二回言っちゃった)甘めの話でした。
そうしてゲスト扱いでスモーカー(珍)
もう、時系列とか滅茶苦茶過ぎて逆に笑える…。
全て、イメージ(という名の妄想)でお願いします。
ここのサイトの方々は頻繁に彼氏持ちに手を出したがるんですが(とんだ悪癖)
キッドはそんな事、しない…!という事はされる側になるよね…。
しかし、立場っていうか力が弱めの主人公、珍しいよね…。
2009/12/24

D.C./水珠