奇跡を願うほど無知じゃない





一度として明かりのついていた例のない部屋に
すっかりうんざりしてしまった は、今日も一人で生きている。
まあ、生まれてすぐに両親が他界(どうにも海賊同士のいざこざに巻き込まれての結果らしい)
唐突に一人ぼっちとなってしまった は両親の知り合いだった白ひげに拾われ、
ある程度物心がつくまで育てられた。


丁度、15歳になった時に白ひげは を呼び出し、一つだけ質問をした。
お前はこれからどうしたい。
お前の両親みてぇに海賊になるのもよし、普通の生活を送るもよしだ。
どっちでも好きな方を選べばいい。
物心つく前から海賊船で生活をしていたものだから、何となく海賊になるのかと思ってはいたが、
改めて問われれば自分が何をしたいのかさえ分からないのだと知る。
海賊の皆は に対し凄くよくしてくれたし、
諍いがある際には船の一番奥に閉じ込められていたから血なまぐさい場面も目にした事がない。
そんな状態で海賊になるもないもんだと思い、
しかし普通の生活がどんなものかも知らないわけで、一旦保留という形に留めていた。


それから5年後、相変わらずな生活を送っていた
一人の男と劇的な出会いをする。マルコだ。
第一印象は冷たい男。眼差しが凍てつくほど冷たい男だと思った。
当のマルコは自分と余り年齢差のない女がこの船に乗っている事に多少驚きはしていたものの
詳しく問う事もなく、 をクルーとして認知していたようだった。


そうして、この頃にもなると 自身己の身の振りようを考えるようになった。
どうにも自分は余り海賊に向いていないようで、
それは皆も知っているらしく未だ一度として実践経験ナシ。大事に大事に育てられてしまった。
白ひげとしてはそれでも一向に構わないらしく、
お前はお前でいいじゃねぇか、こうやって俺たちの面倒を見てくれるんだからな、
等と言ってはいるがそれはどうかと思うわけだ。


何となく顔を合わせるクルーに相談をしてみても、
お前はここにいればいいんじゃあねぇか、
だとか弱っちいお前は俺らが守ってやるから、だとか一向に話は進まない。
そんな折、両親(らしい人たち)の夢を見てしまった は飛び起きてしまい
(五年に一度くらいの感覚でこんな夢を見てしまう。
両親の顔は覚えていないが、何となく両親なんだろうと思うわけだ)
甲板へ足を伸ばした。


「…眠れねぇのかい」
「マルコ」
「珍しいな、お前がこんな時間に」


丁度、その日の見張りはマルコだったらしく、彼は の姿を目にする前から声をかけた。
夜の海は冷え込む。何となくマルコの隣に座り込んだ は、
そういえばマルコには相談をした事がないと思い、その理由は考えずに口にしてしまった。
詰まらない事を聞くなと言われると思っていた矢先、
マルコの口から出てきた言葉は思いがけないものだった。


「…えっ?」
「お前は、船を降りた方がいいよぃ」
「どうして?」
「お前は、女でいい」


突然の言葉に何も返せないでいると、マルコの掌が の頭を包みグイと引き寄せる。
身体を全てマルコに預ける状態だ。
こんなに接近した事はなく、只々、鼓動ばかりがうるさいほど鳴り響く。
マルコの身体は大きかった。 の身体なんて簡単に飲み込んでしまえるほど。


「…あの、マルコ」
「どうしたぃ」
「これ、何」
「全部聞かなきゃ分かんねぇなんてよぃ、お子さまだな、
「年、そんなに変わんないでしょ」
「だからだよぃ」


だからお前をこの船に乗せておけない、だったか。
翌日、マルコは白ひげ―――――親父に話をつけ、 は船を降りる事となった。
俺はあいつを大事にしてぇ、けど今のまんまじゃ無理だ。まだ俺には力が足りねぇ。だから。
はマルコがずっと住みたいと言っていた、
サンゴ礁に囲まれた小さな島で過ごす事となった。
餞別代わりに小さいけども立派な家ももらった。
一人での生活は酷く寂しいだろうと分かってはいた。それでも。
力をつければ絶対にお前を迎えに行くと言うマルコの言葉を信じた。
白ひげは寂しくなったらいつでも戻って来いと に告げ、
最後の日、マルコは背を向けたまま を見送った。







「鵜呑みにしたなんて、あたしも若かったのよね、多分」
「いい話じゃあねぇか」
「あんた、本当にそう思ってるの?」


一人で過ごす事に疲れてしまった は酒場にいる。
すっかり馴染みになってしまった頻度で酒場にいる。
この小さな島も今となってはすっかり開拓が進み、
奇跡的に景観はそのままに一流のリゾートと化した。
マルコの姿はあの背中が最後だ。もうすっかり色褪せてしまっている。


「手前こそ、本当にそう思ってるのかよ、
「…何が言いたいのよ」


言いたい事は山ほどあるが、それをわざわざ口にする程、ドフラミンゴは無粋でないのだ。
手前がこの俺の誘いを受けねぇのはその男が迎えに来るって信じてるからだろうが馬鹿が。
この小さな島をリゾート化しようと目論見、足を伸ばした頃から目をつけていた女だ。
自分だけではない、この女に手を出そうとして玉砕した男はそれこそ山ほどいる。


「奇跡を願うほど無知じゃないってか」
「何?」
「まったく、つれねぇ女だぜ、手前は」


ドフラミンゴはそう言い席を空ける。
この男が隣にいれば他の輩が声をかけてくる事もない為、実は重宝していた。
その日も夜遅くまで酒を飲んだ は一人であの家に帰る。


見慣れた道を歩き、暗い家へ向かう。
紙面を賑わせる白ひげ海賊団の話を目にしなくなったのはいつ頃からだったか。
マルコの賞金額が上がった頃からか。
ねえ、マルコ。眠る前にいつだって囁く。
この家はあたし一人の家なのかしら。


遠目でぼんやり見ていれば薄っすらと明かりのついた家が見え、足を止めた。すぐに走り出す。
窓越しにうつるあのシルエット。ドアノブに手をかける。
おかえりと呟いた彼は、まるで昔からこの家に住んでいたように馴染んでいた。
酒に酔った幻覚でないかと腕を伸ばせば、楽に触れる事が出来、
震える声でようやくただいまと は呟く。







思いがけず案外長くなってしまった。
マルコの甘めの話を書いてみようと…
そして、自粛中にも関わらずドフラミンゴちょい役。
リゾートとかいう単語はもうドフラミンゴ以外似合わないかと。
お前は女でいいと言わせたかっただけです。マルコに。
2010/1/3

D.C./水珠