救世主の悲鳴








明日になったら忘れてと呟いたは、すぐに目を伏せた。
長い睫毛に水滴が落ち、何も隠すもののない身体を抱き締めあう。


酷い雨の日だ。酷い雨の日の出来事。
心なしか力の抜けていく身体を置き去り、
二人きりになった事実を目の当たりにする。


振り返っても誰もおらず、の隣には誰もいなくなった。
助ける事が出来なかったのだろうと、茫漠と感じた。


昔馴染みのこの女は、つい先刻、名だたる海賊団を継いだばかりだったのだ。
老舗の海賊団を女が受け継ぐ事態に、周囲は慌て、そして反対した。
の仲間を殺したのは、同じくの仲間だった奴らだ。


海賊団は二つに分裂し、大きな戦いが起こった。
形勢が不利だっやのは、明らかにの方だった。


「最低ね」
「よくある事だよぃ」
「嘘吐かないで」
「俺ァ嘘なんか吐かねェ」
「嘘吐きね」


胸元に項垂れるの眼から涙が零れた。そして続く嗚咽。
痛んだ彼女の肩を抱き、この、余りに哀れな女を見下ろす。
何もかも全てを失くした女を。


先代はの事をよく知っていた。
だから彼女を跡継ぎにしたのだ。
その真意を上手く伝える事が出来なかった先代に非があるのか、
受け入れる事の出来なかった皆に非があるのか。
それとも自身に非があるのか。


今更考えても同じ事だが、この結末の原因は果たして何か。
足元に転がる死骸たちは、こんな結末を求め海へ出たのか。
そんな、そんな馬鹿な事があってたまるか。


「どうして来てくれたの、マルコ」
「理由なんて、要らねェだろぃ」
「要るわよ」
「考えてもいいが、言葉に表すのは上手くねェんだ」


気持ちを言葉にする事が苦手で、
だから関係一つ消化出来ずにこうしている。
自分のものにする事も、のものになる事も出来ず、
この中途半端な距離感を心地よく感じていたから。


「先代に顔向け出来ないわ。がっかりするわね、きっと」
「明日、考えな」
「無理よ」
「今は、何も考えるなよぃ。


今だけは何も考えるなと囁き、
血生臭い舞台で抱き締めあえば、
取り留めのない感情ばかりが溢れ出す。
愛の言葉を口走ろうと思ったが、縁起が悪いと自重した。
住人のいなくなった船は淋しく揺れ、沖へ消えていく。




何故か今回マルコ二弾。
これは暗い方のマルコです。
というか、もう暗いとか言い飽きた…。
しっかしこれは後味も悪いなあ。

2010/9/4

蝉丸/水珠