思い出さなくていい







…お前には何もしてやれなかったな。


そんな言葉が聞こえ、目を開いた。
真っ暗な闇が広がり、目を開けているのかさえ分からなくなる。


…生きていたくねェか、俺のいない世界には。


足元さえ見えない中、やはりロジャーの声だと確信し、徐に立ち上がる。
酷く冷えた場所だ。
手探りで声のする方へ向かうが、何物も触れる事が出来ない。


…なァ、。お前は昔っから、俺の後ろを死に物狂いで追いかけてきてたな。俺ァ、知ってた。ずっと知ってたぜ。


二度と聞く事は出来ないだろうと思っていたロジャーの声を耳にし、
涙が零れるが厭わない。
まるでぬかるみにでもはまり込んだように、
この足はまるで動かないが必死に探した。
何だか、これまでと大差ないような気がしていた。
どうやってもロジャーには辿り着けず、延々と追い続けるだけ。


…俺は全部を置いてきたぜ。なァ、。気づいてるか?新しい時代も、それに続く希望も全部俺ァ置いてきた。まだ生きる奴らの為に。


「ロジャー!!」


…そんなに呼ぶんじゃねェよ。ゆっくり休む事も出来やしねェ。


お前の声が響き過ぎて。
一斉に闇が消え、まばゆいばかりの洪水に襲われる。
思わず顔を腕で庇い、歩みが止まった。


「なァ、。少しは休ませろよ」
「…ロジャー」


光の中にロジャーがいた。
あの頃とまるで変わりのない姿で彼は座り、こちらに背を向けていた。
辺りを見回せば果てなく光る草木が続き、遠くには海が見える。
あの丘だ。ロジャーがよく立ち寄っていたあの丘だ。


「まったく、お前はどうしようもねェ位にガキだぜ」
「ロジャー…」
「いつまで俺を捜してやがる」


ロジャーの肩から鳩が飛び立つ。白い羽が舞った。


「俺の時間は終わったんだ、誰だって決められた時間の中で生きてる。お前もそうじゃねェか」
「あたしはもう」
「お前はお前の時間を生きろ。俺の時間じゃなく、お前の時間を」
「今更、無理よ。出来ない。どうしたらいいかも分からない、ロジャーがいないから」


やれやれと、彼は溜息を吐いたようだ。
自分でも、何と道理のない事を口走っているのだと分かっていた。
目前、一メートルの距離にいるロジャーが立ち上がり、振り向いた。
呆れたような顔で。


「馬鹿な娘を置いていくのは心苦しいがな、怒られる」
「連れて行って」
「どの道、俺ァお前を娘としか見れねェ。お前は俺の可愛い娘だぜ、ずっと」
「……!!」
「それに、お前にゃ待ってる奴らがいるしな。なァ、。お前はこれからお前の時間を生きるんだ。生きて、俺の宝物に会いな」


嫌だ、だとかどうしてだとか。
言葉はまるで出てこず、
まったく距離の縮まらないロジャーへ腕を伸ばす。
彼は微かに笑んだようで、その遥か先に
こちらも笑みを讃えた女が一人立っているのが見えた。
ロジャーの愛したあの女だ。


「ロジャー!!」
「じゃあな、。二度と、こんな所に来るんじゃねェぜ」


結局のところ、彼は一定の距離感を最後まで保ったのだ。
こちらに近寄りもせず、離れもせず。
ロジャーの姿が遠ざかり、光の洪水も終幕を見せる。
又、同じような闇がの背後から押し寄せ、
身体ごとすっぽりと包み込んだ。
涙を流したまま、膝をついたは顔を上げる事さえ出来ず、
只両腕で身を抱き締める。
光の中にいたロジャーの姿はすっかり見えなくなり、
涙で滲んだ闇は果てなく暗かった。














船内は慌しさに押し流されていた。
片腕を失くしたを抱えたマルコが血相を変え戻り、船医達が駆け寄る。
ほぼ紙に近い白さを讃えた彼女の肌は冷たく、
失血死してもおかしくないほどの血液が身体から逃げ出していたのだ。
の血に塗れたマルコは漫然とした表情で動向を伺い、離れる事はなかった。


の左手を手渡したマルコは、希望の確立を尋ねた。
生きる確率は如何ほどなのかを。
船医達は最善を尽くすと答えたが、
余りはっきりとしない口ぶりだった為、
何となくだが駄目なのかもしれないと思った。














血に染まった海には意識をなくしたと、
じっと彼女を見つめるドフラミンゴがいた。
マルコに気づいたドフラミンゴは力なく笑い、
ようやく助けがお目見えだと嘯く。
海水はドフラミンゴの腰の辺りまで深まっていた。


「…よぉ」
「七武海かよぃ」
「さっさと、そいつを連れて行きな。じき、俺の迎えが到着するぜ」
「その前にオメェは死ぬだろぃ」
「俺が死ねばそいつも死ぬ。お前にゃそいつを見殺しに出来ねェ」
「…」
「意識があってこその力だったって、そいつに教えてやりな」


まァ、ここまで海水に浸かりゃあ目論見通りだろうがな。
すっかり意識を失くしてしまったの躯は浮いている。
彼女の身体が彷徨わないよう掴んでいたのはドフラミンゴだ。
ほぼ力の抜け切った指先は白くふやけている。


ドフラミンゴはドフラミンゴで気力を尽くし立っている状態だ。
膝をついていないところを見れば、流石の七武海というところか。
腕を伸ばし、の身体を引き上げる。


「忘れモンだぜ」
「!」


反射的に受け取れば、どうやらそれはの左腕で、
そこでようやくぞっとした。


うわあ凄い久々に書いたー。
まさかのロジャー出演という。マジか。
件の女性はエースママですよ。
多分、次で終わる。


2010/9/9
pict by水珠