覚えのない傷








アイツの事は死ぬほど好きだったぜと、
臆せずキッドはそう言うもので、
すっかり酔いが回ってしまったのかと思ったが、そうでもないらしい。
素面の状態でそう言える。
それは酷く珍しい出来事だから、キラーはグラスに手をかけた。


レモンのスライスがアルコールに侵され、徐々に形を失くしている様だ。
何故の話になってしまったのかは思い出せないが、
こうやっての話を改めてする事はこれまでなかった。
誰もが何だか気を使っているようで、あえて口に出さなかったからだ。
キッドの事を気遣っていたに近い。


「いいのか、キッド」
「あ?別に気にしちゃいねェよ。つか、お前らが気にしてっから、逆に言い辛ェ」
「…そうか」
「俺ァ別に、あいつの事を恨んでるとか、そういう事はねェんだよ」


只、いなくなった事がよく分かってねェだけだ
と呟いたキッドは、ジンライムを飲み干した。
舌先が麻痺し、余り味は分からない。


の事を思い出すのは大体が眠る前の歪んだ時間だけで、
一日の内、余りに短い時間帯になる。
ねぇ、キッド。
が名を囁く。
それだけを思い出し、そうして眠る。


「なら、どうして」
「どいつもこいつも、詰まらねェ事を口走りやがる」
「あいつは誤解されやすい女だったからな」
「腹が立つんだよ、只」
「そりゃあ、俺も同じだ」
「だからだ。他に理由はねェよ」


つい一時間ほど前にキッドが数人を血祭りに上げた。
何の前触れもなくキッドが動き始めたもので、
何事かと思ったが何となく続いた。
キッドは何も言わなかったし、
理由を聞こうとも奴等は既に息絶えており、
どうしたものかと思っていた所だ。


キッドにとっての導火線はだと、
こちらは知っているが、他の奴等は知らない。


「どこで、何をしてるんだろうな」
「さァな。勝手気ままに、漂ってるだろうぜ」
「そうだな」


会いたくないのかと聞きかけ、止めた。
会いたくないわけがない。
声一つ変わらず、愛していたと言える女に会いたくないわけがない。


俺なんかが追えばいい迷惑だろうと言い切った
キッドの気持ちを蔑ろには出来ないし、
同じやり方でこの海を渡れないと、
涙を堪えながら伝えたの気持ちも捨てられない。


キッドが詰まらなさそうに席を立った。
残されたグラスとコースターの横、
水滴で書かれたの名が淋しく光っていた。




地味に続くキッドフェスティバル。
傷ついたつもりはなかったのに話です。
こういう傷は残るよねえ。

2010/9/9

蝉丸/水珠