片翼でも飛べる








こっちに来ないでと呟くの声が震えている。
勝手知ったる仲じゃねェかと思うが、
まぁ彼女が近寄るなといっているのだから歩みを止めた。
少しだけ疲れているのだろうか。
深い溜息を吐き、は目を閉じた。


久方振りの再会だっていうのに、
随分な態度じゃねェかと流石に不機嫌になれば、
がローよりも不機嫌な眼差しを向けるもので、逆に笑えた。


海賊だとか海軍だとか、
そんなものにはまったく縁のない女になってしまった。
田舎の、放牧が盛んな場所で隠居生活を送る女。
そんな彼女だから、
現在ルーキーとして名を上げているローの存在は
望まれないものなのだろう。


海賊王だなんて、そんなものを目指すのは止めてと呟いた彼女は
どんな気持ちでこちらを見ているのだろう。
散々、海で遊びつくした癖に。


「…何をしに来たの」
「お前に会いに来たんだよ」
「嘘ね」
「嘘なんか吐かねェよ」
「困ったんでしょう、あんた」


図星だが、正直に答えたところでが受け入れるとも思えない。
この女を説得するのは骨だ。
まあ、そんな事は分かっていた。


「新世界に入るって言ってたものね」
「よく知ってるじゃねェか」
「海図は描かないわよ」
「相変わらず頭のいい女だ」


この女の腕は確かだ。超一級品だといえる。
海図を描き続ける家系に生まれ育ち、
元は海軍付きの生活を送っていたらしいが、勝手にドロップアウト。
捜索の為に懸賞がかけられた。


海軍から逃げている時にローとは出会い、
最初は素性を知らず関係を持った。
彼女は人に利用される事を極端に嫌っていた。


「あたしはあんたの仲間にならない」
「何も言ってねェだろ」
「そう?」
「別にお前の腕を見込んで、の話じゃねェ」
「へェ」


まったく信じていない彼女を見つめ、
あの頃のような暮らしがしたいだけだと言えないでいる。
お前と一緒に過ごしてりゃ、楽しいだろうな。
そんな、率直な意見を言えないでいる。


「あんたは相変わらず回りくどい男なのね」
「俺ァ複雑なんだよ」
「何よ、それ」
「それはそれとして、来いよ。


いい加減、海が恋しくなっただろうと言えば、
無言のまま彼女はドアを閉めるもので、
羊の群れを見ながら又やらかしたと頭を抱える。
無理矢理にドアをこじ開けて連れ出してもいいが、
それよりも他にいい手はないものか。


この羊を盾にしたところでの気持ちが揺らぐかは分からないが、
窓から彼女がこちらを伺っている事を確認しながらゆっくりと近づく。
真っ黒な眼差しがこちらを見上げ、一斉に逃げ出した。




久々に拍手じゃないロー。
何か、新鮮でした(逆に)
羊を追い回すローという事でどうか。

2010/9/9

蝉丸/水珠