こちらに向かい歩いてくる人々をよけもせず、一心不乱に駆け抜けた。
とんだ奇襲に見舞われ、一旦は散り散りに解散したものの、
追っ手はキッドを狙っていたのだろう。
力不足の雑魚をあしらったは、そいつらの戯言に耳を貸してしまった。
この島には大将が来てる。どうせ、お前達はもう逃げられねェ。
一気に全身の血が沸騰し、強かと顔を殴りつけ口を利けなくさせた。
天候も悪くなり、先ほどから雨がぱらつき始めたのだ。
船の場所は未だ知られていないはずだ。
辺りを見回し、追っ手がいない事を確認するが、心はちっとも落ち着かない。
キッドはどこへ行ったのか。
お前は俺と正反対の方向へ走れと叫んだ彼はどこへ行ってしまったのか。
土地勘のないこんな場所で、偶然を願う真似は出来ないし、
悠長に待つ時間も無い。
確か、半月前の戦いで負った傷が完治していないはずだ。
何ともないと言ってはいたが、
時折、腹部を軽く押さえている姿を目にしていた。
そんな状態で大将クラスの敵に遭遇したら、
いくらキッドといえども無傷ではいられない。
分かってはいたが、これ以上、仲間を失うだなんて耐えられないし、
キッドを失くすだなんて考える事も出来ない。
安心して背中を預けられる相手は数えるほどもいないのだ。
散り散りに逃げる時、キッドが叫んだ理由さえ分かる。
だから余計に気が逸る。
仲間なのに、共に戦っているのに、あたしの安全なんて考えないで。
「!!」
「!」
「こっちだ!!」
大通りから裏路地に入る細い道にキラーがいた。
キッドの姿を探す。見当たらない。
呼吸が乱れたまま、海軍大将がこの街に来ている事を告げていれば、
涙が零れそうで、声を詰まらせた。
こんな風だから、キッドは心配をするのだ。
感情が涙腺を刺激するなんて、見っとも無くて、だから。
「何、泣いてんだお前」
「…!?」
「俺らが泣かせてるみてェだろ、泣くんじゃねェよ」
「…キッド…!?」
何食わぬ顔をしたキッドは、
呆れたような眼差しでこちらを見下ろしている。
その後には他のクルーもいて、
どうして泣いているんだと至極当たり前の質問をしてくるもので、
急に恥ずかしさが増した。顔が熱い。
「ったく、厄介な街だぜ。行くぞ」
「まったくだ」
「そもそも、俺ァ、こんな街に立ち寄るつもりはなかったんだよ」
「今更蒸し返しても、同じだろう」
「コイツが買い物してェだとか、どうとか言うから」
走る速度が遅いと、毎度文句を言うキッドは、
もう何も言わずにを抱える。
誰も何も言わないし、これが当たり前の光景になっている。
船へと急ぐキッドとキラーは、
こちらの心配なんて想像もせずに喋っているから、
顔の熱はちっとも引かないのだ。
「おい、」
「なっ…何!?」
「お前、暫く買い物禁止」
「…」
「それは厳しすぎやしないか、キッド」
「そうやって甘やかすから、こんな事に毎度なるんだろうが!」
「…!」
皆が当たり前にいる現在が嬉しくて、
誰もいなくならない未来を捨てる事さえ出来なくて、
この弱い心はいつだって震えているのだ。
だけれど、それをキッド達に伝えるわけにはいかない。
こんなに弱い自身を知らせるわけにはいかない。
頭の上の方で繰り広げられている、
どうという事もない会話を聞いていれば性懲りもなく涙が溢れてきた。
顔を覆い隠す。
「…キッド」
「あ?…あぁ!?」
「泣かせるなよ」
「なっ…」
何なんだよ。
頭上からは焦ったキッドの声が聞こえ、
先の方で他のクルーがキッドを呼ぶ声が聞こえている。
船に着いて、沖まで出たら必死に弁解をしようと思うが、
俺が悪ぃのかとぼやく彼に、どんな言い訳が出来るだろうか。
キッドは続くよどこまでも(キラーと共に)
珍しく弱めの主人公話でした。
荷物のように、小脇に抱えられればいいよ。
2010/10/4
AnneDoll/水珠 |