満たされない征服欲、拭いきれない支配感





が薄く笑い、この手をすり抜ける瞬間。
そんな瞬間を望んではいないのに目の当たりにしてしまった。
頭の奥が一気に冷える感触だ。
指先は空を掻き、深い海へ落ちる彼女の姿を見送っていた。


海に嫌われていない彼女は、溺れて死ぬ事こそないだろうが、
こちらはすっかり海に嫌われた身分だ。
助けようと身を乗り出したローを皆が止め、キャスケットが代わりに飛び込んだ。
悔しさと同時に苛立ちが増し、がバランスを崩した原因へ視線を向けた。














ずぶ濡れの彼女はキャスケットに抱えられ戻って来た。
バランスを崩した理由は裂傷だ。
腹部から血が滲んでおり、一拍の間さえ置かず、処置へ入った。
確かには弱い。弱かった。
対照はロー自身として、彼女は弱かった。だから愛した。
弱さを愛し、共に生きる。
だから、こんな展開は想定の範囲外だ。


意識を失った彼女は昔の事を思い出し、うわ言を繰り返している。
麻酔の所為だ。寒い、だとかやめて、だとか。
日頃の彼女からは考えられないような言葉を繰り返す。
意識が戻るまでずっと隣に座っていたローは、
彼女の戯言、それの種類や数を何となく記憶し、時間を潰した。


「…ロー?」
「ん…」
「ずっと、ここにいたの?」
「起きたのか」


の身体には傷跡が刻まれている。
誰かに傷つけられ、そうしてそれを治す度に付けられる新しい傷だ。
まるで自身の作品だと思える出来栄えだ。


「あたし、又死にかけたのね」
「あぁ」
「駄目ね」
「…いや」


そんな事はないと呟き、髪の毛を撫でる。
弱さを守る事で気持ちのいい思いをしているだなんて、
そんな汚い感情は見せられない。
毎度が目覚める度に抱く、この酷い思いをどうにか隠し、
立ち上がり部屋を出た。


こんな思いを抱いている事を、彼女は気づいているのだろうか。
だから、あんなにも身体を傷つけて―――――
閉じたドアは静かに佇む。


一人、横たわる彼女がどんな顔をしているのかが分からず、知る事も恐ろしい。
上手なのはなのかも知れない。全て憶測だ。
ドアノブに手をかける。
冷たい感触に気後れし、開けないままでいた。





誕生日おめでとう!ロー!(今日知りました)
まあ、何だかローが変態のようになってしまったんですけど
今更かとも思ってます。ごめんな、ロー。
2010/10/6

AnneDoll/水珠