今日は嫌にの機嫌が悪いもので、
兎角マルコは辟易としていたわけだ。
顔を合わせても挨拶一つ交わさず、
寝起きの彼女は常に機嫌が悪いと相場は決まっているのだが、
今日に関しては一瞥さえもない。
辺りの様子を伺っていれば、どうやらエースもサッチも撃沈したらしく、
まったく地雷みたいな女だと再度、彼女の事を認識し直した次第だ。
それにしても、普段はある程度の猫を被っているというのに、何があったのだろう。
ふと思う。化けの皮を被る事さえ億劫な状態になったのは何故か。
著しいショックを受けた二人を何となく慰め、
重い腰を上げたのは夕方を過ぎた辺りだ。
どんよりと落ち込んだ被害者をこれ以上、増やすわけにもいかない。
の姿を探せど見つからず、目に付いた船員に声をかける。
見覚えのない、まるで子供のような男は(どうやら新入りらしい)
マルコの姿を目にし、酷く緊張した様子で、数時間前に出て行ったと答えた。
明日の朝には船は陸から離れるというのに、まったく面倒な女だ。
それでも、一番隊の隊員として案外長い間を共に過ごしている為、
見過ごすわけにもいかない。やはり面倒だ。
少し出ると告げ、船を降りた。
船を降りてすぐの所に、小高い丘があった。
船の真正面に広がったその丘に向かう。
何の確証もなかったが、何となくそこにはいるのだろうと思っていた。
飛べば早いが、両の足で歩く。
白い小石の舗装されていない細い道をゆっくりと歩き、
十五分くらい経過したのだろうか。
緑の中に海原が垣間見え、道を終わりに到達した。
ざあっと風が吹き、大海原が広がる。
その中に、ポツリとの姿が見えた。
やっぱりここにいたかと思い、そのまま歩みを進めた。
「おい」
「…」
「勝手に船を降りてんじゃねェよぃ」
「…ごめん」
膝を抱えた彼女は、小さくそう呟いた。
正直なところ、が謝るとは思っていなかったもので面食らった。
そんなに素直に謝られても、張り合いがねェんだが。
そう思ったが口には出さない。
それにしたって、どれだけ手がかかるんだと思いながら隣に腰掛ける。
「何なんだよぃ、お前の今日の態度は」
「…ごめん」
「どうした」
「…ごめん」
「ごめん、ごめんって謝ってばかりじゃワケが分からねェよぃ」
謝りなれていない彼女の謝罪は取って付けたようで、
慣れない真似をするんじゃないと思っただけだ。
いつだって気位が高くて、我侭で、
周囲を振り回すような女が簡単に謝ってるんじゃねェよぃ。
「…夢を見たのよ」
「夢?」
「あいつの、夢」
「あいつって…お前、まだ引き摺ってんのかよぃ。呆れるぜ」
「あたしだって呆れてるわ。本当、最悪」
あたしの事なんてすっかり忘れて、別の女と一緒にいるはずだ。
もう二度とこちらには見せない柔らかい笑顔で、誰かを見つめているはずだ。
基本的に彼はもてる男だったから、一人でいるはずはない。
きっと誰かと一緒にいる。
どうしてそれがあたしじゃないんだ、だなんて間抜けな言葉は選ばないが、
それでも堪えきれない気持ちになる。
彼は出会った頃から海軍で、こちらは出会ったころから海賊だった。
決して交じり合う事はない。
最大限の譲歩を蹴ったのも自分で、生き方を変える事は出来なかった。
だから、こんな状態は容易く予想出来た結末だった。それなのに。
「そう言えば、三年前の今日だったな」
「…えっ?」
「お前が、泣きながら帰って来た日だよぃ」
「…」
「みんな、焦っちまって。大変だったよな」
誰にも言えない恋だった。
まさか、海軍の男と懇ろになっただなんて、口が裂けても言えなかった。
それなのに、このマルコは察していたらしく、
こちらが泣き止んだ頃合を選び、話をしに来た。
俺ァ、お前が二度と戻って来ねェんじゃないかと思ってたよぃ。
マルコはそう言い、の頭を優しく撫でた。
よく戻って来たな、。
決して選ぶ事の出来ない選択は、結果、間違っていなかったのだろう。
それでも気持ちは落ち着かない。心はすっかり持ち出されていたからだ。
「…会いてェか」
「会いたいわ」
「会ってどうする」
「分からないけど」
「やめとけ、やめとけ。血を見るのがオチだ」
「それも、分かってる」
次に顔を合わせる時は、何もかも全てを忘れ命を獲る。
互いに互いが生き方に忠実だから仕方のない事だ。
最期の日に、それは決まってしまった。彼を、選らばなかった瞬間に。
「まったく、こうも不安定な副隊長を部下に持って、俺ァ幸せだよぃ」
「昔はこんなじゃなかったのにね」
「さっさと次を見つけろぃ」
「何よそれ」
ようやく笑った彼女の隣、
早く俺の気持ちに気づけよだなんて言えないマルコがいる。
が気づかなければ、
この思いはユラリと宙に浮いたまま、どこにもいけないのに。
どうにも出来ない苦しさを抱いているのは、
何もお前だけじゃねェんだよと笑えば、彼女は応えるだろうか。
先に立ち上がり、に手を差し出す。
躊躇せずに、その手を取る彼女は屈託なく笑っており、
その手を引く事さえ出来ずにいた。
海軍と海賊という話。
あの男は誰と決まっているわけではないんですけど
スモーカーだったら脳内準備は完了しちゃうよねー。
マルコが出て行った後、エースとサッチは
船から二人の姿をじっと見つめているはず。
そして、主人公が戻って来たら大げさに慌てる…
2010/10/18
AnneDoll/水珠 |