どうしてあたしをこんな所に閉じ込めるのと呟いた彼女は、
言葉とは裏腹な、それこそ怠惰な態度で座っていた。
海軍本部の地下に位置するこの部屋は、
ある程度の階級にならなければ知らされる事もなく、
どちらかといえば必要な情報ではない。
だからクザンは時折、暇潰し程度に顔を出すわけだ。
来客は恐らく、クザンくらいしかいない。
誰も、好き好んでこんな場所に出向かない。
薄暗い通路の突き当たりに外側から大きな錠前のかけられたドアが存在し、
彼女が中から出る事が出来ない事を示している。
こんなに手をかける必要があるのだろうかと、毎度思うのだが、
どうにも年寄りの考える事は道理がいかないものだ。
だから、深く追求はしないようにした。
「新聞くらい、持って来れないの。あんた」
「生憎、そんなに気が利かないんだよ。俺ァ」
「世界情勢から、すっかり置いていかれちゃって」
老け込んだわとは呟き、背伸びをした。
窓の無いこの部屋は目が痛くなるほど白い。
こんな部屋で生活が出来るのかと疑問を抱けるほど白い。
生かすつもりはないのだろうが、殺すつもりもないのだ。
だから食事は定期的に運ばれるし、
トイレやシャワー等の生活に必要な設備は整っている。
仕切りの無い広い一室は一人だけが暮らすには広すぎるわけだ。
だから彼女は大体、ベッドの上に寝そべっている。
「暇だわ」
「だろうね」
「こんなに暇だったら、あんたに迷惑の一つでもかけてやろうかって思っちゃうわ」
「人に迷惑をかけるんじゃないよ、いい歳なんだから」
「…逃げない癖に」
ベッドに寝そべった彼女の腕が伸び、クザンの身体に触れた。
一瞬、立ち上がりかけたが、すぐに腰を下ろす。
の指先に力が込められ、彼女の身体が近づいた。
こんな場所でなければ近づく事さえ叶わない女だ。
命を獲られかねない。牙を抜かれた振りをしている。
「馬鹿の振りはやめな、」
「助けてよ、クザン。あんたならどうにか出来るでしょう」
「どうにも出来ないね、俺には」
「だったら他の男を呼んで来てよ」
「他の男って…センゴクさんとか」
「冗談でしょ」
「まぁ、笑えないね」
の指が胸元を弄り、暇を持て余した彼女の遊びが始まる。
海の上を自由に駆け回っていた頃から彼女はこうで、
詰まらない男に心を持ち出されてからというもの、
尚更、愚行は勢いを増した。
堕落とはこういうものなのだと、身を挺して教えてくれたようなものだ。
まあ、色んな生き方はあると思ってはいるのだが、
どうにも自由を認められにくい育ちをした彼女は自由を取り上げられた。
それなのに未だ堕ちようとしている。
こんな、クザン以外は誰も来ない部屋で。
「死ぬまであたしの事を飼い殺すつもりなのかしら」
「さぁねェ」
「悪趣味ね」
「…」
悪趣味はどっちなんだと、喉まで言葉が出たがどうにか飲み込んだ。
この女は知らない。彼女の自由により、どれだけの人々が傷ついたのか。
そう。彼女は知らない。彼女の堕落がどれほど心を傷つけたのか。
この女が知る由もないが、政略的な婚姻関係を難なく受け入れたクザンは、
半年ほど前に先方から破談を申し込まれた。
こんなにも汚れた女を嫁がせては、
クザンの名に申し訳がないというのが先方の言い分だ。
確かに、その言い分は正しい。
「まぁ、あんたは出来損ないだからね」
「―――――何?」
「こうやって閉じ込めてた方が、都合がいい」
だから、彼女は知らない。
目にも留めていないクザンのような男が、
どんなに恐ろしい心を持っているのかを。
皆が納得のいく結末はこの白い部屋にある。
はこの部屋の中でだけ生き、
彼女の杜撰な様は誰の目にも留まる事無く、
そうして彼女の指はクザン以外に触れる事がない。
この女が目眩んだ男はまだ意気揚々と海の上を闊歩しているが、
わざわざ救いに出向くだろうか。
それならそれで、まるでおとぎ話のように勧善懲悪の世界を演出し、
この女に力の差を、どう足掻いても自分には敵わないのだと
知らせる格好の機会となる。
こんな部屋で救われるのは腐った己の心だけだ。
それでも根っこはじくじくと膿み、腐敗ばかりが進みゆく。
久々のクザン単体。
主人公の知らない事実を知るクザン。
そして、二度と自由を手に入れられない主人公。
…最悪の展開。
2010/11/14
AnneDoll/水珠 |